ロドス伯爵父子がやってきました‐1
アーヴィンの屋敷に客人がやってきたのは、ジャクリーンの騒動が収まった少し後の事だった。
「私に……会いたい、ですか?」
うららかな午後。
取り次ぎをしたサイラスは、微妙な半笑いを浮かべていた。
「追い返してもいいんだけど、後々面倒になりそうだから。どうする? エリーが嫌なら、穏便にお帰りいただくけど」
「ちなみに、どなたですか?」
名前を聞いて、エリーの顔が一瞬引きつる。
――ロドス伯爵父子。
彼らの事は、姉から聞いた事がある。一番のお得意先であり、ここ数年はジャクリーンのパトロン的な存在でもあったらしい。サイラスの調査によると、ジャクリーンと取引するようになってから、相当羽振りが良くなったと聞く。
つまり、彼らの繁栄は、エリーの犠牲によって成り立っていたものだ。
時期を確認すると、ちょうどジャクリーンの横暴ぶりに拍車がかかってきたころだった。
彼らが知らなかったとはいえ、その無茶な依頼にはずいぶん苦しめられた。食事抜きどころか、眠る暇もないほど働かされる日もあった。ジャクリーンは気軽に引き受けていたが、実際に仕事をしていたのはエリーだ。正直言って、名前を聞くだけで寒気が走る。
そもそも、あまりにも無茶な依頼の時は、仕事がこなし切れなくなっていた。何度か魔力欠乏を起こして、延期してもらった事もある。それでも彼らが注文を減らす事はなく、むしろ、もっと多くの依頼をこなすようにとジャクリーンに命じていた。つまり、実際はエリーにだ。
できないと言うたびに、ジャクリーンはエリーに手を上げて、容赦なく魔力を流し込んだ。それでもうまくできずにいると、今度は薬やポーションを無理やり飲ませた。そのあげくが、あれだ。重度の魔力欠乏を起こしたエリーは、ジャクリーンにあっさりと捨てられた。
間違いなく、エリーを苦しめた元凶のひとつが彼らである。
できるなら会いたくなかったが、この屋敷を訪ねてきたという事は、自分の正体を知っているという事だ。どういう経緯でここにいる事が分かったのかは知らないが、追い返したらまずい気がする。
「……会います」
がっくりとうなだれつつ言うと、サイラスが同情するような視線を向けた。
***
「やあ、君がエリー・ブランシールだね?」
客間にいた二人の男性は、いかにも貴族といった身なりをしていた。
ひとりは五十代半ばほど、もうひとりは二十代の前半くらいだろうか。エリーが入っていくと、彼らはそろってこちらを見た。
隠してはいたが、一瞬、値踏みするような目が全身を通り過ぎたのを感じた。
二人のうち、若い方が口を開いた。
「初めまして。僕はアラン・ロドス。こちらにいるのは、父のロドス伯爵だ。お得意様、と言った方がいいかな? 我々は、君のお姉さんと仕事をしていたんだよ」
「は……初めまして。エリー・ブランシールです」
アラン・ロドスは、貴公子のような見た目をしていた。
光沢のある白いシャツに、刺繍に縁取られた贅沢な上着。薄い色の金髪と相まって、高貴な雰囲気が漂っている。
そこそこ容姿が整っていて、一見するとやさしげだ。だが、よく見ると目の奥はまったく笑っておらず、口元に浮かぶ笑みは薄っぺらい。まるで芝居の一幕を見ているようだと思った。
父親のロドス伯爵も、貼りつけたような笑みを浮かべている。こちらも一目で作り笑いと分かるような、嘘っぽい笑顔だ。
彼らはエリーに目を合わせ、「本当に可愛らしいお嬢さんだ」とにこやかに言った。
「君の姉、ジャクリーン・ブランシールがあんなことになって、心細い気持ちでいるだろう? まして、彼女は魔力枯渇を起こした君を追い出したと聞いている。我々は君のことが心配で、行方を捜していたんだよ」
「そ、それはまた、ありがとうございます……」
