第31話 ハニトラにはご注意を
ダンジョンで狼藉者を懲らしめてか後、一週間。
俺は九層も超えて十層も攻略し終わり、十一層にやってきた。
あの狼藉者たちは、縛り付けてギルドに連れて行った。もちろん俺は転移門寸前でとんずらして、アイアンハートに任せておいた。
どこの世界にもダンジョン内なら悪事がバレないと思って好き勝手やるやつがいるんだよな、まったく。
十一層を攻略しながらスマホを見る。
最近ではダンジョンを探索しながらスマホでSNSや動画サイトがデフォになってきている。すっかり現代地球にそまっちまったな俺。
『みんなっ、いよいよ十五層ラストまで来たよ。十六層を一緒に目指すぞ!』
スマホの画面では、あやちが青いラインの入ったグレートメイスを手に、リスナーを盛り上げている。
“うおおおおおお!”
“あやちならやれる!”
【¥5000】
“前祝い! あやちならやれる!魔法剣で雷落としてやってくれー!”
リスナーも盛り上がっているが、それはこの先にクライマックスがあるからだ。
十五層には下に降りる階段は一つしかない。
そしてそこは、強敵が守っている。
『ふーっ……! うん、集中完了。こっからのあやはガチモードになるから、よろしく』
そういうと、十五層、城のようなフロアの大広間の扉をあやちは開いた。
「ねえお兄さん、ちょっとお話してもいい?」
スマホからの音声じゃない。
背後からの肉声だ。
振り返ったところにいたのは、女の探索者だった。
「何かあったのか?」
そこにいたのは、黒髪ロングで、ぱっちりした目の女性だった。
顔は美人だが、それ以上にスタイルの良さが目を引く。
黒いカクテルドレスを限界まで布地を少なくしたような服装で、腰のくびれも丸いお尻の形もよくわかり、肩も足も大胆に見せている。
こんなスキンもあるんだな、超セクシーなやつ。
「お兄さんがいる、っていう特別な出来事があった」
「俺のことを知っている?」
「お兄さん、ダズルへイムでしょ?」
……まじで?
「いろんな配信切り替えてたら、たまたま映ったんだよね、ダズルヘイムさんが悪い探索者を一瞬で倒してたところ。会ってみたいなって思ってたら……いた」
女は人差し指で胸をつう、と突いてくる。
まさか、あの配信を見ている人がいる……いや、十数人いることはわかってたけど、その中にここまで来られるほどの探索者がいたとは。アイハーの配信は玄人受けするんだろうか?
「ねっ! お話ししましょ? いいでしょ? 興味あるんだ、すっごく強いあなたに」
女は身振り手振りが大きく、そのたびに服がめくれて太ももが見えたり胸が見えそうになったりと、なかなかに扇情的だ。
ふむ。
なるほどね、すっごく強い俺に興味を持ってねえ。
そういうことか。
あ、そうだ。
あやちがいいところだったんだ。
スマホを見ないと。
『死ねえええええええええ!』
プレートメイルを着たアンデッドの騎士に、雷の打撃が降り注ぐ。
強烈な魔法剣スキルだが、アンデッドナイトは大盾を斜めに構えて受け止めた。
雷のダメージは入っているが、それは致命傷にはなっていない。奇しくも同じ鋼鉄のメイスを構えるアンデッドナイトは返す刀で反撃し、あやちはそれをグレートメイスでいなす。
あやちはダンジョンの守護者と一進一退の攻防を繰り広げている。
ダンジョンには守護者がいる場合もある。
ごく一部の重要なフロアにはダンジョンの守護者がいて、それ以上の侵入を防いだり宝を守っている。このアンデッドナイトは、階段を守っている個体だな。つまり十六層からが重要な深層ということ。
ダンジョンのモンスターは倒してもいずこからともなくまた誕生するが、この守護者も同じことで、一週間くらいで復活するらしい。なので実は前に倒されてから一週間以内に抜ければ戦わずに済むのだが、十五層より深くに行く人は数少ないので、そんな事態はめったに起こらず、基本的には倒さなきゃ先に進めない壁モンスターになっている。
