第3話 恋敵の皆様、お茶にしませんか?
「明日の最終選考を前に、私達だけでお茶会、ですか」
今朝、私が送った招待状を、ダリア様は卓上に置いた。
「ブラハム事業長はご存じなの?」
“花嫁候補”の一人――ラピッド子爵家の、ダリア・ラピッド様。
肩の上で揺れる銀色の長髪。
同じく銀色の眉や睫が、生まれつきの浅黒い肌とコントラストを描く。
まるで星空と、静かな夜の河のようだ。
荘厳な美貌は、同時に威圧感さえ覚えさせる。
その姿を前にし、琥珀色の目に見据えられると、いつも気圧される気分になった。
けれど、今日はそんなダリア様からの質問に、私は臆することなく、皆に言い聞かせるように答えた。
「私個人のお誘いです。事業長はもちろん、殿下のお申し付けでもありません」
四人の視線が、一斉に私へ向けられる。
午後の日差しが差す、東棟の小客間。
丸卓には五人分の茶器と焼き菓子を用意したけれど、まだ誰も手を伸ばしていない。
アイリス様は膝の上で指を組み、ジャスミン様はボウッと虚空を眺めている。
ローゼ様に至っては、ペンと確認途中の書類もお持ち込みだった。
皆、暢気にお茶を飲みに来たつもりではなかったらしい。
「それで、仕事のお話というのは?」
五人の中で唯一メガネを掛けられているローゼ様は、ブリッジを指先で持ち上げながら言った。
レンズの奥のクールな目元が、私を品定めするように見詰める。
同じく“花嫁候補”の一人――システアシア伯爵家、ローゼ・システアシア様。
黒色の髪をきっちりセットした彼女には、襟元の詰まった深紅のドレスがよく似合っている。
私は、椅子の横に置いた書類入れを卓上へ移した。
「昨夜、ユーグラム殿下に確認したことをご報告いたします。殿下は、私達の中から花嫁を選ぶつもりはありません。既に、ミューズ様とのご婚姻が、【花嫁試験】開始前から決まっていたそうです」
ガチャリ――と。
茶器のぶつかる音が、嫌なほど室内に大きく響いた。
アイリス様の持ったカップが、受け皿に強くぶつかったためだ。
同じく“花嫁候補”の一人――ペルセウス侯爵家の、アイリス・ペルセウス様。
藍色の髪を背へ流したアイリス様は、黙っていると彫像のようだ。
伏せた長い睫毛が、白い頬に影を落としている。
その唇が、フルフルと震えている。
「……そ、そんなこと、どなたがおっしゃったの?」
控え目で気弱な彼女は、か細い声を発した。
信じたくない、とでもいうように。
気持ちは分かる。
「先程申し上げたとおり、殿下ご自身です」
「あたし達を辞退させるためのホラ話でしたら、随分手が込んでいますわね」
ダリア様の声は冷静だった。
当然、疑われることも考えていた。
それでも、書類を取り出す指先に力が入る。
「こちらをご覧下さい」
婚礼衣装の支出承認書と、五人の新しい所属が書かれた配置案。
昨夜、殿下が口にした言葉も、出来るだけ正確に伝える。
皆、回された書類に目を落とし、黙って私の話を聞いていた。
やがて、ローゼ様が支出承認書の隅――日付の項目に指を置いた。
「この衣装店、注文を受けてから仕上げまで半年以上掛かるところですわ」
隣から覗き込んでいたダリア様も、ハッと溜息を吐いた。
「採寸する相手も、初めから決まっていたということね」
つまり、【花嫁試験】の直前という段階ではなく、もっと前から。
殿下は、ミューズ様との婚姻を心に決めていた、ということだ。
配置案が、順々に四人の手を渡っていく。
最後に受け取ったジャスミン様は、俸給の欄をしばらくジッと見詰めていた。
同じく“花嫁候補”の一人――モーリ男爵家の、ジャスミン・モーリ様。
小柄なジャスミン様は、淡い金髪を耳に掛け、こちらをチロリと一瞥する。
小動物のような丸い瞳からは、私の様子を窺う気配が伝わってくる。
「この横線は?」
「給金は支給しない。あくまでも王家への奉公だと、そういう意味だそうです」
沈黙が帳を下ろす。
誰も口を開かなかった。
「……お、お母様」
最初に聞こえたのは、アイリス様の小さな声だった。
