第一話 新人死神の初仕事 前編
『死神は、人の命を奪う存在。』
誰もがそう思っているかもしれません。
けれど、この物語に登場する死神は、命を奪うことができません。
彼らに与えられた役目は、「最期を迎える人の心に未練が残っていないか」を確かめること。
これは、新人死神と余命三か月を宣告された少女が出会い、少しずつ運命を変えていく物語です。
どうぞ最後までお楽しみください。
「お前の命は、あと三ヶ月だ」
静まり返った病室に、その言葉だけがゆっくりと響いた。
窓から差し込む夕日が白いカーテンを赤く染め、消毒液の匂いが漂う室内には、機械の電子音だけが規則正しく鳴っている。
ベッドの上で本を読んでいた少女――**千菊雛**は、ページをめくる手を止めた。
「……え?」
目の前には、見覚えのない青年が立っていた。
黒いロングコートのような服をまとい、銀色の髪が夕日に照らされて淡く輝いている。切れ長の赤い瞳はどこか冷たく、それでいて不思議なほど悲しげだった。
病室の扉は閉まったまま。
誰かが入ってきた気配なんて、一切なかった。
「き、きゃあっ!」
雛は慌てて布団を胸まで引き寄せる。
「だ、誰ですか!?」
青年は少しだけ眉をひそめると、ため息をついた。
「騒ぐな。俺は怪しい者じゃない。」
「十分怪しいです!」
「……そうか。」
あまりにも素直に納得され、雛は逆に戸惑ってしまう。
青年は数秒考えたあと、小さく肩をすくめた。
「訂正しよう。怪しい者ではあるが、危害を加えるつもりはない。」
「そこ訂正になってないよ!」
思わずツッコミを入れてしまった。
青年は少しだけ目を丸くしたあと、小さく笑う。
「元気そうで安心した。」
「安心したじゃありません!」
雛は震える声で青年を見つめる。
「……あなた、誰なの?」
青年は静かに答えた。
「俺は死神だ。」
その一言で、病室の空気が凍りついた。
雛の顔から血の気が引いていく。
「……死……神?」
「そうだ。」
「じゃ、じゃあ……」
雛は喉を鳴らしながら尋ねた。
「わ、私は今日……死ぬの?」
青年――モルティオは呆れたように額へ手を当てた。
「人間ってのは、どうしてそう極端なんだ。」
「え……?」
「お前たちは俺たちを、命を刈り取る殺人鬼だと思っているらしいが、それは違う。」
彼は病室の窓際へ歩き、外の夕焼けを見つめながら続ける。
「死神は命を奪わない。」
「え?」
「命を終わらせるのは病であり、事故であり、寿命だ。俺たちは、それが終わったあとに迷う魂を救済する。それだけだ。」
モルティオは振り返り、雛を見る。
「だから俺たちは、命を奪う存在じゃない。」
雛は何度も瞬きをした。
「……でも。」
「なんだ。」
「さっき……『あと三ヶ月』って。」
モルティオは小さく頷く。
「それは事実だ。」
その言葉だけで十分だった。
雛の瞳が揺れる。
医師から余命宣告を受けたばかりだった。
誰にも気丈に振る舞っていた。
母にも。
父にも。
看護師にも。
だけど。
「……やっぱり、死ぬんだ。」
小さく漏れた声は震えていた。
モルティオは少しだけ表情を曇らせる。
「だから話を聞けと言っている。」
「え?」
「俺はお前を迎えに来たわけじゃない。」
「……違うの?」
「俺の任務は、お前の未練を確認することだ。」
雛は首をかしげた。
「未練……?」
「ああ。」
「まだ死にたくないって思うことも未練だけど、それだけじゃない。」
モルティオは静かに言う。
「やり残したこと。会いたい人。叶えたい夢。」
「心に引っかかっているものを探す。それが俺の仕事だ。」
雛は考え込む。
やりたいこと。
会いたい人。
夢。
しばらく黙ったあと、小さく首を横に振った。
「……わからない。」
「本当に?」
「うん。」
雛は困ったように笑う。
「病気になってから、そういうこと考えなくなっちゃった。」
モルティオは腕を組み、少しだけ考える。
そして、ふっと口元を緩めた。
「なら。」
「え?」
「一緒に探すか。」
雛は目を丸くした。
「俺はそのために来た。」
「お前の未練を見つける。それが新人の俺に与えられた最初の仕事だからな。」
その言葉に、雛の張りつめていた表情が少しだけ和らぐ。
「……ありがとう。」
その笑顔は、病室に入ってから初めて見せた、本当の笑顔だった。
モルティオは照れくさそうに視線をそらす。
「礼はまだ早い。」
「ちゃんと未練を見つけてから言え。」
「ふふっ。」
雛は小さく笑った。
その笑い声に、病室の重苦しい空気がほんの少しだけ軽くなる。
モルティオは踵を返し、窓の方へ歩いていく。
「今日は帰る。」
「また来るの?」
「ああ。」
「次に来るまでに、何か思い出せたら教えてくれ。」
「……うん。」
モルティオは窓を開けると、夕焼けの光の中へ一歩踏み出した。
風がカーテンを大きく揺らす。
思わず雛が目を閉じた。
再び目を開けると、そこにはもう誰もいなかった。
静かな病室。
聞こえるのは電子音だけ。
雛は窓を見つめながら、小さくつぶやく。
「……変な死神。」
そう言った彼女の頬には、ほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。
第一話を読んでいただき、本当にありがとうございました。
いかがでしたでしょうか。
新人死神・モルティオと、余命三か月を宣告された少女・千菊雛。
二人の出会いが、この物語のすべての始まりです。
次回からは、死神として未熟なモルティオと、残された時間を生きる雛、それぞれの想いが少しずつ描かれていきます。
「命の終わり」と「生きる意味」。
そんなテーマを、二人を通して描いていけたらと思っています。
面白いと感じていただけたら、ブックマークや感想、評価をいただけると今後の励みになります。
それでは、次の話でお会いしましょう。




