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Vampire Serenade 謀略のブリジット  作者: 湊 奏
終部 Black Chronicle
24/26

終楽章 Black Chronicle

それでも、俺はブリジットと共に在りたい…


たとえ世界が敵にまわろうとも、彼女さえいれ怖くない。そう思えてしまう。たった一人でいい。自分を理解し、自分を必要としてくれるものがいれば。



(あぁ、そうか… こんなにも好きになっていたんだ…)


自分も何も二の次で、彼女が幸せならそれでいいと、そう思えてしまうほどに…―――――


アポロに対する気持ちも嘘偽りはない。だが、それでも…



『決まったのね』


(あぁ、俺はブリジットといたい…)


『そう…じゃあ、頑張りなさい』


ルナは気のない返事をして、意識の水底へと消えていった。



ステラは空に浮かぶ神殿を見上げた。


表情はとても穏やかで、柔らかい…

流れる夜風が頬を撫で、髪を揺らす。世界もが優しく感じられた。



「行こうか…レティを止めに。貴女の願いを叶えに」



ステラはブリジットに手を差し出した。


それを優しく取る。


「あぁ、共に…」


「私も御供します。二人だけでは心配ですから」


オセリアも笑っていた。

穏やかに…どこか、寂しそうに微笑んでいた。



三人は転送の魔法陣に入る。



直後、光に包まれたと思ったら、そこは既に上空の神殿だった。



宇宙が近い…



目の前の神殿は、地球に現存する神殿とは異なっていた。歴代のギリシャの神殿様式ではない。現代ン建築様式でもなく、教会様式でもない。



一番近いのは、マチュピチュ遺跡やジッグラト。古代、いや神代の人がまだ神とともにあった時代の建造物のようにも感じられる。


巨石を精工に削り、積み上げた石の建造物。


然とした威厳、凛とした神々しさ、落ち着いていて、それでまた優美。


調和のそれが具現していた…


ステラたちは神殿に足を踏み入れた。


その瞬間、空気が変わる…


夏近くの暖かさも、緩やかも全て喪失した。



氷のように冷たく、張り詰めた空気。緊迫した空間。


全身に刃を当てられているような…そんな錯覚にすら陥る…



それでも、歩みを止めたら意味がない。


もう、何があっても立ち止まることは許されない。




廊下を暫く歩くと、扉があった。他に行けるところはない。


此処が…



ギィイイイイ……



鉄の軋む音は不快だ。木材の優しさなど皆無で、ただの不況和音でしかない…



その部屋は匣だった。蒼い炎のみが灯りの不気味な匣の中…



そこには…



「待ったぞ、姫君。白薔薇の姫よ」


金髪の長身痩躯の男が、いやみな笑いを浮かべていた。


「久しいな、ディアス」


ブリジットの言葉に、ステラは反応した。



アイツが…アポロの……っ!



ステラから放たれる、今までにない殺意、憎悪、烈火のごとき憤怒。

それに気付いたブリジットは、ステラの腕を掴んだ。



「まさか、私と殺り合う気ではあるまいな? そこを退け、ディアス」



だが、ディアスは動かず、ただ嘲笑を浮かべていた。

無論、わかりきっていたことだ。


第一、逃がすつもりは毛頭ない。



「覚悟はできているのだろうな」


「さあな。ひとつ言える事は、貴様はここで死ぬという事実だ」



ガンッと金属音が響く。ブリジットの結界に、剣がぶつかり落ちた。



「ステラ、こいつは私が殺る」


「でもブリジット、こいつはっ」



譲るわけにはいかない。アポロの仇なのだ。


「すまない。だが、どうしてもこいつだけは私が殺さねばならない」



でも、と言いかけてオセリアに止められた。



「ステラ。ここはブリジット様の言う通りにしてください…」


「そうだぞ少年。親の仇討ちを邪魔するなど、無粋というものだ」



ディアスは尚も笑いながら言った。



親の…仇討ち…?



