第13話 右手に銃を左手に復讐を
その夜、一台の黒い馬車が走っていた。
過度な装飾はないが、洗練されたデザインでドアには獅子を模した家紋が刻まれている。ゼルフィード伯爵家の紋だ。
カポカポと馬の歩みが鳴る。馬車は等間隔に並んだ街灯が照らす石畳を進んだ。
御者が欠伸をひとつした。静かな貴族街を走らせるのに、それほど緊張感は必要ない。
いつも通りに軽く手綱を握る。もうしばらく行けば、ゼルフィード伯爵家の屋敷だ。
不意に御者の身体が傾いた。馬車に背を預け、ずるりと滑る。そのこめかみには血が滲んでいた。
馬車に乗っているゼルフィード伯爵はそれに気づかない。
ゆっくりと馬車が減速していく。馬の歩みが止まり、馬車が完全に止まった。
静寂が包む貴族街にポツンと一つの馬車が佇む。
「おい、どうした?」
馬車が止まったことを不審に思ったゼルフィード伯爵が御者に声をかける。
しかし、返答はない。
ゼルフィード伯爵の顔がしかめられる。
「おい! 聞いているのか!」
伯爵は声を荒げた。それでも御者からの返事はない。
街灯の光が差し込む馬車の中で、ゼルフィード伯爵はただ事ではない気配を感じた。
腰を上げようとしたその時、馬車のドアが開いた。
現れたのは一人の青年。クリフだ。鈍色の銃口が伯爵に突きつけられる。
ゼルフィード伯爵はギョッとして身体が固まった。
その瞬間、クリフは引き金を引いた。小さな発砲音と共に放たれた銃弾は伯爵の膝を撃ち抜く。
膝を壊されたゼルフィード伯爵は痛みのあまり悲鳴を上げた。椅子に尻もちをつき、膝を握りしめる。
「き、貴様! こんなことをしてタダで済むと思うな! すぐに憲兵が来る!」
ゼルフィード伯爵は肩で息をしながらクリフを睨んだ。
ふと、その目が緩む。目の前の青年に見覚えがあった。彼の人生においてはそう遠くない記憶。
――出ていけ! そんな少ない魔力が我が家から出るなど恥だ!
怒鳴りつけて家を追い出した息子が一人いた。
膝の痛みを忘れ、ゼルフィード伯爵はゆっくりと口を開く。
「クリストファー……?」
呆然とゼルフィード伯爵がその名をつぶやいた。妻と同じ藍色の髪、自分と同じ金色の瞳。成長した息子は妻を彷彿とさせる顔立ちだった。
クリフの眉間にしわが寄る。
「その名前を捨てたのは、アンタだ」
まだ五歳だったクリフを家から追い出したのは、他でもない実父のゼルフィード伯爵だ。
伯爵の顔が引きつった。
「今更なにを……! 仕返しのつもりか!?」
「アンタが俺を捨てたことなんてどうでもいい」
クリフは言葉を投げつけ返す。金色の瞳に怒りが宿った。
「養父を殺したことは、絶対に許さない」
叩きつけられる殺意に、ゼルフィード伯爵は怯む。
恨みの目を向けられることはあっても、これほどの殺意を浴びることはなかった。背筋に冷たいものが駆け上がる。
「おやじ、だと?」
父親は自分だけだと思っているのか。ゼルフィード伯爵の声は訝しげだ。
クリフの表情がさらに険しくなる。
「アンタのこの国を売ろうとした計画を知った平民だよ」
苛立つ気持ちを抑えながら、クリフは地を這うような声を出した。
ゼルフィード伯爵はハッと目を見開く。ようやく事が繋がったらしい。
「あいつに息子など……親しい者などいなかったはずだ!」
「そう見せかけたからな。俺たちだってバカじゃない」
親しかったのは自分だけではない、と暗に伝える。お前に恨みを持つ人間は一人ではない、と。
ゼルフィード伯爵はちらりと外に目を向ける。いつもは巡回している憲兵の気配がない。静かだ。
「憲兵を待っても無駄だ」
見透かしたようにクリフが言った。ゼルフィード伯爵の視線がゆっくりとクリフに戻る。
殺意に溢れる視線が伯爵を射抜いた。揺るがない決意に満ちた瞳にゼルフィード伯爵は息が詰まる。
クリフは再び引き金を引いた。
わずかな音を立て、銃口が火を噴く。研ぎ澄まされた感覚は狙いを外さない。
ゼルフィード伯爵の左胸がじわりと赤くなった。胸元を見下ろす伯爵の顔が恐怖に彩られる。
クリフはもう用はないというようにドアを閉めた。
思わずゼルフィード伯爵は手を伸ばす。掴むものは何もない。
静かにその腕は下ろされた。
「もう終わったの?」
馬車を離れようとしたクリフに、艶やかな声がかけられた。
黒いツナギに身を包んだブリジットだ。闇に溶け込む黒の服に煌めくプラチナブロンドが映えた。
