第7話 自然に寝るんよ
宵闇の帳が下り、微かな灯りが射し込むと、天華の寝室はまるで王朝の絵巻物の一幅のような、妖艶な美しさに包まれている。
朧げな燭台の光は、帳に施された金糸の刺繍に深い陰影を刻み、龍や鳳凰の羽が闇の奥で密やかに蠢くように、鈍く厳かに煌めいていた。
夜風に誘われてふわりと揺れるのは、紗で仕立てられた薄桃色の天蓋。その優美な揺らめきの足元で、最高級の敷物が、月明かりを吸い込んだ水面のように、冷たく仄暗い光を照り返していた。
ここには男子禁制の奥御殿ゆえ、控えているのは侍女の蘭花と薄花のみである。
天華「……ちぃと眠いな」
蘭花「ふふふ、流石は姫様。眠気の持つ圧倒的な深みと夜の静寂まで一瞬で感じ取られるとは、見事でございますね」
薄花「……そうでございます……姫様……この眠気……まるで優しい夜風が姫様の尊き御心をそっと包んでいるのでございます……美しゅうございます……」
天華はそのまま心地よさそうに目を閉じた。
――寝室の外(控えの間)にて。
蘭花から「姫様がお休みになられた」と報告を受けた剛明、理策、牧玄、琴雪がひそひそと語り出す。
理策「解説いたします。眠気は、日中の活動によって蓄積された疲労を回復させるための正常な生体休息反応です」
剛明「天華のやつ、あんな豪華な部屋におるとすぐ眠うなるんだな。まあ眠いんなら大人しく早う寝ぇや」
牧玄「ふむ。どれほど眠たかろうとも、あのふかふかの高級布団は食えんぞ。ふかふかは良いぞ」
琴雪「眠気……それは静かに訪れる……姫様の心の静寂……」
――さらにその外の別室に控えていた宮廷の御医たちにまで話が伝わり、別室内で大騒ぎが始まる!
御医①「大変じゃ! 姫様が『眠気を覚えられた』とのこと! 興奮していた脈が穏やかに落ち着いておられる確固たる証拠じゃ!」
御医②「おお……! これは大いなる回復の兆しじゃぞ!」
御医③「寝殿の者ども! 息をひそめ、姫様の絶対なる安静を保つんじゃ!」
官吏から報告を受けた太后。
太后「御医!…… 声が大きいわい! 天華はただ眠いと言って寝ただけじゃぞ!」
馬車内を抜ける初夏の微風に誘われてふわりと揺れるのは、透き通るような紗で仕立てられた薄桃色の天蓋。
その優美な揺らめきの足元で、選び抜かれた極上の絹の敷物が、陽光を浴びて波立つ水面のように、滑らかで厳かな光を照り返していた。
天華「……揺れが心地ええけぇ、ちぃと眠うなるな」
蘭花「ふふふ、流石は姫様! 馬車の揺れが持つ至高の優しさまで感じ取られるとは、さすがでございますね!」
薄花「……そうなんよ……この揺らぎ……まるで穏やかな夕風が姫様の御心をそっと撫でているのでございます……」
天華の様子を聞いた剛明たちが語らう。
理策「解説いたします。一定周期の微細な振動は、脳内にα波を発生させ眠気を強烈に誘発いたします。」
剛明「天華、走行中の馬車で変な姿勢で寝ると、揺れで首を痛めるぞ。」
牧玄「姫様、豪華な馬車であっても食えんぞ。」
琴雪「揺れの眠り……それは揺らめく……姫様の心の波……」
――なぜかしら、この噂が市中の商人たちの耳に届く。
商人①「聞いたか! 姫様が馬車の揺れが心地よいとお気に召されたらしいぞ!」
商人②「サスペンションと乗り心地を極限まで改良した“姫様仕様極上馬車”を開発するんじゃ!」
商人③「姫様の眠り極上馬車として国中に売り出すんじゃ! 豪商どもにバカ売れ確定じゃ!」
商人④「姫様仕様の極上馬車を作れる職人を早く囲うのじゃ。急げ、急げ!」
官吏から、この噂を聞いた太后は頭を抱えた。
太后「……勝手な商品を売り出すな! 天華はただ揺れで眠うなっただけじゃ!どうしてこうなる……」
政務殿の控え間にある、重厚で長い木製椅子の上。
天華は政務の合間に、ころんと横になった。
天華「……この長椅子、ちぃと横になりやすいな」
蘭花「ふふふ、流石は姫様! 長椅子に横たわられるお姿の神聖な美しさまで醸し出されるとは、お見事でございます!」
薄花「……そうでございます……この横たわり……まるで空に浮かぶ薄雲が姫様の御心を優しく包んでいるのでございます……」
理策「恐れながら申し上げます。長椅子は水平面が確保されているため、人体が横になりやすい構造となっております」
剛明「天華、政務殿のど真ん中で寝られると、書類持ってきた役人が気まずくて困るぞ」
牧玄「姫様、どれほど横になりやすくとも長椅子は食えんぞ」
琴雪「横たわり……それは豊かに広がる……姫様の心の余白……」
宮廷詩人たちは政務殿の外で控えており、隙間からそのお姿を目撃してしまっていた!
詩人①「見たか……! 姫様が政の神聖なる場にて静かに横たわられた……! これは国家の泰平と心の象徴じゃ!」
詩人②「長椅子の眠りは、我が国の政が盤石であり安寧であることを示しておられるのだ!」
詩人③「歴史に残る大傑作の詩を詠むんじゃ! 『姫様の静座と長椅子の歌』じゃーーーっ!」
太后「宮廷詩人よ!……勝手に詩を詠むな! 天華はただ長椅子でうとうとしただけじゃ!」
ぽかぽかと温かい太陽が照りつける外朝庭園・柳庭。
愛らしい黄色い天幕(行営)の中で、天華は青々とした芝生の上に敷いた布団の上で「んーーーっ」と大きく身体を伸ばした。
天華「……日が暖うて、ちぃと伸びると気持ちええな」
蘭花「ふふふ、流石は姫様! 昼の光がもたらす天の温かさまで全身で受け止められるとは、ご立派でございますね!」
薄花「……そうでございます……この伸び……まるで眩しい陽光が姫様の御心を温かく照らしているのでございます……」
理策「恐れながら申し上げます。日光浴は体温を上昇させ、セロトニンの分泌を促し弛緩効果をもたらします。とても身体に良いのです」
剛明「天華、そんな庭園で油断して寝とると、風に吹かれて風邪ひくぞ」
牧玄「姫様、昼寝はどれほど気持ちよくとも食えんぞ」
琴雪「昼の伸び……それはどこまでも広がる……姫様の心の解放……」
囲障の向こう側にいた子供たちが、天幕から飛び出た天華の足や伸びをする姿を見て大騒ぎ!
子供①「みんなー! 姫様が広場で寝とるぞ! すげぇーーーっ!」
子供②「ゴロゴロ伸びとる! あれはきっと、新しい冒険の合図じゃ!」
子供③「みんなー! 姫様が昼寝の冒険を始められたぞーーーっ! 乗り遅れるなー!」
子供④「ほぅ、ワシも冒険するぞー! ゴロゴロゴローッ!」
子供⑤「ふぁ〜……眠い……おやすみなさぁい……(その場で寝始める)」
子供⑥「……スヤスヤ……ピー……」
官吏から報告を受けた太后。
太后「……あやつらまで寝始めるでない! 天華はただ、昼寝をしただけじゃ……!えい、ここは昼寝をする場所じゃないぞ!」
太后は、またもや頭を抱えて崩れ落ちるのだった。




