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終章

 ドナの酒場―――。


「ローラン、いつもの場所、行こ!」


 そのひと声で、子供たちは、板に滑らせていた木炭を一斉に放り投げた。同時に、ローレンスの腕は引っ張り上げられ、席から立たされる。


「おう、行こう」


 ローレンスは、どこからともなく現れた急流にのまれていくかのように、酒場のフロアを突っ切って、一直線に出口の扉へ運ばれていく。


「ドナさん! おれたち森へ行ってきます! 夕方までには戻ります!」


 ローレンスは、顔だけ厨房に残し、下ごしらえされた肉や魚に向かって言った。


「はぁい! いってらっしゃい!」


 力強いドナの声が、だれもいなくなったフロアに響く。



 外に出た子供たちは、脇目もふらず、小魚がまとまって泳ぐように、中心地の人や馬車の間をすり抜けていく。


「おーい、コケるなよー」


 そう言ってローレンスは、彼らの後頭部が見える距離を保ちながら、小走りでついていった。すると、ローレンスに気づいた町の人々が弾んだ声を投げはじめる。


「あ、ローランさん、今度、また薪割りお願いしますーっ!」


「うちも、畑の手伝い頼むよ! ありがとう!」


「おーい、また、次の狩りにいっしょに来てくれな!」


 ローレンスは、声が聞こえた方向に手を振りながら、無言で返事をしていった。そして、いつもの細い登り坂にさしかかる。



「ローラン、こけたーっ!」


 ひとりの子供が、必死に引き返してきて、坂の上を指さして叫んだ。


「それ見ろ」


 そう言ってローレンスは、小走りのまま、子供たちが群がる方へ登っていく。


 すると、両手に余る数のりんごが石畳に散乱し、跳ねるようにして転がってきた。


「へ?」


 ローレンスは、瞬間的に反応し、しなやか、且つ、機敏な動きで、すべてのりんごを受け止めた。


「おおーっ!」


 子供たちは、目を丸くしてその芸当に舌を巻く。


「おお、じゃない。だれがこけた?」


 あごと、シャツの裾をうまく使って、拾ったりんごを落とさないようにして言った。歩きながら、近くにあった買いもの袋を見つけ、ゆっくり元に戻す。そして、群れの中心に目をやった。


「あ、あはははは。ごめんなさい、お騒がせしました・・・」


 そこに、顔を、先ほどのりんごのように真っ赤にさせて、長いスカートをはたきながら、立ち上がろうとする小柄な女性がいた。戻ってきた買いもの袋に焦点を当てて、ローレンスに目を合わせず、からだ中の毛穴から汗が噴き出すほど、はずかしがっている。


「・・・大丈夫か?」


 ローレンスは、ひざを折り曲げて、黒髪に半分隠れた顔と、オレンジがかったピンク色のワンピースを、じっと見つめて言った。子供たちは、若い大人の男女が向き合う光景に、目を行ったり来たりさせて見物している。


「よし。おまえら、今日は森に行かない。いますぐドナさんのとこに戻れ」


 ローレンスは、唐突に言った。


「えーっ! なんで⁉︎」


 子供たちは、口をそろえて叫ぶ。


「行け」


 ローレンスは、表情を変えず言った。そのやりとりを見ていた女性は、気まずそうにして、口を挟む。


「あ、あの―――」

 

「足首、腫れてる。それじゃ歩けない」


 そう言ってローレンスは、買いもの袋を女性の胸に押しつけた。


「え・・・?」


 女性は、反射的に袋を両手で受け取る。


「それ、落とさないように、しっかり持ってて」


「ひゃ・・・っ!」



 ローレンスは、フワッと女性を抱きかかえて立ち上がった―――。



「ちょっ・・・。あ、あの・・・っ!」


 女性は、抵抗する暇もないまま、ローレンスの胸の前に仰向けでおさまってしまう。


「じゃあ、おまえら、おれは、この人を医者のところまで連れていくから」


 子供たちは、やわらかいスカートが地面から浮いていくのを見て、急に静かになった。そして、ローレンスの言うことを聞いて、そのまま来た道に足を向けて帰っていった。



 ローレンスは、あまり揺らさないようにして、静かになった坂道を下りていく。


「ロ、ローランさん・・・ですよね?」


 そう言った女性の声は、火照る顔と、止まらない心臓の高鳴りで震えていた。


「へ? なんで、知ってるんだ?」


「だって、あなた、この町で有名だから・・・。わ、わたしは、エミリーと申します。助けてくださって、ありがとうございます」


 女性は、買いもの袋を握りしめ、じわりと額に汗をにじませながら言った。


「・・・・・・」


 ローレンスは、彼女のクリッとした濃い茶色の瞳をしばらく見つめる。


 そして、フッと笑ってほおをゆるませた。



「おれは、ローレンス・エドワード。よろしく」



 そう言ってローレンスは、少年のような無垢な笑顔を見せ、確かに感じる陽だまりを、両腕でしっかり包み込む。ヘーゼルの瞳には、いつもの坂道が、ひときわ広く、色鮮やかに、光り輝いて映っていた。



 そうしてローレンスは、新しい丘へ、線をまたぐようにして超えていくのだった。

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