テラスでの事件
二話と三話を統合しました。
内容を少し修正しました。
ゴーン―――ゴーン―――
朝7時のを告げる鐘が鳴り響いた。
「んっ・・・んふぁぁぁ・・・」
リーシェはモゾモゾとベッドから起き上がり、小さく伸びをしながら、欠伸をした。
着ていた薄いピンク色のフリルがふんだんにあしらわれたセクシーなネグリジェの左の肩紐が、ずり落ちて、決してふくよかではないが胸元がはだけていて、妙な色気があった。
「ええっと・・・夢だった・・・かな」
ベットの少し上にある窓のカーテンを開けた。畳10畳程の部屋に朝の爽やかな光が部屋の中に差し込んだ。
ちなみに、学園は全寮制で、一人部屋、バルコニーにキッチン、洗面台に浴室、個室の水洗トイレ付きとこの世界では、貴族しか泊まれない超高級ホテルのような設備の揃った部屋である。
まだボーとした頭で辺りを見渡し、枕元にあった金色印章が目に入り―――
「あぁ・・・夢じゃないんだ。」
昨日のあの本は、私が神に選ばれたとか、なにか凄いものを召喚できるとか、勝利者がどうとか何か難しいことを言っていたけど、内心は、今日の公開召喚儀式で失敗したら落第になる。
そんなプレッシャーから、へんな妄想か夢でも見ていたんじゃないかと思っていた。
だってそうだろう。神に選ばれたとか、ドラゴンよりすごいもの召喚できるとか、そんなの物語の英雄ぐらいで、できない人間の虚しい妄想だと普通は思う。
しかし、黄金色の印章のペンダントが、あれは夢でも妄想でもないことの証明であった。
「そっか・・・夢じゃないだね。」
「でも、本当に大丈夫かな・・・他に方法がないし・・・」
ベットの縁に座り、朝日に照らされた黄金色に輝く印章のペンダントを掲げ眺めて、まだ半信半疑で複雑な表情を浮かべ首を傾げていた。
「まぁ、考えても仕方ないか。なるようにしかならないし、駄目ならその時考えればいいかな。」
気持ちを切り替えて、アルティに買って貰った、お気に入りの薄いピンク色のふんだんにフリルがあしらわれた少しセクシーなネグリジェのもう片方の紐を肩から降ろし、ゆっくりと腰まで降ろし、片足ずつ脱いだ。朝日に照らされ露わになったリーシェの裸体は、決して大きくはないが、手にすっぽり収まりそうな膨らみの双丘に、引き締まったお腹のくびれとヒップライン、そして、小麦色肌の中に体育祭の練習で体操服を着ていた部分が白くなった時のようにくっきりと分かれた肌は、何故だか艶めかしさすらあった。
「よ~し。それじゃあ、今日は勝負下着でいこう!」
ベッドの横の学習机の隣にあるクローゼット下の引き出しから、ピンクをベースに蔦や薔薇の刺繡の入ったブラとショーツを選んだ。因みに、これもアルティに買ってもらったものである。もっと言えば、私服、シャツ、靴下、ストッキング、靴に至るまで、今現在リーシェが身につけるものは、全てアルティにプレゼントしてもらったものである。
農民で家が貧乏だったため、学園から毎月貰えるお金家に仕送りしているため、それを見かねたアルティが生活雑貨や嗜好品などリーシェのためにとありとあらゆる物をプレゼントしてくれた。友達のプレゼントとして素直にうれしいのだけれど、リーシェとしては、何から何まで買ってもらってばかりで、少し申し訳ない気持ちだったりするのだが・・・
「上手く行けば、今度何かお礼しないとなぁ。」
下着を身に付け、制服に着替えて、部屋の個室の洗面台で顔を洗って、印章のペンダントを首に掛け、外側から見られないように服の内側に仕舞こんだ。
「さて、朝ごはん食べに行こ~と。」
部屋の鍵を閉めて、別館の食堂に続く、赤い絨毯が敷かれた高級ホテルのような長い廊下にでて、アルティの部屋へ向かった。
