表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/84

第四話 導き手と“死を運ぶ鳥”



 薄明の光が高級宿《銀のともし火亭》の窓辺を染めていた。

 リアンは静かに目を覚まし、天井を見上げた。癒し草と香浴の香りがまだ微かに残っている。温かい布団の感触、結界の静寂──すべてが、昨夜の現実を肯定するようだった。


 身を起こし、風の紋章に触れる。淡く揺らめいた光は、今日も確かに彼に寄り添っていた。


 準備を整え、受付へ。ヴェイルガードの名を出すと、彼らは朝早くに《灰銀の矛》へ向かったと告げられる。感謝を伝えたい思いが、足を自然と街へ向かわせた。


 朝のヴェルダ・クローネは賑わいを見せていた。風渡りの露店街では商人たちが声を張り、焼き果実や香草茶の香りが漂っている。石畳を歩く足取りは軽く、旅人たちの笑い声が街の活気を後押ししていた。


 中央広場の「大狼の像」を過ぎたあたりで、リアンの足が不意に止まる。


 ──赤。


 鮮烈な赤髪、血のような瞳。すれ違いざま、視界の端に映った女の姿に、胸がざわついた。だが彼女の存在は風のようにすれ違い、リアンは振り返らなかった。


 女は立ち止まり、小さく呟く。


 「見つけた……ようやく、ね」


 その声は誰にも届かぬほどに微かで、しかし確かに確信を帯びていた。


 そしてその様子を、屋根の上から見下ろす影があった。古びた鐘楼の上。漆黒の外套を翻し、無言で街とリアンを見つめる仮面の人物。風が吹き、影だけがそこに残った。


 


 冒険者ギルド《灰銀の矛》。石造りの堂々たる本部の中、ヴェイルガードの面々がそれぞれの準備に取りかかっていた。


 「……リアン!」ニコが最初に気づいて手を振る。


 「疲れは取れたか?」ブラムが頷き、リアンの肩を軽く叩く。


 「ええ。皆さんには、本当に感謝しています」


 リアンは深く頭を下げた。


 「君たちがいなければ、俺は──風の中に消えていたかもしれない」


 「礼なんていいっての」カイが肩をすくめる。「放っておけないだけさ」


 「でもシチューと麦酒分くらいは返してもらうけどね」リゼが笑い、ミーナもそれに続くように微笑む。


 「これからどうするの?」とミーナが尋ねると、リアンは頷いた。


 「紋章教会で、紋章書の更新と素材の申請を。その後、指定された魔物の素材回収を」


 「教会支社は聖印広場の向かいだ。手続きの前に、街を回るといいわ。案外、心を整えるには向いてるから」


 仲間の温かさを背に、リアンは再び街へと出た。


 


 紋章教会ヴェルダ・クローネ支社は、大理石と魔術刻印で構成された威厳ある建物だった。


 受付にて、リアンは新たな紋章素材──「風晶片」と「ミストコア」の組み合わせによる感知型風紋章の申請を提出する。教会職員が淡々と手続きを進め、やがて新規意匠として紋章書へ記録される。


 「確認:魂の揺らぎ、なし。魔術構成、安定。更新完了。認定は灰銀の矛に報告されます」


 リアンは一礼し、報告書を受け取った。そのまま、素材回収依頼の通知を確認する。北東の丘陵地帯で瘴気を帯びた魔物の出現──その個体の素材と魂の浄化が目的と記されていた。


 


 ギルドに戻ると、入口付近で突然声をかけられる。


 「おーい、風紋章の兄さん。ちょっといい?」


 銀髪に金の瞳。重い大剣を背負った女が、気さくに笑いかけてきた。小柄な体躯ながら、その空気はただ者ではない。


 「……あなたは?」


 「サラ=レイヴェル。通り名は──ま、知ってる奴は知ってる。“死を運ぶ鳥”だ」


 その名に、受付がざわめく。


 「本物だ……銀の鳥紋章に火の紋章、戦場の鳥だ……」


 「どうして俺に声を?」


 「なんとなく。興味が湧いたのさ。風の匂いが違ったからね、あんたのは」


 おどけたように笑い、二人分の申請書をひょいと受付に出す。


 「同行してもいいだろ? 私も退屈してたんだ」


 断る理由もなく、リアンは頷いた。


 


 丘陵地帯には瘴気がうっすらと漂い、空気が淀んでいた。


 姿を現したのは、瘴気に覆われた三眼の魔獣。牙が唸り、黒い斑紋が体表を走る。


 「下がってな、風くん!」


 サラが地を蹴る。風の紋章が発動、身体が跳ねるように滑空し、火の鳥の意匠が紅蓮の軌跡を描いた。


 風の加速と炎の衝撃が重なり、魔物は反応すらできず斬り裂かれる。


 「……やるな」リアンが呟く間に、戦闘は終わっていた。


 リアンは残骸に近づき、瘴気の残滓へ手をかざす。


 「風よ、魂を浄め、大地に還せ」


 紋章が輝き、黒い瘴気が浄化されると共に、透明な魂の粒子が空へと昇っていく。


 サラはじっとその光景を見ていた。


 「……やっぱり。あんた、“魂の導き手”だね?」


 リアンが息をのむと、サラは静かに微笑んだ。


 「噂じゃ聞いてた。けど、現物を見るのは初めてさ」


 リアンの腕に触れ、紋章に指を添える。


 「……懐かしい光だ。なるほど、導き手の素質、納得だよ」


 数秒の沈黙。


 「私、探してたものがあるんだ。けど……それが何かは、まだ言えない。けどあんたとどこかで会った気がする。……そんな気がするんだ」


 そう言って、サラは背を向ける。


 「またね、風紋章の兄さん」


 銀髪が風にたなびき、サラはそのまま街の方へと歩いていった。


 


 夕暮れが街を紅く染める。


 リアンは《銀のともし火亭》へと戻る。背中には新たな素材と、導きのような出会いの記憶が残っていた。


 部屋に入ると、風の紋章が静かに揺れている。その光は、どこか温かく──未来を告げていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