「正確には養父です。王家のものは幼少時代を親元を離れて生活するのです。そのときの父が…前将軍、ストラウス・クリムゾンローズ」


「じゃあ、ブリジットのいってたストラウスって…」



「オセ。余計な事は言わなくていい」


「……申し訳ありません」



ブリジットの冷たいもの言いに、言い知れぬ怒りが混ざっていた。


そのストラウスは…ディアスに…



「少年。貴様はこの先に行くが良い。クロニカがお待ちだ」


「レティが…?」


「せいぜい、語りつくすがよかろう。ここに踏み入れた時点で、歴史は確定し、一つの結末へと帰結する」


ならばもう……ここはブリジットに任せよう。

だが、これだけは言わねばならない。



「ブリジット。確実に殺してくれ」


「誰にものを言っている。星をも破壊する私に不可能などない」



ブリジットは不敵に笑った。



それにステラは頷いた。

ブリジットなら、負けることはない。



「行こう、オセリア」


「はい」



ステラとオセリアは、ディアスの横をすり抜け、匣を出ていった。


その背中を見送ったあと、残った二人は対峙する。



「直ぐに終らせてやる。喜べ、特別に苦しませずに殺してやるから」


「では、俺は存分に苦しませてやろう」




ガキンっ!!



ブリジットの細身の剣、ヴァンダファルケとディアスの魔剣グラムがぶつかり、弾けた。



だが、これは剣の戦いなどではない。


≪デルグレイト・テンペスト――――≫


詠唱カットで上級呪文を放つブリジット。


切り裂く、風の元素の直接砲撃。



≪ロックグレパス――――≫


ディアスは巨岩の一枚岩で何を逃れた。


そしつまた斬り結ぶ。



斬り合いの最中でも、お互いの魔法が炸裂する。


そして幾千のもの宝の武具が放たれては撃ち落とされる。


だが言えることは、ディアスが捌ききれていないということだ。彼には上級魔法をつけるほどの素養はない。


そもそも、上級魔法を連発できる魔力量など、夜魔の頂点たるヴァンパイアとて、稀有な存在だ。


それだけでもブリジットのポテンシャルは規格外なのだ。



上級呪文に低・中級呪文を全力でぶつけることで即死は逃れても、ダメージは避けられない。



≪ヘイルガント コキュートス――――≫



氷の刃、氷結の凍気…

空間そのものが凍結する。


「なにっ!?」


急激に凍てついた空気を吸い込んだディアスの肺は悲鳴を上げる。そしてその一瞬のたたら踏んだ足を氷の牢獄がからめとる。


次の瞬間…



ガシャァン―――――――――――…


凍結した空間をブリジットが砕き、巨大な氷柱がディアスに降り注いだ。


「おのれ、小癪な!」


凍傷になりかけている足を無理矢理動かし、転がるように離脱するが…



「逃がさん!」


≪ローテンラング フレアバースト――――≫



容赦なく光の上級呪文が襲ってきた。


浄化の炎の名を冠する光柱に飲み込まれ、全身を焼かれる…


「『天の羽衣』よ!!」


とっさに宝物庫に眠る防具を纏い身を守る。それは防具というより次元断裂。防具概念の原典にして最強の護法。


しかしそれの発動には大量の魔力を消費する。浄化の炎からは逃れたが、光が消えると同時に『天の羽衣』も霧散して消えた。


だがこれ振り出し… にはならなかった。そこは、すでに匣ではなかった。


そこは…


「まさか…これは…」


白薔薇が一面に咲き乱れる、美しい庭園だった…


甘く芳しい香…広がる蒼穹…



≪心象具現化――― 白薔薇庭園―――――≫



「貴様、それを使ったら貴様の命も…!」


その言葉を発する間にも、荊はディアスに絡みつき、締め上げていく。


「終りだ、ディアス」



その言葉が終わるが終らないかの内に、ディアス・ギルガメシアは事切れていた。



一面の白薔薇は、毒々しい紅になり、そして黒ずみ、朽果てる…



荊に捕われたそのモノは、全身の血液を喪失していた…



「うっ…」


もう反動がきたか…


強力な心象具現化は、何かしらの代償をともなう。


ブリジットの場合、相手が流した血液の3分の1を失なう。



全く血が足りない… 遠のいていく意識のなか、心はとても穏やかになっていた。


(仇はとったよ… ストラウス…)