「おはよう。ごめん、待った?」
「大丈夫。今出たところだから。」
「ちょーとぉ。いつまで寝てるの~」
「ごめん、ごめん、今起きた」
友達と食堂に向かう子や友達を起こしに来た子たちで、食堂に向かう廊下は生徒たちであふれていた。
食堂に向かう生徒の列に、に入った。
「ねぇ、あれ、特待無能生じゃないですか~。」
「本当ですわ。無能な平民のくせに、特待生とか調子に乗らないでほしいですわね。」
「なんで、あんな子が特待生になんかに・・・」
「あんな無能のために、特待生枠に入れなかった子達は本当にかわいそうですわね。」
リーシェを見かけるや否や、みんな心ない悪口をあびせる。もっとも、リーシェにとっていつものことなので大して気にしていないのだが。
(特待無能生って・・・なんかランクアップしてるし、特別なのか、無能なのか・・・だいたい、私だって無理矢理この学園に入れられて―――)
「おはよう。リーシェ、一緒に食堂に行きましょう。」
聞き慣れた声がして、リーシェは考えるのを辞めて、視線の先にある一室のドアの前で手を振っている、金髪のセミロングのストレートヘアに海色の蒼い眼の白く瑞々しい肌、そして制服の上からでもわかる程の動くたびにゆさゆさと揺れる大きな胸の少女、アルティ・リーフレックはリーシェのこの学園での唯一の親友にしてリーフレック辺境伯の令嬢である。
「おはよ~。アルティは今日はいつもより少し早いね。」
いつもならまだ、部屋で着替えている時間なのだけれど―――
「今日は公開召喚儀式だからね。いつもより早く起きた~んだよ。」
「そーなん―――うわっぷ。」
アルティがリーシェの言葉を遮り、いきなり抱きしめた。
「んん―――んんッ―――んッんッ―――」
アルティの胸の谷間に挟まれたリーシェは、メロンサイズの乳圧に窒息しそうになり、離れようと必死でもがくのだが、頭をガッチリとホールドされていてびくともしない。
(ヤバイ、ヤバイ。死ぬ―――死んじゃう。)
毎度のことなのだが、こうなると何をしても気づかない。
(ハァハァ、今日もリーシェは最高に可愛いよぉぉぉ、スーハ―スーハー、ん~石鹸の香りが―――)
そんなリーシェの状態などつゆ知らず、頭に顔を近づけ、恍惚とした表情を浮かべて自分の世界に入り込んでいた。
(ちょ・・本当に、ギブギブギブ)
背中と腕をバシバシと強く叩くと、はっとして我に返りリーシェを離した。肩でいきをしながら、若干汗ばんだ、青い顔でアルティを見た。
「おっ、おっぱいに殺されるかと思った・・・」
「ごめん、ごめん、ついね。」
「ついで殺されされら、たまらないよ!」
「はい、はい、以後気を付けま~す。」
「も~、そうやっていっつも―――」
リーシェの抗議を軽く流して、頭をポンポンと撫でる。それに頬を膨らませて怒るとこまでいつもの一連の流れであった。
(あぁ~。怒っているリーシェも可愛いわぁ~。)
もっとも、アルティはいつも真面目に聞いていないのだが。
「もう、いいから、行くよ。」
少し困ったようにはにかんでリーシェは頭に置かれた手を取り、アルティを引っ張る。
「リーシェ。何かいい事あった?」
「ふふーん。教えなーい。」
「えー、教えてよー。」
「まだ教えてあーげない。」
********************************
「それで、何があったの?」
「ふぁい?」
海の見渡せる広いテラス席のブラウン色の吊り下げ式のガーデンパラソルと木製の丸いガーデンテーブルにガーデンチェアーが所狭しと並ぶ比較的に、人の少ない隅っこの席でフォークで刺した朝食のソーセージを齧りながら、アルティの質問にリーシェは小首を傾げた。
