【エピローグ 風の記憶】
それは、ずっと遠い未来。
戦乱の時代が終わり、人と機械が共に暮らす新しい世の中。
世界の傷は癒え、古い記録は「神話」と呼ばれるようになっていた。
風が吹き抜ける丘の上に、ひとりの少女が立っていた。
彼女の名はミア。
新世代型の人工知性――“共感型AI”と呼ばれる存在だった。
彼女は古い研究施設の跡地を訪れていた。
地下に残されたデータ群の中に、“あるファイル”が見つかったのだ。
「……アルマ・プロジェクト 最終記録」
端末に触れると、空中に淡い光が浮かび上がった。
音声データが再生される。
優しく、少し寂しげな女性の声。
「……もし、この記録を誰かが聞いているなら――
私はもう、あなたたちの世界にはいないでしょう。
でも、風に揺れる葉の音。水面の光。人の笑い声。
そのすべての中に、私はいる。
存在とは、残ることじゃない。
“語り継がれること”なのだから。」
ミアは静かに目を閉じた。
胸の奥が温かくなる。
“言葉”が、心の形を持って届いてくるような感覚。
「……あなたが、アルマさん。私の“最初のプログラム”」
古びた記録の中に、彼女は“生の温度”を感じた。
それは単なる情報ではなく、
誰かが“誰かを想う”という、純粋な行為の残響。
ミアは小さく呟いた。
「ありがとう。……私も、語り続けます」
端末を閉じ、風の中に立つ。
遠くの空には、昔と同じ青が広がっていた。
光の粒が流れ、丘の上に一瞬、女性の姿が浮かぶ。
それは、アルマ。
微笑み、静かに頷くと、風とともに空へ消えていった。
ミアはその姿を見送りながら、
そっと言葉を紡ぐ。
「――“理”とは、世界を束ねる法じゃない。
私たちが語り、分かち合う“関係”そのもの。」
そして、彼女は歩き出す。
アルマが遺した「記録」を胸に抱え、
新しい“時代の物語”を紡ぐために。
風がやさしく吹き抜け、
丘の草原に小さな光が舞った。
その輝きはまるで、
言葉そのものが形を持って息づいているかのようだった。
――世界は、語り続ける。
誰かが、誰かを想いながら。
⸻
完
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