冷たい石床に倒れ、ブリジットは意識を失った。













ステラ達は回廊を抜け、神殿の深部、祈りの祭壇の前にいた。



祭壇の上から、レティは何も言わず見下ろしてくる。


二人はだだ視線を交すだけで、沈黙する。





すると、トン、とレティが祭壇から飛び降りた。


「ブリジットさんは?」


そんな言葉…


「あとから直ぐに来るよ」


そんな返答…



まるで日常会話。これが敵対しているなど嘘のように…



「それじゃ、やろっか」


「……どうしても、なのか」


「うん。わたし、止める気はないから。止めるなら、殺さないと」


「親友としての頼みでも…」


「うん、ダメ。わたしにはもう、時間がないから」





どちらも、寂しそうに、悲しそうに言う。

ならば止めればいいのに……そうすることは望まない…


それはなんて…残酷なすれちがいだろう…



「ステラ、構えて。もう運命は帰結する。私たちの宿命は変えられないのよ」



「そうか、そうだな…」


そう呟いて、ステラは紅胡蝶を抜き放つ。


「私は私の全力をもって、あなたを排除する。だから…」


「ああ、俺も俺の全力で、お前を止めて見せる、レティ」


オセリアは二人から距離をとった。


彼女の介する余地はない。ただ見届けるだけだ。





レティの魔力か高まり、弾けた…


景色は塗り変えられ、一面の白と化す。


その白の中にある白いギリシャ神殿。




これが…レティのセカイ…


≪心象具現化―――― 天使の囁き(エンジェルウィスパー)




ステラは全マリスを解放した。


紅き光が彼を包み、もう一人の彼女と邂逅をはたす…


『私の力を存分に使いなさい。私たちは二人でひとり。交わってこそ真価を発揮する』


太極の交わり、別れていた二つは、一つの枠組みの中に納まる…



光が消えるとそこには…腰まである漆黒の長髪を後ろで束ねた、紅き蝶の着物をきたステラだった…



床に届こうかという長髪を綺麗に結い上げた、美少年。



その体つきは、ただただ儚く、華奢だった。


世界の縮図。それが大極図。たった二つの属性は、それゆえに最も多くを内包するセカイそのもの。


そして、世界そのものである彼にのみ可能な、力の顕現。奏でるものとしての力を媒体に、それは訴え、実現する。




≪空想具現化――――― 幻想交響(シンフォニック・)楽団(ファンタズム)



その祝詞の下に、世界の楽団員が集まっていた。


いずれも半透明の者達。幻想の世界の住人達だった。

人の目には見えない、されど常に人のそばにある世界の住人達。彼らは自然そのものであり、世界を構成する。


世界を塗り替えるのではなく、世界に力を借りる技、空想具現化。

人の身では決して到達することのできない、精霊の御業。



ステラは紅胡蝶を斜に構えた。

その姿は美しく、どこか儚い…




それを合図に始まった。



レティの歌声が流れだす。

交響楽団が奏で出す。




精霊たちの奏でる曲が、歌がステラに力を与える。そして、彼女の歌う歌が…



『まさか…』


紅胡蝶ですら信じられない現象を引き起こした。



二人の大天使が降臨したのだ…



熾天使アザゼル


熾天使ミカエル



いずれも戦いの大天使。神に仕えるアークエンジェル。


流麗にして、耽美。絢爛にして豪華。美しく、圧倒的な神域の存在。


彼らはほほえみを絶やすことなく、大地を焼いた炎の剣を構えた。


三人は、全く同時に跳んだ。


ぶつかる白と紅の閃光。



激しい轟音につぐ轟音。


衝撃波は絶えることなく、それだけで辺りを破壊していく。



紅と白が一面を埋め尽す。響きわたる金属音。


何度もマリスは放たれる。それは、紅蝶流が使用されたことを意味していた。


その数も既に数えること叶わず。




その負荷はステラに襲いかかるのだ。


筋肉は断絶し、骨には亀裂が入る。


皮膚は裂け、頭は激しく痛み、視界は真っ赤に染まり、灼けるようだ。まともに思考などできていな。それでも彼は止まらない。ただ始まりを忘れることなく、それを達するために。