「いやいや、何か良いことあったって、さっき言ってたよね。」
「あぁ、そうだった。ごめん、ごめん。」
アルティに指摘されたて、思い出したように頭を掻いた。
「実はねぇー。今日の公開召喚儀式合格できるかもしれない秘策があるんだ。」
「秘策?」
リーシェは、胸元から黄金色の印章のペンダントを出して、アルティに見せた。
「なにこれ・・・ペンダント?見たことがないデザインだね・・・」
「ねぇ。触ってみてもいい?」
「いいよ。はい。」
首からペンダントを外して、アルティの手のひらに乗せた。
「んっ・・・結構重い・・・」
ペンダントは見た目以上にずっしりとした重さがあった。
(この重さ・・・もしかして、全部純金で出来ている・・・それにこの緻密な刻印・・・いったいどこでこんな物を・・・)
表面と裏面の刻印を交互に眺めがら、アルティは考えていた。
曲がりなりにも貴族の娘だ。宝石や貴金属などそれなりには、目利きができる。だからこそ思うのだ。リーシェの持っていたネックレスは純金製、そして緻密な刻印の施されたネックレスなど大貴族ですらかなりの大金を掛けなければ手に入らないだろう。
リーシェがそんな高価な物を最初から持っていたとは思えない。
(昨日はこんな物を付けていなかったはず、少なくとも私と別れる放課後までは・・・それに―――)
アルティは印章のペンダントに何か得体の知れない何かを感じていた。
(何このペンダント。持っているだけなのに、魔力を吸われてる?!)
アルティの体の中の魔力がペンダントにまるで吸い寄せられるかのように集まっている。
(こんなのずっと持ってたら、数時間で魔力枯渇を起こして死んでしまうわ・・・)
持ち主の魔力を吸うようなネックレスなど普通じゃないとアルティは感じていた。
「ね、ねぇ。リーシェ?」
「ん?」
パセリとクルトンの入ったコンソメスープをスプーンで掬って飲んでいたリーシェは手を止めてアルティの方を見た。
「このペンダント持ってて、その・・・体に何か体の重いとか、頭痛がするとか・・・ない?」
「え?なんで?」
「いいから。」
「ん~。特に何もないかな・・・していえば、ペンダントがちょっと重いぐらいかな・・・」
「そ、そうなんだ。」
リーシェは人よりも規格外に魔力が多いから吸われてることに全く気付いていないようだった。アルティは、このまま放置して良いものかとしばし考えたが、現状リーシェに特に害があるような感じではなさそうなので様子を見ることにした。
「ところで、リーシェこのネックレス、昨日付けてなかったよね。何処で入手したの?」
リーシェにペンダントを返して、話を戻した。
「実はね。アルティと別れたあとに図書館でね、召喚魔術の本を読み漁ってたんだけど、その時に変な本を発見してね。」
「変な本?」
「そう、変な本。なんか―――あれ?どんな本だったけ?」
おかしい、昨日確かに手に取り、見て、会話のしたはずの本の見た身が思い出せない。
「どうしたの?」
「思い出せないの・・・さっきまで・・・アルティに話す直前まで覚えていたはずなのに・・・なんで、なんで、なんで・・・」
自分自身の記憶に何かすごく強烈な違和感を覚えた。
昨日あったことを思い返してみる。
昨日確か、図書館で変な本に・・・
―――変な本て何だっけ?
選ばれたって・・・
―――何に選ばれた?
凄いものを召喚出来るって・・・
―――何を召喚出来る?
金の印章が・・・
―――印章ってなんだ?
思い出そうとすればするほど、記憶が薄れていく―――
自分じゃない声が頭に響く。
しょ喚ju文・・・
―――呪文って何?
■■■・・・
―――■■■て何?
ゴEty
―――なに?
