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第八話  白翼の祈り、光輪の守り手



 その一帯は、まるで“時間”が止まっているかのようだった。


 廃墟となった砦跡、崩れた石壁の上に、奇妙な風紋が浮かび上がる。空はどんよりと曇り、霧に似た瘴気が地を這うように流れている。踏み込んだだけで、肌を撫でる空気が粘りつくように重い。


 その中心に、セラフィナ・ユールの白い外套がそっと翻った。


 「……この地は、まだ“鎮まって”いないのですね」


 微かな独白とともに、彼女は足元に膝をついた。廃墟に残る血痕と残骸、それらは朽ち果てた戦場の記憶――百年前、ある国家の最期の拠点と呼ばれた場所だ。


 「罠の跡だな。ここで待ち伏せされたか」


 低い声が答える。傍らに立つユリオ・クラウスは、大剣の柄に手を添えたまま周囲を警戒していた。銀髪が風に揺れ、鎧に刻まれた幾つもの刃傷が、過去の激戦を物語っている。


 「……この気配。セラフィナ」


 「はい。残穢です。それも、深いものが数層、重なっています」


 彼女は立ち上がり、目を閉じる。


 背後の空間が微かに歪み、次の瞬間──光が“輪”の形となって彼女の背に浮かび上がった。発動する《浄輪の天印》。背中に広がる純白の光輪、それはまるで“神の赦し”にも似た威容を持つ。


 周囲を包む瘴気が、触れた瞬間に霧散していく。


 「発光、拡張します」


 「──応、任せろ」


 光の浄化波に引き寄せられるように、地の底から呻き声が漏れた。


 《あ゛ああああ……くるしい……》


 《ま……もれなかった……皆、殺された……》


 残穢から実体化した異形たちが、ぐずぐずと姿を現す。

 一体は、鎧に槍を刺したまま這い出た元騎士。もう一体は、黒衣をまとった焼け焦げた魔導士の亡霊。そして三体目は、獣と融合したかのような巨大な異形――かつてこの砦にいた守護者の“成れの果て”だろう。


 「意志の残る変異体三体。攻撃性あり。位置は、北・西・前方。ユリオさん」


 「了解。盾展開──」


 彼の背に刻まれた紋章《守護の大輪》が輝きを放ち、波紋のような力場が彼の周囲に広がる。

 すべての衝撃を“自ら受ける”ことで打撃を相殺する、打撃吸収の結界だ。


 「……行くぞッ!」


 彼の一歩は大地を震わせ、最前線へと駆け出す。


 刹那、黒き槍が空を裂く。前方の亡者が突き出した槍を、ユリオは真正面から受け止めた。大剣と結界が音を立てて火花を散らし、力と力が拮抗する。


 「重いな……なら──」


 反撃の一撃が地を砕いた。ユリオの一撃は重さだけではない。彼の紋章が、打撃吸収と同時に“衝撃を蓄積して返す”仕組みを持っているためだ。


 「セラフィナ、右を!」


 「はい」


 セラフィナは歩みを止めず、静かに片手を掲げた。


 「……迷える魂よ。いま一度、還る道を──」


 光が地を撫でるように広がり、焼け焦げた魔導士の怨念が苦悶の叫びを上げる。

 《う……わたしは……まだ……まだ……》


 「あなたの時間は、もう……終わっているのです」


 祈りの言葉とともに、浄化の光輪がその身体を包む。まるで月光に溶けるように、魔導士の魂が崩れ、静かに消えていった。


 「前、突破するぞ!」


 ユリオの大剣が再度振るわれる。最後に残った異形の獣が咆哮を上げながら突進してくるが、ユリオは真正面から受け止め、全身を盾と化して抗った。


 「ッ、まだ、だ……!」


 彼の足元に刻まれた結界紋が光り出す。それはセラフィナが事前に刻んだ“補助円陣”だった。結界を強化し、ユリオの負担を最小限に留める仕掛け。


 「今です、ユリオさん!」


 「……おう!」


 最後の一撃。

 ユリオの全力の斬撃が、異形の頭部を粉砕する。


 爆ぜる瘴気。だがその霧の中心に、セラフィナの羽根が舞う。


 彼女の紋章《浄輪の天印》が、最後の浄化を施したのだ。



 すべてが終わった。


 霧が晴れ、瓦礫の間から差し込む光の筋が、淡く現場を照らす。


 「……浄化完了」


 「無事でなによりだ」


 ユリオが剣を地面に突き刺し、ゆっくりと息を吐いた。セラフィナは微笑みながら、彼に歩み寄る。


 「……お怪我は?」


 「少しだけ、肩に。だが、平気だ」


 そう言うと、彼女はそっと手を伸ばし、ユリオの鎧に触れる。

 彼の紋章が微かに光り、癒しと再生の“聖域”が展開された。


 「あなたの剣が、あの魂たちを守りました」


 「いや……俺は、あんたの光に守られてる」


 二人の間に言葉は少ない。


 だが、深い信頼だけがそこにある。

 戦場の只中においてもなお、静謐を保ち続ける“光”と“盾”のペア。


 導き手と守り手――その理想を体現する姿だった。


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