第九話 揺務なんよ ―静に沈むんよ―
まだ夜が明けきらぬ薄暗さの中、朝の政務殿には張り詰めた緊張感が満ちていました。
官吏たちが執務を始めた瞬間──音が消えた。
官吏A「……声が……聞こえません!」
官吏B「紙をめくる音が……しません!」
官吏C「足音が……消えています!」
官吏D「お腹の音が……しません!」
官吏E「隣りのいびきの音が……消えています!」
兵卒「政務殿の“音”が……全滅しています!」
天華はまったく動じない。
天華「聞こえぬなら、聞こえるように勅令をすればよいのじゃ!」
玲音「……音の記録欄が……ありません……」
琴雪が静を落とす。
琴雪「……静の領域が……政務殿全体に触れている」
空気が沈む。
官吏A「ひっ……! 政務殿が沈んでいます!」
官吏B「机の気配が……遠いです!」
官吏C「筆が……眠りました!」
兵卒「政務殿が……沈んでいます!
空気が……重いです!
気配が……どこかへ行きました!」
天華「沈むなら、浮くように勅令をすればよいのじゃ!」
玲音「……浮くように命じる記録欄が……沈みました……」
政務殿中央で、竹筒勅令布告筒が突然動き出す。
官吏A「勅令布告筒が……走っています!」
官吏B「筒の中の勅令布が……勝手に配布しています!」
官吏C「布告の文字が……飛び出しています!」
官吏D「余白の走り書きが……落ちたままです!」
兵卒「勅令布告筒が……政務殿を巡回しています!」
天華はむしろ喜んでいる。
天華「働き者じゃのう! 自然に走ればよいのじゃ!」
さらに政務殿全体が動き出す。
• 記録欄が机から降りて別の机へ出張
• 筆が勝手に走り回り官吏の袖に署名
• 行が別の文書に転職
• 勅令布告筒が官吏の足元をコロコロ転がりながら勅令を配布
兵卒「政務殿全体が……働いています!
文字が……移動しています!
勅令布が……昇進しています!」
玲音「……記録欄が……別の部署へ移動しました……」
官吏A「制度文書が……読めません!」
官吏B「行が……旅先から帰りません!」
官吏C「文字が……寝たままです!」
官吏D「余白の走り書きが……落ちたままです!」
兵卒「政務殿が……静の向こう側にあります!」
天華「向こう側なら、こちら側に戻るよう勅令をすればよいのじゃ!」
玲音「……戻るように命じる記録欄が……逃げています……」
琴雪が最後の静を落とす。
琴雪「……命じても……戻らない」
官吏・兵卒・玲音「戻らないんかい!」
政務殿は静かに沈んだまま──
天華「……むにゃ……静じゃけぇ……」
ふわりと布団が揺れる。
ぱちっ。
天華は 自室の寝台の上で 目を覚ました。
天華「……夢じゃったんかい!」
天華「政務殿が沈んでおったのに……
文字が逃げておったのに……
勅令布が転職しておったのに……全部……夢じゃったんかい!」
そこへ、侍女・蘭花が入ってくる。
蘭花「姫様、お目覚めでございますか?
……なんだか、胸が静かに揺らいでおられるような……?」
天華「蘭花よ! 聞いてくれ!
政務殿がのう──とんでもないことになっとったんじゃ!」
天華は夢の話を蘭花に楽しそう語り出した。
天華「文字が逃げて、行が旅に出て、勅令布が転職したんじゃ!」
蘭花は即座に深読みしつつ甘やかす。
蘭花「ふふふ……流石姫様。
制度の文字が自由を求めて走り出すなんて……姫様の御心そのもの……」
天華「ならば制度を走らせる勅令を出すかの!」
蘭花「ふふふ……流石姫様。国家が姫様に追いつけなくなりますね……」
蘭花の深読みは止まらない。
蘭花「姫様、行が旅に出るとは、改革の胎動……」
天華「なら改革を始動する勅令を出そう!」
蘭花「ふふふ……流石姫様。未来が姫様の前で正座します……」
まだまだ続いている。
蘭花「姫様、勅令布が転職するとは、新しい風……」
天華「なら風を吹かせる勅令を出せばよいのじゃ!」
蘭花「ふふふ……流石姫様。自然界が姫様の出勤を待ちわびています……」
蘭花は、またまた、甘やかす。
蘭花「姫様、筆が勝手に署名したのは、自律の夜明け……」
天華「なら夜明けを延長する勅令を出すかの!」
蘭花「ふふふ……流石姫様。太陽も姫様の都合に合わせるのですわ……」
またもや盛り上がる。
蘭花「つまり姫様の夢は国家の未来そのもの……!」
天華「なら未来を前倒しする勅令を出せばよいのじゃ!」
蘭花「ふふふ……流石姫様。歴史が姫様のスケジュール帳を確認しに来ますね……」
二人はキャッキャと笑い転げる。
蘭花「姫様の夢は……本当に陽気でございますのう……」
天華「ほいじゃけぇ、また見るかもしれんのう!」