わたしは・・・
―――あなたは
なに。
無数の顔が、こちらを見ていた。
それは10や20ではなく、360度視界を埋めつくしていた。
―――私は
なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに、なに―――
自分ではない言葉が思考が頭の中に洪水のようになだれ込み、思考がぐちゃぐちゃになり、激しい頭痛に苛まれて、頭を抱え、椅子から崩れるように、テラスの床に倒れこんだ。
「あ・・・ああぁ―――あッぎぃぃぃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「リーシェどうしたの!?ねぇ、ちょっと、大丈夫!?」
倒れ込んだリーシェに慌てて駆け寄り、体を起こす。
目の焦点が定まらず、光を失った瞳は、せわしなく動いていて、体を小刻みに痙攣させながら、呻き声のような悲鳴をあげていた。
「ねぇ、しっかりして!ねぇってば、リーシェ、リーシェ!!」
リーシェの肩を抱き、涙声で必死に呼びかける。
「ああぁあぁぁあぁあァあぁぁぁぁぁぁぁ」
しかし、アルティの呼びかけにリーシェには反応すらせず、痙攣しながら、呻き声のような悲鳴をあげるだけであった。
「なんだ。どうしたんだ。」
「誰か倒れたみたい。」
「おいおい、マジかよ。」
「おい、あれ普通じゃねーぞ。」
「だれか、先生呼んでこいよ。」
アルティの大声に、テラスにいた生徒たちが周り集まりだし、騒ぎを聞きつけてた室内生徒たちまでもがテラスに集まり、蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。
「リーシェ、リーシェ・・・しっがりしてぇ・・・あぁ・・・誰かぁ・・・誰かあぁぁぁ!!」
リーシェを抱きしめながら涙でぐしゃぐしゃの顔で叫びながら、周囲に助けを求める。
「あ~。ちょっとごめんね。通してくれるかな。」
1人の女生徒がリーシェ達の周りにいた生徒達に声を掛けると騒いでいた生徒達が彼女の顔を見るなり一斉に、道を開けた。
「お、おいあの人は!」
「マジか、どうしてこんなところに十二魔戦将がいるんだ!」
「えっ、じゃあ、あの人があの〝精霊の巫女〟の」
「間違いない。十二魔戦将の序列五位、ミナト・マカベ様だな。」
腰ほどの長さのある、長くしなやかな黒髪に碧眼の童顔の少女、ミナト・マカベは彼女は魔戦学園生1100人の中の頂点に君臨する学園最強の12人、十二魔戦将の内の一人で、〝精霊の巫女〟の2つ名を持つ、校内序列五位の精霊魔術の天才である。
「何かあったみいだけど、いったいどうしたの?」
ミナトは不安そうな顔で、足早にアルティ達の元に近づいた。
「あぁ・・・お願いです、助けてください・・・リーシェが・・・」
近づいてくるミナトに気づいたアルティは、ミナトの制服の裾を掴んで、泣きながら懇願する。
「いきなり頭を抱えて、いきなり倒れたんです。それからずっとこの状態で―――」
まくし立てるように、しゃべるアルティに、優しく頭を撫でて
「わかった。ちょっと落ち着いて。その子の様子をみせて。」
アルティの腕の中のリーシェをテラスの床に寝かせて、ミナトはリーシェの状態を確認する。
「あぁあぁぁぁあがあぁああぁぁ」
相変わらずうめき声のような悲鳴をあげながら、痙攣しているリーシェの目を見て、ミナトの顔は一瞬で真っ青になった。
「そんな・・・なんてこった・・・ここまで精神汚染が・・・」
小さく呟き、周りに視線を向けて、即座に指示を飛ばした。
「そこの君と横の君。職員室に行って、治癒系魔術と精神系魔術の先生を呼べるだけ呼んできて。」
