急襲
街道沿いの駅宿に走りこむと、セオドーシアは声を張り上げた。
「すみません、代わりの馬を! お願い!」
「へいへい、お急ぎのようですな。でも予約もないんじゃ、一万八千レンになりますが」
「一万八千レン!」
どうしよう、お金なんて持ってきてないわ。
持ってきていないどころか、お金を使う場面に今まで遭遇したこともないのだ。
「お金はないの……」
「金を持ってないんじゃ、話にならんね」
仕方なく、馬に水だけ飲ませてもらいたいと訴えると、それは許された。
もうローランドは神殿にはいないかもしれない。でも、馬はもうこの先へ走ろうとはしないだろう。涙が盛り上がってきて、ハンカチを出そうとマントのポケットを触った時だ。
硬いものが指に触れた。
何? だが金ではない。ポケットから出てきたのは、小さなエメラルドの指輪や真珠のネックレス、ガーネットのイヤリングだった。 これは。
マリーのだわ。
侍女の気遣いがまた涙を誘う。
マリー、ごめんね。これを使わせてもらうわ。帰ったらあなたにうんとお礼をするから。
主人にいくつか宝石を渡し、新しい馬を借り受ける。乗ってきた馬は帰りに寄るまでの世話を頼んだ。
「やっ!」
勢いよく駆け出したセオドーシアは知らない。ボロ馬車に乗った四人の人影が追うように駅宿から出て来たことを。
「お嬢ちゃんに教えてやりな。金目のものは人前で出すなってなあ」
「あの娘だけでいい稼ぎになる。フードの下の顔見たか? ありゃあ美人になるな。久々の上玉だぜ」
「この先はウブド山か。あんな所に行く理由はわからねえが、ま、運のねえ女だな」
「くっちゃべってないで追いかけるぞ。あの娘、かなり馬に乗りなれてる。見失うぞ」
長い間、叔父の傍でローランドは呆然と座り込んでいた。
毒をお茶に入れてあったのだ。叔父の死に顔はしかし、苦しみよりも笑みを湛えているように見えた。もしかしたら、一人で死ぬ気であったかもしれない。あわよくば道連れにできればいい。そんなところか。掌で顔を撫で、目を閉じさせる。
「ふっ」
ローランドは笑顔になった。自分だって話の行きようによっては叔父と刺し違えようと思って、ブーツに短剣を仕込んできたのだ。
やっぱり似た者同士ですね、俺たち。
そうだとも。お前のことは私が一番よくわかっているんだ、ローランド。
そう叔父が言い出しそうで、ローランドは神殿を出る。扉を閉め、神殿を壊そうとした時だった。
「ローランド! ああ、良かった、間に合った!」
「シア! どうして」
馬に乗ったセオドーシアが突然目の前に現れたのだ。
マントのフードが脱げ、銀色の髪がこぼれた。馬の口輪を取ろうとするローランドへ向かってセオドーシアが上から降ってくる。そのまま、抱きとめて、二人はごろごろと地面に転がった。
体を起こすなり、ローランドは大声を出した。
「危ないだろう!」
「ローランド! ローランド! ああ良かった。ローランド、やっと会えた」
ローランドの首に顔をうずめ、手を回して抱きついたまま、セオドーシアは離れようとしない。
「黙っていなくなるなんて酷いと思わないの? ねえ、ローランド!」
「……、思わない。苦しいよ、シア」」
「私は、黙っていなくなられる方が、その方が、苦しいわ……」
「ごめん」
さあ、立って。泥だらけだ。マリーは知ってるのか? よく出してもらえたな。
私、ちゃんと帰るつもりよ。ローランドについて行こうなんて思ってないわ。
ほら、その証拠にマリーの大事なものを預かってきたの。
そう言いながら、セオドーシアは手首の飾り紐を見せた。
だから、だから、きちんとお別れを言って欲しかった。
別れを言ったら未練がましくなりそうなのはこっちなのに、とローランドは思う。
だから、黙って出て来たのに。
シア、と声をかけようとした時だった。
「お別れは済んだかね、お二人さん」




