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ロドス伯爵父子がやってきました‐3


「もっと早くに入りたかったのだが、サイラスに止められた。だが、それで正解だったようだ」

「閣下!」


 入ってきたアーヴィンが、さっとマントの裾を払う。

 よどんでいた空気が一掃され、清涼な風が吹き込んだ。

 目を見張るほど美しい青年の登場に、ロドス家の二人が固まっている。


 エリーに穏やかなまなざしを送り、アーヴィンはエリーを腕の中に招き入れた。反射的に肩が跳ねたが、ぎりぎりで押さえ込む。恥ずかしいが、この腕の中にいれば安心できる。


「自分の言葉で言えたな。よくできた、エリー」

「あ、ありがとうございます……」

「そんな君も可愛らしい。改めて君の魅力に気づくことができ、私は非常に幸せ者だ」

「語弊です、閣下」

「語弊ではない。実際に君は素晴らしく、常に私の心を奪う」

「だからごへ……いえ、あの、状況を考えて……」

「君のこと以上に重要な状況はない」


 とろけるように甘い声で、アーヴィンがエリーに囁きかける。顔は無表情なのに、そのギャップがすごい。というか、腰が抜けるからやめてほしい。これで恋愛感情が皆無なのだから、語弊にもほどがある。


「き、君はこの屋敷の主人か?」


 ようやく立ち直ったらしいアランが口を開く。


「こんな場所に住んでいるということは、裕福な商人か、下級貴族の一員か? 屋敷も大したことはないし、使用人もいない。そんな君には過ぎた娘だ。その娘を渡してもらおうか」


「エリーは物ではない。そして、どんな理由があろうとエリーは渡せない。彼女は私の最愛の人だ」


「閣下!?」


「まして、エリーを利用するだけの人間のそばに置くことはできない。帰れ。ここは私の屋敷だ」

「お前、伯爵家に逆らって無事で済むと……」


「私は身分について詳しくないが、伯爵家とは、公爵家より立場が上なのか?」


 アーヴィンが首をかしげると、後ろから笑いを噛み殺した声がした。


「――いいえ、その逆だと理解しておりますよ、閣下」

「サイラス様!」


 アーヴィンとともに部屋に入ったらしいサイラスが、口元を手の甲で押さえている。時折変な声が漏れるのは、笑いをこらえているらしい。


「は……伯爵家が、公爵家に喧嘩を売るって……え、ちょっと待って、ぶ、ふふっ……お、面白過ぎるんですけど……ぶふっ」


「何がおかしい!?」


 アランが大声でわめき立てる。幸か不幸か、公爵家というのは耳に入らなかったらしい。


「ご存じないのかもしれませんが、ここは公爵家の別邸です。所有者はアーヴィン・ラッセル。貴族なら耳にしたことがあるでしょう?」


「当然だろう。魔力の名家であるラッセル家の当主であり、元王宮魔術師の天才だ」


「ああ、それくらいはご存じなんですね。よかった。で、この方がそのアーヴィン・ラッセル公爵閣下その人なんですが」


「………………は?」


 それを聞き、二人が同時に固まった。


「ここはラッセル公爵家の別邸です。正確に言うと、閣下の仕事場ですけどね。そこで好き放題に暴れたあげく、家人を誘拐するつもりなら、こちらもそれ相応の対応を取らせていただきますが、どうします?」


「こ……公爵家の別邸だって?」


「こんな辺鄙な……いや、だが、考えてみれば、ここは貴族が住んでいてもおかしくない。だが、さすがに公爵家が……いや、でも、しかし」


 ロドス父子の二人が、それぞれぶつぶつと呟いている。そのうちロドス伯爵の方が、はっとしたように顔を上げた。


「そ……そういえば、その顔は以前に見たことがある。国王陛下から直々に声をかけられていたはずだ。あの時は横顔しか見えなかったが……」


「そ、そんな。じゃあ本当に、公爵なのか?」


 アランが愕然とした顔をしている。まじまじとアーヴィンの顔を見て、信じられないとでもいうように目を見張る。

 その視線が不快だったのか、アーヴィンはわずかに眉を寄せた。


「そんなことはどうでもいい。帰れ。二度と来るな」

「だ、だが、我々にはその娘が必要でっ……」

「その娘がいなければ、あれだけの仕事はこなせない。今後も我々のために働いてもらわなければっ……」


「――そしてエリーの魔力を利用し、ふたたび搾取するつもりなのか」


 アーヴィンの藍色の瞳に怒りが宿った、と思う間もなく、すさまじい風が吹きつけた。


「三度めはない。帰れ」

「だが、我々はっ……」

「帰れと言ったはずだ」


 暴風が部屋の中を吹き荒れる。身を切り刻まれるほどの凍える風が、雷鳴とともに吹きすさぶ。不思議な事に、エリーにはそよ風ほども感じられない。彼ら二人の周囲だけ、すさまじい嵐が巻き起こっている。


「あー、閣下。ちょっとクールダウンしてください。このままだと後始末が非常に面ど……んんっ、エリーに迷惑がかかります」


「そうか。やめよう」


 その言葉であっさり風が止む。ほぼ同時に、二人が床に投げ出された。

 立ち上がれない様子の彼らに、サイラスが手を差し伸べる。


「大丈夫ですか?」

「あ……ああ……」

「今の魔力で、主の身元は明らかになったと思いますが。まだお疑いですか?」

「いやっ!!」


 ぷるぷると二人が首を振る。

 未だに立ち上がれない彼らをよそに、サイラスは残念そうに手を引っ込めた。


「もうひとつ、忠告しておきますね。ここは公爵家の別邸で、中にいるのは公爵閣下こと、アーヴィン・ラッセルが許した人間だけ。そして、エリーは彼の屋敷にいます。この意味、お分かりですよね?」