指差しで指名された2人の生徒は一瞬戸惑ったものの、かなり深刻な事態であることを察し、学園に向かい駆け出した。
「ここにいる生徒の中に、解呪か精神耐性あと、回復が使える生徒は全員この子にかけてあげて!!」
ミナトの呼び掛けに何人かの生徒たちは、大小様々な杖や魔導書を掲げて、詠唱を始めた。
「「「彼の者の呪詛を解きたまえ、解呪」」」
「「「彼の者の精神強靭にしたまえ、精神強化」」」
「「「彼の者を癒しのたまえ、回復」」」
緑、赤、白色の光が灯り、リーシェに殺到し、光に包まれた。
しかし、リーシェの様子に変化はなかった。
「みんな、先生達が来るまで続けて!」
「にしても、これは思ってたより強力そうだね。」
「あの・・・リーシェはどういう状況なのでしょうか?」
「ええと、アルティちゃん、だったね?この子は今、何らかの理由で、強固な精神世界に引き込まれた結果、精神汚染を受けていると思われるの。」
「精神汚染・・・どうして突然。」
「原因は私もよくわからないけど、本来このクラスの精神汚染なんて、禁書クラスの魔導書でも読まない限り起こり得ないとおもうんだけどなぁ。」
(禁書クラスの魔導書・・・それって・・・)
アルティはさっきリーシェが言いかけた変な本のことを思い出した。
「そう、禁書目録クラスの魔導書は読むだけで人の精神を破壊する呪いを秘めていたりするらしい。」
そのミナトの一言でアルティ考えはほぼ確信に変わった。
「もしかしてリーシェの言っていた変な本が関係しているんじゃ・・・」
「変な本?それ詳しく教えて!!」
「い、いえ、私も詳しくは聞いていませんが、昨日図書館で変な本を見つけて読んだみたいで・・・」
「うん・・・それで。」
「その本の詳細を話そうとしたみたいなんですけど、いきなり『思い出せない』って言って考え込んで、その直後に頭を抑えて倒れ込んで今に至ります。」
アルティはできるだけ簡潔にミナトに説明した。
「つまり、その変な本を読んだ時は特に何も起こらなかったみたいだけど、本のことを人に話したからこうなった。って事で概ね合ってるかな?」
「はい。」
ミナトは眉間に皺を寄せ、数秒ほど考えてから言葉を発した。
「恐らく、読む分には特に影響はないけど、人に話すと記憶消去と精神破壊を起こす呪いが発動する仕組みになっているのかな・・・そんなの聞いたことないけど・・・」
「記憶消去と精神破壊・・・じゃあ・・・リーシェは・・・」
「このまま放っておいたら、この子は廃人に・・・いや、最悪死ぬかもしれない。」
「そんな・・・」
「こうなった時の対処法は、解呪と精神強化と回復魔術を精神汚染が掻き消されるほどありったけ掛けて、無理矢理現実に引き戻す以外にないんだ。」
制服の上着を脱いで、下に着ていた白色の丸衿のブラウスの袖を肘まで捲った。
「本来なら、宮廷魔術師クラスの魔術師が10人がかりで行うんだけど、これだけ生徒がいれば、先生達が来るまでは、取り敢えず問題ないかな。」
ミナトはそう言って周りを見た。釣られてアルティも周りを見ると、先程は5、6人程しかいなかった呪文を唱えていた生徒が、20人にまで増えていた。
どうやら、他の生徒が食堂や寮から集めてきてくれたらしい。
「さて。私も他の子に負けてられないな。」
両手をリーシェに向けて、精霊召喚の詠唱を始めた。
「来たれ、霊界より来たりしもの―――」
20m以上はありそうな赤い六芒星の魔方陣がリーシェを中心に足元に現れた。
「世の理を越え、精霊の巫女たる我が願い奉る―――」
魔方陣は赤く輝きだし、それが炎へと変わる。
「彼の者を癒し、強靭なる精神を与えたまへ―――」
