↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
36/38

ロドス伯爵父子がやってきました‐1


 アーヴィンの屋敷に客人がやってきたのは、ジャクリーンの騒動が収まった少し後の事だった。


「私に……会いたい、ですか?」


 うららかな午後。

 取り次ぎをしたサイラスは、微妙な半笑いを浮かべていた。


「追い返してもいいんだけど、後々面倒になりそうだから。どうする? エリーが嫌なら、穏便にお帰りいただくけど」

「ちなみに、どなたですか?」


 名前を聞いて、エリーの顔が一瞬引きつる。


 ――ロドス伯爵父子。


 彼らの事は、姉から聞いた事がある。一番のお得意先であり、ここ数年はジャクリーンのパトロン的な存在でもあったらしい。サイラスの調査によると、ジャクリーンと取引するようになってから、相当羽振りが良くなったと聞く。


 つまり、彼らの繁栄は、エリーの犠牲によって成り立っていたものだ。

 時期を確認すると、ちょうどジャクリーンの横暴ぶりに拍車がかかってきたころだった。


 彼らが知らなかったとはいえ、その無茶な依頼にはずいぶん苦しめられた。食事抜きどころか、眠る暇もないほど働かされる日もあった。ジャクリーンは気軽に引き受けていたが、実際に仕事をしていたのはエリーだ。正直言って、名前を聞くだけで寒気が走る。


 そもそも、あまりにも無茶な依頼の時は、仕事がこなし切れなくなっていた。何度か魔力欠乏を起こして、延期してもらった事もある。それでも彼らが注文を減らす事はなく、むしろ、もっと多くの依頼をこなすようにとジャクリーンに命じていた。つまり、実際はエリーにだ。


 できないと言うたびに、ジャクリーンはエリーに手を上げて、容赦なく魔力を流し込んだ。それでもうまくできずにいると、今度は薬やポーションを無理やり飲ませた。そのあげくが、あれだ。重度の魔力欠乏を起こしたエリーは、ジャクリーンにあっさりと捨てられた。


 間違いなく、エリーを苦しめた元凶のひとつが彼らである。


 できるなら会いたくなかったが、この屋敷を訪ねてきたという事は、自分の正体を知っているという事だ。どういう経緯でここにいる事が分かったのかは知らないが、追い返したらまずい気がする。


「……会います」


 がっくりとうなだれつつ言うと、サイラスが同情するような視線を向けた。



    ***



「やあ、君がエリー・ブランシールだね?」


 客間にいた二人の男性は、いかにも貴族といった身なりをしていた。


 ひとりは五十代半ばほど、もうひとりは二十代の前半くらいだろうか。エリーが入っていくと、彼らはそろってこちらを見た。

 隠してはいたが、一瞬、値踏みするような目が全身を通り過ぎたのを感じた。


 二人のうち、若い方が口を開いた。


「初めまして。僕はアラン・ロドス。こちらにいるのは、父のロドス伯爵だ。お得意様、と言った方がいいかな? 我々は、君のお姉さんと仕事をしていたんだよ」

「は……初めまして。エリー・ブランシールです」


 アラン・ロドスは、貴公子のような見た目をしていた。

 光沢のある白いシャツに、刺繍に縁取られた贅沢な上着。薄い色の金髪と相まって、高貴な雰囲気が漂っている。


 そこそこ容姿が整っていて、一見するとやさしげだ。だが、よく見ると目の奥はまったく笑っておらず、口元に浮かぶ笑みは薄っぺらい。まるで芝居の一幕を見ているようだと思った。


 父親のロドス伯爵も、貼りつけたような笑みを浮かべている。こちらも一目で作り笑いと分かるような、嘘っぽい笑顔だ。

 彼らはエリーに目を合わせ、「本当に可愛らしいお嬢さんだ」とにこやかに言った。


「君の姉、ジャクリーン・ブランシールがあんなことになって、心細い気持ちでいるだろう? まして、彼女は魔力枯渇を起こした君を追い出したと聞いている。我々は君のことが心配で、行方を捜していたんだよ」

