第113話 「呼び合う魂、断たれる祈り」
短くてすみません
仕事が落ち着いたら更新頻度も上がると思いますので
よろしくお願いします。
――金色の霧が揺れた。
セラフィナの背に光輪がふわりと浮かび、
空気そのものを震わせるように淡く光を放つ。
そのすぐ隣に、蒼い瞳の騎士――
ユリオ・クラウスが立っていた。
大剣を地へ突き、静かに前へ一歩踏み出す。
「……来ます、セラフィナ様。」
「ええ、ユリオ。」
二言で通じる信頼。
その佇まいは、まさしく“守り手”の矜持だった。
⸻
「はぁ……なんて綺麗な絵でしょうね。」
仮面の奥で、ラザンが笑う。
声は甘いのに、どこかねじれ、狂っている。
「白翼の導き手。
白刃の衛士。
――美術館に並べたいほどの芸術だ。」
ユリオの蒼い瞳が、鋭く細められた。
「貴様が……セラフィナ様を“芸術”と呼ぶな。」
喉の奥で押し殺した怒り。
ユリオの一言で、空気がひやりと締まる。
「ユリオ。」
セラフィナがふわりと名を呼ぶ。
ユリオは悔しさを飲み込むようにして息を吸い、
一歩後ろに下がって主の後ろへ戻った。
⸻
セラフィナは前へ出る。
霧の光を纏い、影さえ美しく見えるほど静かに。
「ラザン。
……あなたたち《収集官》は、まだ魂を“物”として扱うのですね。」
「物?」
ラザンは肩を揺らして笑った。
「違いますよ。魂は“芸術”です。
苦しむ魂は加工し、美しい魂は飾り、
希少な魂は――手に入れる。」
「……だから世界は泣き続けるのです。」
「泣く? 泣けばいいじゃないですか。」
ラザンは仮面の奥で笑う。
「“涙という形”は、芸術をより際立たせます。」
サラが小さく舌打ちした。
「……最悪。」
だが、ラザンはサラを見ることさえしない。
視線はただ――リアンに向いていた。
「特に“あなた”は格別だ。
不死鳥の欠片を持つ導き手。
そして――」
赤髪の女が、一歩進み出る。
傷だらけの足跡が、夜の地に悲鳴のように刻まれる。
顔は血に濡れているのに、瞳だけがただ一つ――リアンだけを追っていた。
「呼び合う魂。」
その言葉が落ちた瞬間、
リアンの胸の奥が――ぎゅっと掴まれた。
「……違う……そんなはずない……!」
右手の箱舟の紋章が、また灯る。
痛いほどの鼓動。
「リアン、前に出ない!」
サラが即座にリアンの前へ飛び出す。
その動きには焦りがあった。
見ていられないほどの焦りと……痛み。
(……また、あの時みたいな顔……)
(リアンが……壊れそうな顔……)
サラの胸がきしむ。
守りたい。
あの日、誰にも寄り添われず、自分の涙を飲み込むしかなかった“私”と同じ顔を――もう二度とさせたくない。
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セラフィナがラザンを見る。
「……あなたたちが魂を奪い、縛り、利用する限り、
世界の悲鳴は止まりません。」
「導き手の理想論ですね。」
ラザンは仮面を傾ける。
「人はまた殺し、また憎しみ、また魂を穢す。
あなたたちは“救っているつもり”になっているだけですよ。」
「それでも、還すことをやめる理由にはなりません。」
「それで救えた魂が、どれだけあった?」
ラザンの声が低く響く。
「――導き手をやめ、《導く者》へ堕ちた者もいるはずだ。」
リアンの喉がぴくりと震えた。
サラがわずかに眉を動かす。
セラフィナだけが、揺れなかった。
「迷いは人を壊します。
しかし……だからこそ、導きは続けねばなりません。」
「ではひとつ、質問を。」
ラザンは赤髪の女の肩に触れた。
「もし魂が、“世界に残りたい”と言ったら?」
リアンの呼吸が止まる。
赤髪の女が唇を震わせ――言った。
「……あなたを……求めてる……」
その声は、刺さるように静かだった。
「っ……そんな……!」
サラがリアンの腕を掴む。
強く。離すものかというほどに。
「リアン、聞いちゃダメ! あれは――」
「“魂の嘘”ですよ。」
セラフィナの声が霧を割った。
サラが息を止める。
リアンも顔を上げた。
「魂が言っているのではありません。
魂を“縛られた者”が言わされているだけ。」
ラザンは楽しそうに笑う。
「残酷な事実。
でも、芸術とはそういうものです。」
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セラフィナがリアンの方へ歩み寄る。
「リアンくん。」
そっと、リアンの右手に触れる。
箱舟の紋章が淡く光り、
その震えがセラに伝わる。
「あなた……ずっと、痛かったでしょう。」
「……っ……!」
リアンの膝が揺れ、
サラが慌てて横から支えた。
「リアン!!」
(やっぱり……!
こんなになるまで……ひとりで……)
胸が痛い。
焦りでも嫉妬でもない。
ただ、彼の痛みが刺さって――苦しい。
セラフィナは微笑んだ。
「もう、大丈夫。
もう……ひとりではありません。」
その瞬間――
ラザンの影が、不気味に膨らんだ。
「では……壊しましょうか。」
黒い羽が、一斉に弾けた。
戦場の沈黙が破れ――
決戦の幕が、静かに上がった。




