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王家の【花嫁試験】は全員で辞退いたします  作者: KK


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3/6

第3話 恋敵の皆様、お茶にしませんか?


「明日の最終選考を前に、私達だけでお茶会、ですか」



 今朝、私が送った招待状を、ダリア様は卓上に置いた。



「ブラハム事業長はご存じなの?」



“花嫁候補”の一人――ラピッド子爵家の、ダリア・ラピッド様。


 肩の上で揺れる銀色の長髪。


 同じく銀色の眉や睫が、生まれつきの浅黒い肌とコントラストを描く。


 まるで星空と、静かな夜の河のようだ。


 荘厳な美貌は、同時に威圧感さえ覚えさせる。


 その姿を前にし、琥珀色の目に見据えられると、いつも気圧される気分になった。


 けれど、今日はそんなダリア様からの質問に、私は臆することなく、皆に言い聞かせるように答えた。



「私個人のお誘いです。事業長はもちろん、殿下のお申し付けでもありません」



 四人の視線が、一斉に私へ向けられる。


 午後の日差しが差す、東棟の小客間。


 丸卓には五人分の茶器と焼き菓子を用意したけれど、まだ誰も手を伸ばしていない。


 アイリス様は膝の上で指を組み、ジャスミン様はボウッと虚空を眺めている。


 ローゼ様に至っては、ペンと確認途中の書類もお持ち込みだった。


 皆、暢気にお茶を飲みに来たつもりではなかったらしい。



「それで、仕事のお話というのは?」



 五人の中で唯一メガネを掛けられているローゼ様は、ブリッジを指先で持ち上げながら言った。


 レンズの奥のクールな目元が、私を品定めするように見詰める。


 同じく“花嫁候補”の一人――システアシア伯爵家、ローゼ・システアシア様。


 黒色の髪をきっちりセットした彼女には、襟元の詰まった深紅のドレスがよく似合っている。


 私は、椅子の横に置いた書類入れを卓上へ移した。



「昨夜、ユーグラム殿下に確認したことをご報告いたします。殿下は、私達の中から花嫁を選ぶつもりはありません。既に、ミューズ様とのご婚姻が、【花嫁試験】開始前から決まっていたそうです」



