第32話 怒りのダンジョン・スミス
あー楽しかった。
あやちに感化されてあの頃の気持ちに戻ってダンジョンを満喫して、今日はいい探索だった。
つい十二時間もダンジョンにいてしまったよ。
だがそのおかげで、十一層の壁の違和感に気づいて隠し部屋を見つけられたのはなかなかの脳汁体験だった。
その奥には血のように赤いルビーがはめ込まれたブラッドソードが台座に刺さってて……ああいうのを見つけた時がダンジョン最高の瞬間なんだよなー。
「お疲れ様です、ダズルヘイム様」
いい気分で階段に戻った俺を出迎えたのは、礼儀正しく頭をさげた小柄な男だった。
「……ダズルヘイム? さすがに、たまたま配信見てた奴がいたって話には無理が出てきたな」
「おっしゃるとおりでございます。あれは嘘です。お詫びいたします」
男は再び腰を深く折って謝罪した。
間違いなく朝のハニトラ女の仲間だ。
「俺に何か用があるのか」
「ダズルヘイム様の知恵を見込んでお願いがあるのです」
「知恵?」
「はい。あなたが探索者に、様々な情報提供をしていることは存じています。その知恵を我々に教えていただきたいのです」
「………………あれがそこまでするほどの情報か?」
「おお! なんという謙遜を! それほどの情報ですよ、あれは。少なくとも私共にとっては極めて重要な情報です。もちろんただでとは言いません。価値にふさわしい謝礼は支払います。まずは契約金として……500万円です」
「500!? 契約するだけで!?」
「もちろん、その後情報をいただければ、そのたびに見合った謝礼を支払います。たとえばあのスプリングゲータの特殊素材の入手方クラスであれば、1000万はお渡しします」
おいおいマジかよ10000円払って指示してた情報が逆に1000万貰えるだと!?
そんな契約したらもう一生この人にコメントしてるだけで遊んで暮らせるぞ。
「どうでしょう、悪い条件ではないと思います」
「その契約をした場合、他の人に教えるのは無しか?」
「そこまで含めてでの契約と謝礼金ですので」
「なるほど…………だが、答えはノーだ」
小柄な男は眉を潜め、ため息をついた。
「契約金に1000万出しましょう」
俺は首を横に振った。
「それじゃあいくら欲しいのですか!」
「いくらでもやらないね」
「なぜ!?」
「食ってけるだけの金はダンジョンで稼げる。俺にとってはそれ十分。過剰にあってもたいした意味はない。んでもって、俺の発言とかコメントとか、そういうもんが制限されるっていうならつまり、得るものはなく、失うものはある。そんな契約するのは道理にあわないよな?」
「こんないい話はもう来ませんよ」
「来ても断るから、かまわないな」
小柄な男は、じっとりと俺の目を睨みつけながら、吐き捨てた。
「わかりました、そう報告いたします。金にも女にもなびかないとは高潔な精神をお持ちで素晴らしいことだ。でも、高潔なら得するきれいな世の中じゃないってことはお忘れなきよう」
捨て台詞を言う小柄な男を俺は手でさっさといけと追い払う。
出待ちされてるとうざいので、しばらく時間を潰してからギルドに戻ったが、それらしき人物の監視はなかった。
しつこく勧誘されたらうざいなと思っていたが、その点は大丈夫そうだ。
「はぁー、やれやれ。ただ指示してただけなのに、鬱陶しいのに絡まれちゃったなー。ま、これだけきっぱり断れば勧誘されることもないだろう。明日からまたまったり自由にダンジョンとコメント、行きますか」
◇ ◇ ◇
「……というわけで、依頼した探索者は失敗しました」
「クソが! 所詮は十層程度でくすぶってる雑魚どもか! 高い金払ったのに、誘惑も説得もできんのかあのカスどもは!」
夜、ダンジョンスミス本社の社長室で、多々良社長は観葉植物の鉢を蹴り飛ばした。地面にごろごろと鉢が転がり、土が床に散乱する。
「残念ながら、あの者を味方に引き込むことは難しいと言わざるを得ません」
「ふんっ……! 最初から期待などしておらんわ。金や女に執着するものなら、そもそもあんな情報を無作為に広めたりしないだろうからな。異常者なんだよ! 異常! 変態! 馬鹿! そういう奴を仲間に引き込むのは無理だしどうせコントロールが効かなくて手に余るのが落ちだ。最初からいらなかったんだよ!」
「……それでは、次はいかがいたしましょう」
「決まってる。飼い慣らせない猛獣は――駆除するしかない。奴に連絡しろ」
「まさか、渋谷ダンジョンの彼女ですか?」
「そうだ、出し惜しみはしない」
渋谷ダンジョンは二十年前、最初に出現したダンジョンである。
それゆえ最も多くの探索者がこれまで入り、最も深くまで開拓され、最も猛者が揃うダンジョンだ。
「渋谷のトップクラスは日本のトップクラス。それをぶつけるのが一番だろう?」
「そこまでやるのですか? 彼女はふっかけてきますよ」
「ダズルヘイムはモンスターの誰も知らないような知識をもっている。ということは、それほど深くモンスター、ダンジョンへの造詣があるということだ。当然力の方もかなりのものだろう。確実にやるために、今後の損害を抑えるための必要な出費だ。手配しろ! 大輪!」
「わかりました、すべて社長の仰せのままに」
大輪は社長室を出ていった。ドアが閉まる直前にはすでに電話をかけ始めている。
多々良は誰もいなくなった部屋で、窓から外を眺めた。
「後悔させてやる……ダズルヘイム。この俺の誘いを断ったこと!」
◇ ◇ ◇