後ろにはトーマスや数名の部下が同じ格好で立っている。
彼らを見ながら、クリフは頷いた。
「はい。ありがとうございました。でも、良かったんですか? 俺に協力して」
「それはもう言ったでしょ。私たちのためでもあるわ。さ、帰るわよ」
ブリジットはクリフと部下たちに声をかける。
貴族街に転がる憲兵の死体を跨ぎ、彼らは闇夜の中に消えていった。
☆
クリフはクリスタルローズの所有する建物に来ていた。
イアンの様子を見るためだ。ぐったりした彼の姿がクリフの脳裏に蘇る。
緊張しながら、クリフはドアを開けた。
「よぅ! お疲れさん」
明るい声がクリフを出迎える。ベッドの上で横になりながらも、イアンはドアの方に顔を向けていた。
ベッドは窓際に置かれ、外の明かりが差している。部屋には縦長の洋服タンスと机も置いてある。
その顔を見た途端、クリフの中で何かが緩んだ。顔に手を当てて、長い息をつく。
「無理に明るい声出さなくていい。傷が痛むだろ?」
クリフはベッドに歩み寄った。コツンと廊下とは違う足音が鳴った。
イアンはハァとため息をつく。出た声は低かった。
「ああ、色々いてぇ」
「生きてるってことだよ」
クリフはホッとした様子で言った。生きていなければ、痛みを感じることすらできない。
「とっつぁんの仇討てたなら、それで良かったんだけどな」
イアンが自嘲気味に笑う。クリフはムッとする。
「良くない。俺たちが生きていなきゃ、養父が俺たちを守った意味がないだろ」
守られていた。養父は口下手で不器用だったが、クリフたちを守ってくれていた。
一人で"仕事"をするようになってつくづく実感した。
すると、ドアが開いた。ファビオが入って来た。今は休憩中なのか、白いワイシャツと明るいブラウンのスラックス姿だ。
クリフが会釈をすると、ファビオは片手を挙げて挨拶をする。
「お疲れさん」
ファビオはポンとクリフの肩を叩いた。クリフは肩から何かが落ちた気がした。
「ブリジットが協力してくれたんだって?」
「え? ブリジットの姉御が動いたんスか?」
ファビオの言葉にイアンが驚く。
ガーネットルージュがどうして、という疑問がイアンの頭を駆け巡る。彼女たちとは関係のないことのはずだ。
クリフは頷いた。
「この国が亡くなるのは困るから、だってさ。憲兵を排除してくれたのはありがたかったけど」
ファビオとイアンの顔が少し引きつる。ゼルフィード伯爵の件はブリジットに伝えていない。
それを聞きつけた上に、クリフの暗殺に協力する行動力。
相変わらず侮れない女傑である。
「おっかねぇな~、姉御は」
イアンは思わずつぶやいた。彼からブリジットに情報を流すようなことはしていない。
ファビオもそれには同意のようだ。大きく頷いている。
「まったくだ。とりあえず、お前はまだ寝とけよ。死ぬぞ」
「へーい」
動かないよう釘を刺されたイアンは気の抜けた返事を返す。動きたくても動けない。生かされた以上、命は惜しい。
イアンの無事を確認したクリフは、長居をしないよう部屋を出ることにした。今は彼を休ませることが先決だ。
「無理するなよ」
「おう」
クリフにイアンが答えると、彼は部屋を出ていった。ファビオも続いて部屋を出る。
木製の廊下に二人の靴音が響いた。
ファビオはクリフに声をかける。
「クリフ、足を洗う気はないのか?」
ファビオにしては優しい声だった。養父の仇を取った今、もう彼が銃を握る必要はない。
クリフはフッと小さく笑う。
「しませんよ。俺はこの生き方しか知らない」
「……そうか」
ファビオはそれ以上、追及しなかった。
クリフは今日も喫茶店キャットテイルに立つ。
カランとドアのベルが鳴った。クリフはそちらに目を向ける。
「いらっしゃいませ!」
いつもと変わらず、爽やかな笑顔で、客を出迎える。
――END――
最後までお読みいただきありがとうございました!
アウトローをテーマにしたとはいえ、あまりに非人道的な案件を詰め込むと読者様が疲れてしまうかもしれないと思い、ストレートに物語を進めさせてもらいました。
ネタはありますが、自主規制したものがちらほら。
面白いと思ってくださった方はぜひ★★★★★の評価を頂けると、今後の励みになります。
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