「お母様が、明日の最終選考のために衣装を用意してくれてたんです」
顔は、支出承認書へ向けたまま。
「私が選ばれると、信じていて……」
「うちも、王家との繋がりが強まることに期待しているわ」
ダリア様が、手にしていた配置案を卓上へ放り落とした。
「ここで王妃にはなれない、帰ると言ったら、では明日からどうするのかと問い質されるでしょうね」
「あたしも、魔法具の研究所は王家お借りしてる」
ジャスミン様が続ける。
「設備が使えなくなったら、制作途中の試作が停止する」
ローゼ様は何も言わず、書類を揃えている。
私は口を閉ざす。
甘かった。
この事実を暴露したら、私は四人が怒り出すと思っていた。
事実を知れば、皆が私と同じ“答え”に辿り着くと期待していたのだ。
期待、縁故、資産。
皆、それぞれ家に持ち帰らなくてはいけないものがあるのだ。
「……思うところもあるでしょうし、まだ素直に飲み下せない部分もあるでしょう。私も、すぐに、皆さんがどうするかとか、そういったお返事をいただきたくてお呼びしたのではありません」
それでも、私は話を進める。
自分の本音を、本心を伝える。
「ただ……皆さんに、この事実を知らないまま明日を迎えて欲しくなかったのです」
「ヴィオラ様は、どうなさるおつもり?」
ローゼ様に問われ、私は顔を上げた。
「私は、辞退しようと思っています」
「その後は?」
「……まだ、何も決まっていません」
正直に答えると、胸の奥に不安が滲み出てきた。
誰かのための説明なら、相手が納得するまで言葉を探せたのに。
自分のこれからを尋ねられると、こんなにも心許ないなんて思わなかった。
「ただ、どれだけ働いても、自分の存在がなかったことにされる場所で、来年も同じように頑張れるとは思えません」
卓上に、昨夜の宴で配布された資料を置く。
私達の名前が王家の紋章に塗り潰された、最後の頁を開く。
その下に、私が保管していた、この資料を作成するために取り纏めておいた、皆の作業内容の控えを置いた。
「この資料も、殿下がお一人で作ったわけではありません。私が、皆さんから頂いた書類を纏め、一晩掛けて書き上げたのです」
「……あ、あの」
そこで、だった。
取り纏めの控えを目にしたアイリス様が、声を発した。
「……そ、その計算書、少し見せていただけますか?」
彼女が目を留めたのは、見積もり予算の計算書。
差し出すと、彼女は一カ所を指でなぞった。
「北の取水口……二ヶ月前、燃料の見積もりが予算に収まらなくて、何度も計算し直したところです。結局、その後何もなかったかのように話が進んで、ブラハム様からは『ユーグラム殿下に助けられたな』としか言われなくて……」
「そこの数字を変えたのは、あたし」
ジャスミン様が答えた。
アイリス様が、目を見開く。
「ジャ、ジャスミン様が?」
「使う魔法陣を改良したのに、燃料の計算が前のままだった。事業長から見直すように言われたので」
「わ、私の計算の仕方が悪かったわけでは、ないのですか?」
「計算の仕方は合ってる。変わったのは、こっちの設備」
ジャスミン様は、水路の図面を指さした。
「この図が正確だったので、すぐに何を直せばいいのかわかった」
アイリス様は何度か瞬きをした。
ずっと、信じられないというような顔をしている。
「殿下がお直しくださったと思って、私は、お礼状まで……」
ジャスミン様の小さな指が、紙の上から引っ込んだ。
その表情に、影が差す。
「……あたしの元には、届いてない」
短い遣り取りの後、アイリス様は椅子に座り直した。
そして、ジャスミン様へ頭を下げる。
「た、助けてくださって、ありがとうございます。ジャスミン様のお陰で、計画を諦めずに済みました」
「……役に立ったのなら、よかった」
ジャスミン様は、少しだけそっぽを向いて応じる。
さっきまで入り口へ向いていた膝が、卓の方へと向き直っていた。
何かが変わり始める気配を、私は感じた。
「それなら、あたしも一つ伺いたいわ」
続いて口を開いたのは、ダリア様だった。




