チャプター 19:理由
「ほ…………」
部内での戦闘訓練が終了した瑞希は、アバターから意識を戻し、気持ちを弛緩させる為
のため息を吐いた。
身体を起こしシェルから抜け出すと、他の部員が集まるHTMI端末のモニターへ近づ
く。そこには、模擬戦を行ったらしい結果画面と、戦闘を行ったチームが表示されていた。
「お疲れ様でした」
部長をはじめ四人をぐるりと見回した瑞希は、最後に見た香織と目が合う。
「はは……本当に強いな、巌さんは。まさか、私達四人でも勝てないなんて」
受ける瑞希は、苦笑しながら首を横に振る。
「今のところは、私の得意な距離で戦えているだけよ? もしも全員が連携して追い込ん
で来たら、きっと敵わないわ」
瑞希の返答に、香織は肩をすくめる。その気持ちを察したのか、唯が瑞希へ一歩踏み出
した。
「瑞希さん。これだけの火力差で勝てない事が既に異常なのよ。少なくとも貴女は、現状
の私達四人より攻守共に優れている。たった一人で、ね。それをもっと自覚しなさい。で
なければ、嫌味と取られるかもしれないわよ?」
「ご、ごめんなさい」
瑞希は、無自覚に相手を傷つけたのではないかとたちまち不安になった。どのようにし
て相手に謝意を伝えようかと真剣に考える。
そして、瑞希の反応に唯や香織は苦笑した。
「そんなに真剣に悩むほどの事ではないわ。貴女に悪意がない事も知っているから。だか
ら、困った顔をしないで頂戴?」
「はい…………ありがとうございます」
笑顔を取り戻した瑞希に、香織達もつられて笑む。菜々とは別の意味で、瑞希には空気
を変える力があった。
「それにしても、本当に上手いわね。私と同い年の筈なのに…………」
香織の呟きに、瑞希は暮れて行く空を眺めながら、同じように呟く。
「……菜々ちゃんの方が凄いわ。私よりも、ずっと強い」
微笑する唯とは対照的に、香織は顔をしかめた。
「あいつのどこが強いのよ。弁護したいのはわかるけど、簡単にやられてるじゃないの。
おまけに、たったそれだけで落ち込んで来なくなった」
香織の辛らつな物言いに、瑞希は苦笑する。
「倒されないから強いというわけではないの。倒せるから強いというわけでもない」
一度言葉を切り、右手で自分の胸を押さえる。
「菜々ちゃんは、傷ついても治る強い心を持ってる。負けても、無くした自信を取り戻す
手段を知ってる。何度負けても、勝つまで諦めないの」
「……単純に意地を張ってるだけじゃないの?」
香織の切り返しに、瑞希は尚苦笑する。
「菜々ちゃんはきっと、周りに乱暴な印象を与えると思うの。でも、私が知る限り生粋の
理論派だわ。負けると子供みたいに意地になるけれど、相手を研究したり、自分の弱点を
補ったり…………彼女は感情を動力にして、理論で打ち倒してきた。今までずっとそう。
多分、これからも」
苦笑が消え、変わりに満面の笑みで四人を見回した。
「だから私は菜々ちゃんが好き。私が持っていない強さを持っているから。それが、一番
信頼している理由よ。勿論、狙撃手としても、とても強いわ」
数秒の静寂の後、香織は大きくため息を吐いた。自分の後頭部を撫でながら、左手に立
つ瑞希を見下ろす。
「巌さんをここまで饒舌にさせるとは……何というか、幸せ者だな。あいつは」
瑞希はそれに応えるように、赤髪の戦友を見上げ、大きく頷いた。
一連のやりとりを無言で眺めていた唯が、瑞希へと一歩近づく。
「瑞希さんがそう言うのならば、菜々さんも大丈夫でしょう。本人が納得するまで様子を
見るわ」
「ありがとうございます」
和やかな雰囲気の部室に、ノックの音が転がり込んだ。全員が反応し、扉へと視線を集
中させる。
「どうぞ?」
唯の許可に、扉が開く。立っていた男がゆっくりと部室へ入って来た。鹿野雄二である。
告白されてから未だに返事を返せていなかった瑞希は、良い機会だと鹿野を見上げる。
しかし、声を出そうと息を吸うも、顔を赤らめ、直ぐに視線を落とした。
迫られると思いきや、鹿野は唯へと歩み寄った。
「活動中失礼します。今日は、亮からの伝言を預かってきました」
「へえ……亮ちゃんの?」
応対する唯は、微笑を保ったまま鹿野を見ている。しかし、変わらない表情とは反対に、
纏う空気は明らかに冷ややかなものになっていた。
「来週の日曜日に開催される県対抗イベントに、参加して欲しいとの事です。女子FPS
部、六名全員に」
「…………何ですって?」
唯は、驚きと訝しさの混じる表情で応えた。県対抗戦は一勢力十二分隊、一分隊十二名
からなる地上戦で、総参加者数二百八十八名にも上る大規模な非公式戦である。大学への
割り振りは一分隊のみで、例年ならば男子から十二名選抜されており、実力の問題からも、
女子FPS部は参加する事ができなかった。
「一体どういう風の吹き回しなの? 鹿野君」
疑いの目を向ける唯に、鹿野は臆せず視線を返す。
「男子から十二名選抜するより、女子を取り込んだ方が総合力に勝ると考えたのでしょう。
亮は勝つ事に貪欲です。そして、その為に最善の手を選ぶ。あいつに妥協はありません」
目を閉じたまま腕を組み、鹿野の話を聞いていた唯は、微笑のまま五度頷く。
「なるほど、なるほどね。よくわかったわ。鹿野君」
「はい」
唯は鹿野に一歩近づき、険の取れた笑みをつくる。
「明日までには返答すると伝えて頂戴。それと、ありがとう、って」
「言付かりました」
部長との会話が終了しても、鹿野は立ち止まったまま動かない。察するまでも無い彼の
行動に、菜々に勝るとも劣らない、意地の悪い笑みで唯が近づく。
「ふふ…………鹿野君? 瑞希さんが待ってるわ」
鹿野は、はっとしていた。戦場では恐ろしく冷たい彼だが、瑞希には今の鹿野が可愛ら
しく見えていた。
「鹿野さん。お茶、でも、如何ですか?」
再度驚いた表情で、弾かれたように瑞希を見る鹿野。誘う瑞希も、体調が心配になる程
紅潮していた。
「女の子に言わせちゃ駄目じゃない。ほら、行ってらっしゃい」
固まったままの鹿野に、唯が発破をかけた。しどろもどろになりながらも、言葉を整理
したらしい鹿野が、瑞希へ向き直り、姿勢を正す。
「行こうか」
「……はい。皆さん、お先に失礼します」
鹿野に続いて、瑞希が部室を出てゆく。彼らを見送ったのは、唯を始めとした部員達の
いやらしい視線だった。




