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『魂を導く紋章師、死者の誓いを継いで世界を救う』  作者: nukoto


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第12話 黄昏の導き火と暁星の槍

――東の空が、燃えるような朱に染まっていた。

夕陽とも血ともつかぬ光が、廃墟の瓦礫を照らしている。

崩れた塔、折れた剣、そして誰のものとも知れぬ戦旗。

時が止まったこの地で、ただ風だけが過去を語っていた。


その中に、一人の少女が立っていた。

赤髪を風に揺らし、琥珀の瞳で世界を見つめる。

――ルディア・フェルシア。

“黄昏の導き火”と呼ばれる導き手。


「……ここ、やっぱり濃いね。

 魂の残り香っていうか、“想いの塊”そのもの」


彼女の足元には、古びた戦旗が落ちていた。

かつてこの丘で掲げられたであろう旗。

布は焦げ、血の跡が乾いて黒ずんでいる。


「名前も、もうわからない。

 けど――確かに、ここに“誰か”の最後がある」


その隣で、長槍を背負った青年が静かに立つ。

カロル・ミルディア。〈暁星の槍〉。

無言のまま、周囲の瘴気を読むように目を細めていた。


「……ルディア。来るぞ。瘴気の歪みが動いた」


「うん、わかってる。

 ――あの人の記憶が、こっちに向かって叫んでる」


彼女の背の《薄明の羽印》が静かに光を放つ。

黄昏の羽がふわりと浮かび、霧のような瘴気を押しのけた。

地面がひび割れ、黒い風が吹き上がる。


そこから現れたのは、鉄と骨が混じり合ったような影。

かつて戦場を駆けた騎士の魂――今は瘴気に侵された亡霊。


「視える……この人、最後まで誰かを守ろうとしてた」


ルディアは掌に光を宿し、祈るように掲げる。

その光は、過去の記憶をわずかに呼び戻した。

目の前の異形の手が、一瞬――“何か”を掴もうと震える。


「……娘の手紙、握ったまま……逝ったんだね」


声が震えた。

その記憶が、魔物の怒りをかすかに揺らす。

しかし、瘴気の濃度は深く、魂は再び吠えた。


「下がれ、ルディア!」


カロルの声が響く。

彼の槍が空を裂き、金の環が足元に展開される。

《陽焔の輪》が輝きを増し、光が身体を包んだ。


「――俺が、夜を裂く」


一歩。

その踏み込みは風を生み、光が地を走る。

長槍が閃き、まるで黎明の一閃のように影を貫いた。

金属が砕けるような音ではない。

ただ、闇が静かに切り裂かれる音。


爆ぜる瘴気。

光が押し返し、影が形を失う。


「まだ……だめ!」


ルディアが叫んだ。

魔物の背後に駆け寄り、掌を伸ばす。

琥珀の瞳が、涙のように光を宿す。


「まだ、怒ってる……悲しんでる……」


《薄明の羽印》が反応する。

羽が光を散らし、魂の奥底へ届く。


「あなたの想い、ちゃんと届いてる。

 だから、もう――終わっていいんだよ」


異形の巨体が静止した。

その胸の中から、かすかな光がこぼれる。

そして――ゆっくりと崩れ、羽のような光塵となって空へ昇った。



戦闘のあと。

風がやんだ。


ルディアは膝をつき、肩で息をしていた。

カロルが駆け寄り、そっと支える。


「……無理しすぎだ、ルディア。いつも言ってるだろ。お前は一人じゃない」


「……ごめん。でも、あの人の声、すごく強くて……」


「知ってる。

 でも、お前の強さはそれだけじゃない。

 お前が感じた想いを、俺が護る。……ずっと、そう言ってきた」


彼の手が、彼女の手を包む。

戦場の冷気の中でも、それは確かに温かかった。


ルディアは顔を上げ、微かに笑う。

その瞳には涙が浮かんでいる。


「……ありがと、カロル。わたし、本当に幸せ者だよ」


「生きて帰ろう。

 お前の“黄昏の火”は、まだ誰かを導いてる。

 だから、俺は――お前の背を、絶対に守る」


夕陽がふたりを照らしていた。

赤い光は血ではなく、希望の色をしていた。

その丘に、わずかに吹く風が、

誰かの“ありがとう”と囁くように通り抜けていった。

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