「!!」


 はっと彼らが息を呑む。


「つまり、エリーは彼の庇護下にあります。公爵家が庇護する人間を無理やり連れ出そうとするおつもりなら、こちらも全力で対応させていただきます。言っておきますが、ジャクリーン・ブランシールと違い、あなた方はエリーと何のかかわりもない。容赦はしませんので、ご承知おきください」


「ま、まさか、ジャクリーン・ブランシールが侵入した貴族の屋敷というのは、ここっ……」


「詮索も質問も不要です。返事はイエス。それ以外は要りません」


 どこかで聞いたようなセリフを口にし、ね、とサイラスが明るく笑う。


 軽薄な口調だが、二人は顔色を青くしている。今の状況をようやく理解したのかもしれない。それと同時に、己の立場と発言を。


「もう一度確認しますね。あなた方はエリーのことを忘れ、二度とこの屋敷に立ち寄らず、誰にも秘密を洩らさない。もちろん、他の人間を搾取することもできません。その認識でよろしいですか?」


「だ、だがそれでは、我々はっ……」



「――聞き間違いかな?」



「ひっ……!」


 腰が抜けた様子の彼らだったが、慌てたように頷いた。ぶんぶんと、大きく首を縦に振る。


「わっ、忘れる! 二度とこの屋敷には近づかない。彼女のこともあきらめる! 約束する!」

「他の人を搾取することもですよ?」

「約束する! 二度としない!」

「……ということですけど、閣下、エリー。それでいい?」


 こちらを振り向いたサイラスに、二人とも頷いた。


「構わない」

「ありがとうございます、サイラス様」

「どういたしまして。じゃあ、俺はお客様を門まで送ってくるね」


 そう言うと、今度こそ彼らを立ち上がらせる。


 まだふらふらしている様子の彼らだったが、サイラスの案内に従い、よろけつつも歩き出した。ちらりと未練がましい視線が向けられたが、あえて無視する。目をそらしたエリーのそばで、アーヴィンが視線を遮ってくれた。


 二人きりになった部屋で、エリーが息を吐き出した。


「……びっくりした……」

「彼らは二度と近づけさせない。君は何も心配しなくていい」

「ありがとうございます、閣下」


 そういえば、とエリーはアーヴィンの顔を見た。


「閣下が怒ったところ、初めて見ました」

「そうだったか?」

「いつも落ち着いているし、表情もあまり変わらないので。その……ええと、怒ってくださって、ありがとうございます」

「当然だ。二度と君を同じ目には遭わせない」

「信じてます、閣下」


 初めて見るアーヴィンの怒りは怖かったが、それ以上に嬉しかった。


 ジャクリーンの時は怒るというよりも、エリーの頬に傷をつけてしまった事を後悔していたようで、どちらかと言えば心配の方が強かった。大丈夫だといくら言っても、ずっと視線を感じていた。


 痛みなんてほとんどなかったのに。そう思って、気恥ずかしくなってしまったのを覚えている。


 初めての魔力付与の時も、少しだけ怒られた。あれは怒りというよりお説教だ。どちらもエリーを心配してくれた。


 けれど、今はそれとは違う。

 自分のために、怒ってくれる人がいる。そう感じられるのは幸せな事だ。


(……それに)


 エリーがそっと胸に手を当てる。


 ついさっき、自分でも断れた。

 嫌だと彼らに告げた時、胸の奥がすっとした。


 彼らの要求を呑んでいたら、無理やりどこかの部屋に監禁され、ふたたび大量の仕事を押しつけられたあげく、好きでもない相手の婚約者にされていた。もしくは、都合のいい愛人だ。考えただけでぞっとする。


 そんな目に遭うくらいなら、全力で抗う。

 理不尽な命令に泣き寝入りする必要はない。嫌なら嫌と、声を上げる。


 あの時はできなかった。

 逆らう事も、逃げ出す事も。助けを求める事さえも。


 ――だけど、今は。


 大好きな人達と一緒なら、きっと負ける事はない。


 きっと今なら、あの恐ろしい姉にだって向き合える気がする。……いや、それはまだちょっと早いかもしれないけれど。


 でも、いつかきっと。


「頑張りますね、閣下」


 小声で告げると、アーヴィンは目を瞬いた。

 それからふと微笑んで、「ああ」と答えた。


了

お読みいただきありがとうございます。本編25話あたりのお話です。


*その後、ロドス伯爵家がかつての勢いを失ったという噂が流れます。裏で活躍しているのはサイラスのような気もしますが、単なる自業自得の可能性もあります。閣下は何もしていません。


***


2026年9月25日、コミックス4巻が発売予定です。

本編には出てこなかった小ネタざまぁや両親ざまぁ等々、面白さがいっぱい詰まっています。よろしければ試し読みだけでもどうぞ。樋口先生いつもありがとうございます!


*また、別のお話で恐縮ですが、拙作『刺繍の魔法は奪えない』が電撃の新文芸様より発売しております。こちらもお気が向かれましたらぜひどうぞ。


*活動報告も更新しております。

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