 ガチャリ――と。


 茶器のぶつかる音が、嫌なほど室内に大きく響いた。


 アイリス様の持ったカップが、受け皿に強くぶつかったためだ。


 同じく“花嫁候補”の一人――ペルセウス侯爵家の、アイリス・ペルセウス様。


 藍色の髪を背へ流したアイリス様は、黙っていると彫像のようだ。


 伏せた長い睫毛が、白い頬に影を落としている。


 その唇が、フルフルと震えている。



「……そ、そんなこと、どなたがおっしゃったの?」



 控え目で気弱(きわか)な彼女は、か細い声を発した。


 信じたくない、とでもいうように。


 気持ちは分かる。



「先程申し上げたとおり、殿下ご自身です」

「あたし達を辞退させるためのホラ話でしたら、随分手が込んでいますわね」



 ダリア様の声は冷静だった。


 当然、疑われることも考えていた。


 それでも、書類を取り出す指先に力が入る。



「こちらをご覧下さい」



 婚礼衣装の支出承認書と、五人の新しい所属が書かれた配置案。


 昨夜、殿下が口にした言葉も、出来るだけ正確に伝える。


 皆、回された書類に目を落とし、黙って私の話を聞いていた。


 やがて、ローゼ様が支出承認書の隅――日付の項目に指を置いた。



「この衣装店、注文を受けてから仕上げまで半年以上掛かるところですわ」



 隣から覗き込んでいたダリア様も、ハッと溜息を吐いた。



「採寸する相手も、初めから決まっていたということね」



 つまり、【花嫁試験】の直前という段階ではなく、もっと前から。


 殿下は、ミューズ様との婚姻を心に決めていた、ということだ。


 配置案が、順々に四人の手を渡っていく。


 最後に受け取ったジャスミン様は、俸給の欄をしばらくジッと見詰めていた。


 同じく“花嫁候補”の一人――モーリ男爵家の、ジャスミン・モーリ様。


 小柄なジャスミン様は、淡い金髪を耳に掛け、こちらをチロリと一瞥する。


 小動物のような丸い瞳からは、私の様子を窺う気配が伝わってくる。



「この横線は?」

「給金は支給しない。あくまでも王家への奉公だと、そういう意味だそうです」



 沈黙が帳を下ろす。


 誰も口を開かなかった。



「……お、お母様」



 最初に聞こえたのは、アイリス様の小さな声だった。



「お母様が、明日の最終選考のために衣装を用意してくれてたんです」



 顔は、支出承認書へ向けたまま。



「私が選ばれると、信じていて……」

「うちも、王家との繋がりが強まることに期待しているわ」



 ダリア様が、手にしていた配置案を卓上へ放り落とした。



「ここで王妃にはなれない、帰ると言ったら、では明日からどうするのかと問い質されるでしょうね」

「あたしも、魔法具の研究所は王家お借りしてる」



 ジャスミン様が続ける。



「設備が使えなくなったら、制作途中の試作が停止する」



 ローゼ様は何も言わず、書類を揃えている。


 私は口を閉ざす。


 甘かった。


 この事実を暴露したら、私は四人が怒り出すと思っていた。


 事実を知れば、皆が私と同じ“答え”に辿り着くと期待していたのだ。


 期待、縁故、資産。


 皆、それぞれ家に持ち帰らなくてはいけないものがあるのだ。



「……思うところもあるでしょうし、まだ素直に飲み下せない部分もあるでしょう。私も、すぐに、皆さんがどうするかとか、そういったお返事をいただきたくてお呼びしたのではありません」



 それでも、私は話を進める。


 自分の本音を、本心を伝える。



「ただ……皆さんに、この事実を知らないまま明日を迎えて欲しくなかったのです」

「ヴィオラ様は、どうなさるおつもり?」



 ローゼ様に問われ、私は顔を上げた。



「私は、辞退しようと思っています」

「その後は?」

「……まだ、何も決まっていません」



 正直に答えると、胸の奥に不安が滲み出てきた。


 誰かのための説明なら、相手が納得するまで言葉を探せたのに。


 自分のこれからを尋ねられると、こんなにも心許ないなんて思わなかった。



「ただ、どれだけ働いても、自分の存在がなかったことにされる場所で、来年も同じように頑張れるとは思えません」



 卓上に、昨夜の宴で配布された資料を置く。


 私達の名前が王家の紋章に塗り潰された、最後の頁を開く。


 その下に、私が保管していた、この資料を作成するために取り纏めておいた、皆の作業内容の控えを置いた。



「この資料も、殿下がお一人で作ったわけではありません。私が、皆さんから頂いた書類を纏め、一晩掛けて書き上げたのです」

「……あ、あの」



 そこで、だった。


 取り纏めの控えを目にしたアイリス様が、声を発した。



「……そ、その計算書、少し見せていただけますか?」



 彼女が目を留めたのは、見積もり予算の計算書。


 差し出すと、彼女は一カ所を指でなぞった。



「北の取水口……二ヶ月前、燃料の見積もりが予算に収まらなくて、何度も計算し直したところです。結局、その後何もなかったかのように話が進んで、ブラハム様からは『ユーグラム殿下に助けられたな』としか言われなくて……」

「そこの数字を変えたのは、あたし」



 ジャスミン様が答えた。


 アイリス様が、目を見開く。



「ジャ、ジャスミン様が?」

「使う魔法陣を改良したのに、燃料の計算が前のままだった。事業長から見直すように言われたので」

「わ、私の計算の仕方が悪かったわけでは、ないのですか?」

「計算の仕方は合ってる。変わったのは、こっちの設備」



 ジャスミン様は、水路の図面を指さした。



「この図が正確だったので、すぐに何を直せばいいのかわかった」



 アイリス様は何度か瞬きをした。


 ずっと、信じられないというような顔をしている。



「殿下がお直しくださったと思って、私は、お礼状まで……」



 ジャスミン様の小さな指が、紙の上から引っ込んだ。


 その表情に、影が差す。



「……あたしの元には、届いてない」



 短い遣り取りの後、アイリス様は椅子に座り直した。


 そして、ジャスミン様へ頭を下げる。



「た、助けてくださって、ありがとうございます。ジャスミン様のお陰で、計画を諦めずに済みました」

「……役に立ったのなら、よかった」



 ジャスミン様は、少しだけそっぽを向いて応じる。


 さっきまで入り口へ向いていた膝が、卓の方へと向き直っていた。


 何かが変わり始める気配を、私は感じた。



「それなら、あたしも一つ伺いたいわ」



 続いて口を開いたのは、ダリア様だった。


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