魔力枯渇ではなく魔力欠乏だが、そのあたりは突っ込まない。
彼らはにこやかな表情を崩さぬまま、礼には及ばないと首を振った。
「君の姉には失望したが、君に問題があるわけではない。むしろ、あの魔力付与をしていたのは君だったんだろう? 本当にすごい。感服したよ」
「それはどうも……ありがとうございます」
頭を下げながら、エリーは複雑な思いでいた。
ジャクリーンについて調べたのは、最近の事ではないだろう。
高位貴族なら、商売を始める前に相手の事を調べておく。それくらいは当然だ。無用なリスクを負わないためにも、あらゆる手段で自衛する。サイラスがそう言っていた。
つまり、彼らはジャクリーンを屋敷で引き受けると言った時点で、エリーの存在を把握していた事になる。さすがに魔力付与していたのがエリーとまでは知らなかっただろうが、妹がいるのは知っていた。家族に「無能」と蔑まれていた、役に立たない「妹」の事は。
そして、その上でエリーを見殺しにした。
たとえジャクリーンが反対しても、エリーを助ける手段ならいくらでもあった。けれど、彼らはそうしなかった。むしろ足手まといな妹を切り捨てて、身軽になったジャクリーンを引き取った。欲しいのはジャクリーンだけだったから。
事実はともかく、それがすべてだ。
おまけに、実際に魔力付与していたのがエリーだと知るや否や、慌てて屋敷に押しかけてきた。正直、「今になって?」という感じだ。
どう考えても好きになれそうもなかったが、謝罪なら受け入れよう。
そう思っていたエリーは、相手の言葉に固まった。
「でも、もう安心だ。君は我々が引き取るよ」
「……は?」
「ああ、心配しないで。確かに君は平民だけど、そんなことは気にしなくていい。仕事さえきちんとしてくれれば、身分の差に引け目を感じることはないよ。何せ君は天才魔力付与師であり、素晴らしい才能の持ち主なのだから」
アランは無邪気な目で語った。
慌てて父親のロドス伯爵を見たが、彼も満足そうに笑っている。どうやら聞き間違いではないらしい。
「あ、あの……申し訳ないんですが、私、もう仕事はやってな――」
「遠慮しなくていい。君のために、屋敷の中に一部屋用意してあげよう。食事はもちろん、生活の面倒はすべてこちらで見る。着替えや靴も、君の望むものを買ってあげよう。休む暇はあまりないかもしれないけど、今までと同じ仕事をするだけだ。君ならきっとこなせるよ」
「そうではなくて……いえ、そもそも、あれだけの仕事をするのは無理です。もうできません」
勇気を振り絞って伝えたが、彼らは聞いていなかった。
「もしかして、遠慮しているのかい? ジャクリーン・ブランシールと違って、君は奥ゆかしいんだね」
「いえ、そういうわけではなく……」
「心配しなくても、我々が声をかけているのは君だけだ。君の力があれば、この先ずっとロドス伯爵家は安泰だ」
それに、とアランはエリーを見た。
「君はなかなか可愛らしい。ジャクリーン・ブランシールも美しかったけど、君にもその面影がある。成長すれば、ますます美しくなるだろうね。好都合だ」
「いえお姉さまほどはとても……え、好都合?」
「むしろ、ジャクリーンとは違う清楚な雰囲気が魅力的だ。うん、君ならいいな」
「はい?」
どういう意味かと目を上げると、彼らは意味ありげに視線を交わした。
その様子に嫌な予感を感じる間もなく、アランが手を差し伸べる。
「改めて言うよ、エリー・ブランシール。我が家のお抱え付与師として、この先も協力してもらいたい。そして、ゆくゆくは僕の婚約者になってもらいたいんだ」
お読みいただきありがとうございます。クソ野郎だ……(暴言)!
*1日おきに更新します。全3話の予定です。