肺に空気が入ってこない…頭が真っ白だ。肋骨が砕けた。背中の皮が裂け、鮮血が吹き上がった。


でも、絶対に止まらない。



それでも天使に刃は届かない。彼らの剣は決して速くはない。しかし戦の天使である彼らに、種として上位にある彼らに人のみで勝てるはずもない。


身体がぼろぼろになっていくステラに対して、二人の天使は汗一つ書くことなく、微笑を浮かべながら殺戮せんと刃を振るう。


その戦争の如き剣戟を受けて尚も立っていられるステラは、それだけで感服に値する。


それでも…。どんなに圧倒的でも、絶望的力の差でも… 負けることは許されない。


勝てないなら、足りないなら、すべてを絞り出す。魔力も、霊力も、血も、肉も、命も、魂ですらも。




「紅蝶流剣技 最初に生まれ出でた原初の御業… 最後に到達する最奥の御業…」


祈り、捧げる、祝詞を紡ぐ。


≪秘儀 零ノ刻 紅蝶之舞―――――≫



全ての力を、持てる全霊を、ただ一瞬に凝縮し、放つ。


紅胡蝶にすべてを乗せ、たった、たった一振り。空を薙いだ刃は、世界を切り裂く。


瞬間、二人の天使の首が堕ち、数多の紅き蝶が天に舞っていった…



そして…


「ぉおお、おおおおおおお!!」


彼の刃が彼女の胸を貫いた… 彼女は抵抗することなくそれを受け入れた…


彼女は…笑っていた…


「…そう… これが結末…―――― これが、あなたの帰結した歴史…」


白のセカイは消滅し、ステラは祭壇の上に立っていた。


「知って、いたんだな… 俺がお前を…」


「知ってたよ。あなたは『星空』…。この星を包み込む大空…――――― 人に望まれ、人の世界を存続させるためだけに生まれる… 運命を背負わされた、哀しい、人…」


「なんで、言ってくれなかった…」


「言ったら、もっと犠牲が増えちゃう…から…。私はね… あなたを救いたかった…。歴史を改竄、したかった…。またみんなで、ただ日常を、生きたかった…」


「改竄って… だってお前…」


「そう… 歴史は改竄を許さなかった… 私はクロニカ… この星に望まれ、歴史を刻むためだけの、装置…」


胸に抱いたレティの心音が、もう、途切れかけている… 瞳に光はなく、もう、何も見えていない。


「レティ! おいレティ! しっかりしろ!」


「あなただけでも、あの日常へ… あの幸せな時間へ… かえ…って…――――――」


そうして、レティシアは事切れた。瞳から一筋の涙を流して。


ステラは彼女を祭壇の下へと横たえた。


「お前も一緒に帰ろう、な…」




そして祭壇へと相対する。


目の前にある、世界の本体とも言うべき白い光の柱…


流れは下から上へと昇る。



ステラは一瞬、それに触れてしまった。



「っ!!?」



知り得ない情報、整理しきれない知識が流れ込んでくる。積み上げてきたこの地球という生命の数多の記憶が、流れ込んできた。



あわてて離れるステラ。


「ハァっはっ…ハァっ…ハ…」




溢れかえる何かの中に…一つだけ強くのこったモノがあった…



―――――――――――――――汝、世界をし制せし者…汝を認めよう…汝の願いを聞こう。邪魔者は…





何だったのか…いやでも、嫌な予感がする。



その時、扉が開いた。


「待たせたな。そっちも終わったようだな、ステラ」



ブリジットはすたすたと入ってきて、祭壇を登りはじめた。


「ブリジット…」



――――――――――――――邪魔者は…



「あとは私に任せろ」



ブリジットはとても綺麗な笑顔をしていた。ブリジットが祭壇を上るのは当然だ。それが彼女の仕事なのだから。


――――――――――――――邪魔者は…



「ブリジット…」


―――――――――――――――邪魔者は邪魔者は邪魔者は邪魔者は邪魔者は…



「来ちゃダメだ!!」



―――――――――――――――排除しよう



「え…?」



ズブリ…と、何かが刺さり、ブリジットの胸部がポッカリとなくなっていた……



「あ……――――――――」


こみあげる血液は、ゴフリトむせかえり吐き出した血液は、粉のようだった…


ブリジットそのまま倒れてしまう。だが、地面と衝突する前に、ステラがその躯を抱き止めた。




(そうか…私にはなしえなかったのだな…―――――)



「ブリジット!!はやく、再生するんだ!」


ステラの悲痛の叫びが、何やら滑稽に見えて仕方がない。



「無茶を言うな……消耗しすぎだ。それに、こんな大穴、治せるわけないだろう…」


「冗談いってないで!」



「冗談なんか…言わない…無理なんだ」



「ブリジット!!」


ステラは解らなかった。死ぬとわかって、何故みんな、笑顔でいられるのか…

なんで、こんなに綺麗なのか…



「そうだ……ヴァンパイアが何故、吸血鬼と呼ばれたか、話してなかったな…。それはな…大切な人の血、を、その人の死に際に…飲んでやる、からだ。そう、することで、自らに、魂を受け継げると……考えられているんだ… それを、人間が飲んだ、場合は…半端ながら……ヴァンパイアになる…だから、あんな伝説が、出来たんだ……」


