第二話 役職が増えるんよ
御政殿は天鏡殿の約半分の規模だった。
東西六十歩・南北四十五歩。
光の殿ほどの荘厳さはないが、木の香りがふわりと漂う静かな空間だった。
夜明け前の薄光が、殿の高い天井に走る龍紋の梁を静かに照らしていた。
左右には文官・武官の机が整然と並び、机の上には巻物、朱筆、木札が静かに積まれている。
殿の奥には太后の高座があり、その周囲だけ空気がぴんと張りつめていた。
この緊張感あふれる静けさの中心に、天華がぽつんと座っていた。
天華「ほい、今日は制度を決めるんよ!」
剛明は深く息を吸った。
天華に振り回された疲れが、まだ全身に残っている。
剛明「天華、天華国には星の数ほど制度があるんぞ。まずは官職制度から――」
理策「補足致します。我が帝国の制度とは、広大な国土と民を正しく統治するための巨大な人工生態系に他なりません」
天華「ほい、自然に影響するんよ!」
蘭花「ふふふ……流石姫様。自然影響……なんと尊い……」
太后「……寝言は寝てからお言い」
牧玄「その制度を回すために、日々どれだけの兵と民が血汗を流しとるか……」
兵卒「かみ合っとらんのんよ……」
剛明「噛み合わんのんよ……」
剛明は気を取り直し、巻物を広げた。
剛明「まずは文官じゃ。尚書や中書令といった役職があってな――」
天華「ほい、自然に全部できたんよ!」
剛明「できんのんよ! 役職は自然に生えてこんのよ!」
理策「補足致します。文官職の自然発生例はありません」
蘭花「流石、姫様。……自然三官成立……姫様の御心が制度を芽吹かせる……尊い……」
太后「芽吹かんよ。人は働いて役職を得るんよ」
牧玄「勝手に増えたら現場の生活がズレるんじゃが……」
兵卒「もうズレとるんよ……」
剛明「ズレとるんよ……次、武官! 副将軍は将軍を補佐する大切な役職で――」
天華「ほい、自然に副将軍がどんどん増えるんよ!」
剛明「増えんでええ! わし、一人で十分なんよ!」
理策「補足致します。副将軍の自然増殖は指揮系統を崩壊させます」
蘭花「……自然副将……姫様の御心が軍を守るべく、副将軍を芽吹かせる……」
剛明「だから芽吹かんと言っとろーが!」
牧玄「副将軍が十人もおったら生活が崩れるんじゃが……」
兵卒「崩れとるんよ……」
玄岳「副将軍十名は……軍が……混乱……する」
天華「ほいじゃけど、自然に混乱せんのよ!」
蘭花「……無乱軍制……天下無敵の御心……」
剛明「そんな都合のいい心はない!」
太后が杖をコツンと鳴らした。
太后「天華。役職はな、人が責任を持って働くためのもんなんよ。自然にできたじゃ、誰が何をするか分からんのよ」
天華「ほい、自然に分かるんよ!」
理策「補足致します。自然理解の概念は存在しません。」
蘭花「……自然分職……姫様の御光が、己の役割を照らし出す……」
牧玄「照らされんのんよ……」
兵卒「照らされとらんのんよ……」
太后「照らされんよ……」
剛明「照らされんのんよ……!」
蘭花がうっとりとした目で一歩前へ出た。
蘭花「……姫様。もしよろしければ……わたくしにも自然に役職を授けていただければ……」
剛明「自分からねだるな! 役職は自然におねだりするもんじゃないんよ!」
天華「ほい、おねだりは自然なんよ!」
理策「補足致します。求職の自然発生は制度的に矛盾します」
蘭花「……自然求職……姫様の御心に導かれ、役職がわたくしを呼んでおります……!」
太后「呼ばんのんよ……」
牧玄「呼ばれてないんよ……」
兵卒「呼ばれてないんよ……」
剛明「絶対に呼ばんのんよ!!」
天華は満面の笑みで胸を張った。
天華「ほい! 官職制度はこれでバッチリなんよ!
自然に役職が増えて!
自然に副将軍が増えて!
自然に仲良うなって!
自然に働いて!
自然に国が回るんよ!」
蘭花「ふふふ、流石姫様。……自然官制……新たなる時代の開闢にございます……!」
理策「補足致します。自然官制は制度として成り立ちません。」
天華「ほい、自然に成り立つんよ!」
剛明「成り立たんのんよ……」
太后「心は自然に仲良うならんのよ……」
牧玄「生活は自然に整わんのんよ……」
天華「ほいじゃけぇ、自然に役職が生まれるんよね?」
琴雪「……生まれません」
蘭花「官制は、必要が生じた時だけ役職が生まれる仕組みですね!」
天華は静かに頷いた。
しかしその頷きは——完全に誤解したままの頷きだった。
天華「必要が生じたら役職が生まれるんよね?
ほいじゃけぇ、必要を作れば役職が増えるんよ。」
琴雪「……そういう意味ではありません。」
天華「風が吹いたら風司が生まれるんよ、
葉っぱが落ちたら葉司が生まれるんよ、
鳥が鳴いたら鳥司が生まれるんよ。」
蘭花「つまり、自然現象の数だけ役職がある……!これは壮大な官制体系ですね!ふふふ、流石姫様。」
剛明「天華、役職は自然に増えんのんよ。」
天華と蘭花のズレが、静かに膨らんでいった。
湿度が揺れた瞬間——
天華「ほいじゃけぇ、湿度司が生まれたんよ。」
蘭花「では、姫様。その下に湿度補佐司が必要ですね!」
天華「湿度司、湿度補佐司、湿度の気分司……、
湿度って気分で変わるけぇ、役職も気分で増えるんよねぇ。」
影が揺れた瞬間——
天華「影司が生まれたんよ。」
蘭花「ふふふ、姫様。影司の下に影の濃淡司が必要ですね!」
天華「影の端が揺れたら影の端司も生まれるんよ。」
蘭花「はい。その端の端を補佐する“影の端補佐司”も必要です!」
石ころが、ほんの少しだけ転がった。
天華「石ころ転がり司が生まれたんよ。」
蘭花「転がる前の予兆を監察する石ころ転がり予兆監察司も必要ですね!」
牧玄「姫様。……石に予兆はないんじゃよ」
兵卒「何一つ整っとらんのんよ……」
自然現象が起きるたびに、蘭花が役職札に書き留める。
湿度司、影司、石ころ転がり司、朝露司、葉っぱの迷い司——
こうして――
天華帝国の官職制度は自然官制として爆誕した。
常識トリオは頭を抱え、全員で深く、深くため息をついたのだった。