あやちもそこに挑むほどになったんだなあ。
最初はトロールにも苦戦してたのに、しみじみするね、
「……ねえ? そんなもの弄ってないで、あたしと話してよ」
スマホを持ってる右腕を、女が自分の腕に絡めてきた。
「そんなに話してどうするんだ?」
「強くて正義感強い人がいたら、素敵だなって興味持つのは変?」
さらに腕を強く絡めてきて、豊満な胸に押し付けられるような格好になった。
「ね? なんならダンジョンから出て静かなところで話さない?」
スマホの角度を調整して見えるようにすると、あやちとアンデッドナイトの戦いも佳境に入っていた。
あやちの体にもあざと生傷が痛々しく、アンデッドナイトの盾が砕け鎧にヒビが入っている。もはや決着は秒読みだ。
『これで……最後だよっ!』
あやちの雷のメイスと、アンデッドナイトの闇のメイス、互いに最後の全力の一撃を振り抜いた。
光と闇がほとばしり画面をうめつくす。
――立っていたのは、あやちだった。
鎧とともに崩れていくアンデッドナイトの体の前で、あやちは勝ち鬨をあげる。
『よっしゃあああああああああ!』
“ナイスぅ”
“おめでとおおおおおおお!!!!”
“あやち最強最強超最強!”
歓喜のコメントがシャワーのように流れていく。
俺も、ここは祝わざるをえないな。
【¥10000】
“ダズルヘイム:やったあああああああああああ”
ここは、これくらいシンプルでいい。シンプルがいい。
あやちも強くなった、最初の頃からやる人だったけど、さらに強くなっている。あれだけ激戦でもひるんでないし、死線をくぐってきただけのことはある。
祝福のシャワーはやむことがない。これで、十五層の壁をこえて、文句なしに最上位探索者の一人だ。人気と実力を兼ね備えたダンジョン配信探索者、あやちの誕生だね。めでてえ!
「ねえー、話聞いてる? あたしの話。はやくダンジョンなんか出ようよー」
女が俺に腕を絡めて出口へと引っ張っていこうとする。
……ふう。
「そういうのいいんで」
「はい?」
「俺、そういうの効かない系なんで」
「そういうのって、私は何も……!」
「いや、わかるから、この手の奴は臭いで。数え切れないくらい相手してきたからさ」
サキュバス、インキュバス、リリム、リリス……夢魔と呼ばれるタイプのモンスターがいる。魔力や色香や手練手管を用いて人間を魅了し、下僕にしたり精気を奪ったり、そういうタイプの奴ら。
そういうモンスターの文字通り魔の誘惑に比べりゃ人間のそれなんて児戯に等しいわけで。夢魔も跋扈するダンジョンを長年生き延びてきた俺が、今更人間レベルのハニトラで精神的動揺をきたすことなどありえないと思っていただこう。
「俺をハメて金をとるか言うことを聞かせるか……そんなとこだろう? ここまで来られる実力あるなら、そんなのより地道にダンジョン攻略しよう、な?」
「くっ……なんだよオッサン! 強がってんじゃねえぞムッツリやろう!」
悪態をつきながら、女は階段の方へと走っていった。
ふん、プリム大地下洞のサキュバスクイーンの方が十倍魅力的だったぞ。
さて、しょうもないことは忘れて、と。
スマホ画面を見ると、あやちが十六層に足を踏み入れ、新たな地の探索を始めていた。
『ずっと……探索者としてダンジョンの深くまで行くこと……誰も知らない領域を踏み行くこと……それを目的にやってきた。ついにここまで、深層まで来られた…………。ねえ皆、ここからがあやの本番、皆もまだまだついてきてね❤』
あやちは感慨深げな表情で、ダンジョンの新たなる階層を踏みしめている。
「俺も行こうか、今日の探索を」
俺もまた、ダンジョンに足を踏み出した。