「そ、それはまた、ありがとうございます……」


 魔力枯渇ではなく魔力欠乏だが、そのあたりは突っ込まない。

 彼らはにこやかな表情を崩さぬまま、礼には及ばないと首を振った。


「君の姉には失望したが、君に問題があるわけではない。むしろ、あの魔力付与をしていたのは君だったんだろう? 本当にすごい。感服したよ」

「それはどうも……ありがとうございます」


 頭を下げながら、エリーは複雑な思いでいた。


 ジャクリーンについて調べたのは、最近の事ではないだろう。

 高位貴族なら、商売を始める前に相手の事を調べておく。それくらいは当然だ。無用なリスクを負わないためにも、あらゆる手段で自衛する。サイラスがそう言っていた。


 つまり、彼らはジャクリーンを屋敷で引き受けると言った時点で、エリーの存在を把握していた事になる。さすがに魔力付与していたのがエリーとまでは知らなかっただろうが、妹がいるのは知っていた。家族に「無能」と蔑まれていた、役に立たない「妹」の事は。


 そして、その上でエリーを見殺しにした。


 たとえジャクリーンが反対しても、エリーを助ける手段ならいくらでもあった。けれど、彼らはそうしなかった。むしろ足手まといな妹を切り捨てて、身軽になったジャクリーンを引き取った。欲しいのはジャクリーンだけだったから。


 事実はともかく、それがすべてだ。

 おまけに、実際に魔力付与していたのがエリーだと知るや否や、慌てて屋敷に押しかけてきた。正直、「今になって?」という感じだ。


 どう考えても好きになれそうもなかったが、謝罪なら受け入れよう。

 そう思っていたエリーは、相手の言葉に固まった。


「でも、もう安心だ。君は我々が引き取るよ」

「……は?」


「ああ、心配しないで。確かに君は平民だけど、そんなことは気にしなくていい。仕事さえきちんとしてくれれば、身分の差に引け目を感じることはないよ。何せ君は天才魔力付与師であり、素晴らしい才能の持ち主なのだから」


 アランは無邪気な目で語った。

 慌てて父親のロドス伯爵を見たが、彼も満足そうに笑っている。どうやら聞き間違いではないらしい。


「あ、あの……申し訳ないんですが、私、もう仕事はやってな――」


「遠慮しなくていい。君のために、屋敷の中に一部屋用意してあげよう。食事はもちろん、生活の面倒はすべてこちらで見る。着替えや靴も、君の望むものを買ってあげよう。休む暇はあまりないかもしれないけど、今までと同じ仕事をするだけだ。君ならきっとこなせるよ」


「そうではなくて……いえ、そもそも、あれだけの仕事をするのは無理です。もうできません」


 勇気を振り絞って伝えたが、彼らは聞いていなかった。


「もしかして、遠慮しているのかい? ジャクリーン・ブランシールと違って、君は奥ゆかしいんだね」

「いえ、そういうわけではなく……」

「心配しなくても、我々が声をかけているのは君だけだ。君の力があれば、この先ずっとロドス伯爵家は安泰だ」


 それに、とアランはエリーを見た。


「君はなかなか可愛らしい。ジャクリーン・ブランシールも美しかったけど、君にもその面影がある。成長すれば、ますます美しくなるだろうね。好都合だ」

「いえお姉さまほどはとても……え、好都合?」

「むしろ、ジャクリーンとは違う清楚な雰囲気が魅力的だ。うん、君ならいいな」

「はい?」


 どういう意味かと目を上げると、彼らは意味ありげに視線を交わした。

 その様子に嫌な予感を感じる間もなく、アランが手を差し伸べる。


「改めて言うよ、エリー・ブランシール。我が家のお抱え付与師として、この先も協力してもらいたい。そして、ゆくゆくは僕の婚約者になってもらいたいんだ」

お読みいただきありがとうございます。クソ野郎だ……(暴言)!


*1日おきに更新します。全3話の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。