ヴァンパイアが人の血を吸うと人間がヴァンパイアになるんじゃない。人間がヴァンパイの血を飲むとヴァンパイアになるのだ。その行為はとても深い愛情無くしては成立しない。異なる種において伝説が残るほどに吸血鬼と人間は友誼を結び、互いを慈しんでいたのだ。



「わかったから… だからもう、喋るな…――――ッ」



本当に莫迦だ…話はここからなのに…



「いいから…聞いて… 頼みたい…私の、血を、飲んでくれ、ないか? お前を…夜に、縛ってしまう…だけど…」



お願い…



ブリジットは、苦しそうで、寂しそうで…それでも笑っていた。


だから、ステラはブリジットの胸に口を付けた。


流れでる血を、自らの涙とともにすする…







そして、ブリジットは最悪の呪いの言葉を吐いた…


「ステラ…愛しているわ…」







それは、永遠に自分に縛りつける呪い…


それ直後、ブリジットは静かに息を引き取り、2000年という膨大な生の幕を閉じた…




ステラはブリジットを抱き、泣いていた…


天に慟哭を響かせ、絶望の声を上げた。




その背中を、オセリアがそっと抱き締める…



――――――――――――汝、何を願う…


「何も…いらない。ブリジットがいれば、何もいらなかった…」



その絶叫は、かすれるか細い声だった。

レティの望んだ日常も、ブリジットがそばにいてくれれば、叶わなくてもよかった。ただ、彼女の隣にいたかった…


―――――――――死者を蘇生させることは叶わぬ…



「なにも…いらないっ」


ステラはもう何も望めなかった。望みたいものなんてなかった。

その体から力は抜けていき。、もう動く気力さえなかった。




(いけない…この人は、このままでは…)


オセリアは彼を抱きしめながら、彼を救いたいと思った。この哀れで孤独な彼を、愛おしいと思った。このままでは彼は、きっと生きてはいけない…



その時、また別の声が響いた。


『貴方は黒の予言書を、歴史を改竄した。あなたにやってほしいことがあるの』



「かい、ざん…?」



『私はクロニカ。黒の予言書の本体とも言うべき存在。本来、歴史はここで終わるはずだった。世界は滅び、人は滅びるはずだった。でもあなたはその避けがたい歴史を回避した。貴方に、もう一つ改竄してほしい歴史があるの』


「そんなわけ…」


『貴方の言いたいことはわかる。でも、そこの私の依代は歴史を変えるために材料を集めきったの。あの白猫は吸血鬼の本拠地に乗り込むことなんて、本来できなかった。でも、彼女が場所を教えたことで実現し、吸血鬼の組織は滅びた。あなたが姉と邂逅することで、あなたの中の人格と共存させる事が出来た。本来あなたは姉の生存を知ることはできないはずだった。


そこの緑の吸血鬼を逃がしたのも、『門』の中で姉と関わらせるため。いくつもの因果の糸を解きほぐし、本来ありえない力をあなたは持った。彼女が意図してやったことじゃないわ。でも、結果としてあなたは歴史から外れた存在になったのよ。彼女はここで死ぬ運命だった。でもそれは、あなたに殺されるからじゃない。

あなたには歴史を変える力があるの』





「何でもいい…俺を連れてってくれ…」



『ありがとう。じゃあいくよ』


『私も一緒に行きます…貴方を独りきりにはしません』



『…そうね。貴女も一緒のほうがいいかも。じゃあ、世界の意志よ、お願いするわ』



――――――――――――――汝の願い、叶えよう…











そして、世界の祭壇は消滅し、そこから帰った者は誰一人としていなかった……



黒の予言書 Black Chronicleに記された歴史は改竄された。



だが、これでよかったのだろうか。



世界は昨日と変わらず続いている。



明日も明後日も続く…



直ぐに滅びることはないだろう。

だが、確実に滅びに向かっているのも事実。




遠い未来…


はたして……











そこに一つ…紅い蝶が舞う…―――――――――――――――――







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