詠唱が終わる頃には、魔方陣全体が炎で包まれていた。
「来たれ、生命の精霊―――フェニックス!!」
ミナトの呼び声と共に、魔方陣の炎が頭上に集まり、10mはありそうな巨大な火の鳥となり、リーシェの上に舞を降り、巨大な翼で覆い被さる。
火柱が上がり広範囲に火の粉が降り注いだ。
「これは・・・」
「魔力がみなぎる・・・」
「傷が治っていく・・・」
「体が軽くなった・・・」
炎や火の粉に触れた生徒達は赤い光に包まれ、たちまち体が癒えていく。
「フェニックスは、生命と再生、そして輪廻を司る上位精霊、その炎はあらゆる生物の傷や呪い、精神を癒す効果がある。さて、あとは・・・アルティさんはこの子の呼び続けて。そこからはこの子の気力次第だね。」
「リーシェお願い戻ってきて!!」
アルティはリーシェの両手を握りしめ、呼びかけ続けてた。
********************************
「ここは・・・何処・・・」
リーシェはいつの間にか、草原に寝そべって空を見上げていた。
草原と言っても濃い霧がかかっていて、空は見えず、周囲も4、5m程しか見えない。
『ここは、神層。人ならざる者の世界―――』
幼い女の子のような声が何処から途もなくして、景色が暗転した。
足元が砕けた硝子のように崩れ落ち、昇る訳でも落ちるわけでもない、重力がないような不思議な浮遊感に襲われ、何もない暗闇に放り出された。
「真っ暗で何もない見えないなぁ。」
いきなり何もない空間放り出されたにも関わらず、リーシェには何故か恐怖感はなく、自分でも驚くほど落ち着いていた。
『人の果て、生命の果て、星の果て、世界の果て―――』
見渡す限りの暗黒の世界に、1つの光が灯る。
「神層?」
『そう、神層。神の世界―――』
ひとつまたひとつと、光が灯る。
『そして。ここは、神層の最下層―――』
先程からぽつりぽつりと増えていた光が、いきなりぶわっと増えて、視界を覆い尽くした。
「わぁ―――」
リーシェの視界を覆い尽くしたもの、それは、すべて光輝く星であった。
地上から見える星空とは違い、360度すべてが星に包まれていた。
「まるで、星の海だね。」
見たことのない、モヤモヤした星雲やカラフルな惑星に、目を奪われていた。
『ここは、神聖領域―――』
「神聖領域?」
声がすると同時に、突然周りの景色が物凄い勢いで流れるように移り変わっていく。
灼熱の砂漠、賑わう都市、放し飼いの羊の群れ、草原で遊ぶ子供達、畑を耕す大人達、幸せそうな家庭、次々とまるで早送りの映像のように次々と変わる。
とても平和な世界の様子だった。
しかし、ある家庭の母親がコーヒーカップを落とし割れてた瞬間に、それまでとても平和だった光景は一瞬で地獄と化した。
2つの異なる国旗を掲げる鎧を着た兵士達が殺し合い、広い草原は、屍の山を築き、都市は燃え盛り、逃げ惑うを人達を女も子供も老人も無差別に次々と殺していく。兵士に数人に押さえつけ泣き叫びながら、犯される母と子。その様子を眺め笑う兵士、兵士に押さえつけられた父親が兵士に泣き叫びながらありったけの罵詈雑言を浴びせる。首輪を付けられた人達の行進、次々と餓死で倒れていく人達、燃やされる人達、都市の門に晒される大量の首、都市に吊るされ人々、黒いコートを着た人達に無理矢理連れていかれる女性達、ありもしない罪をでっち上げらる拷問の末に死んでいく女の子達―――
「うっ・・・」
口に手を当て、目を瞑った。
見ていられなかった。女性の助けを求める悲鳴も親を失った子供の慟哭も怒り狂う男性の声も無残に殺された人々の怨嗟の声も兵士達の醜い笑い声も―――
『これは世界の記録―――』
しかし、目を瞑っても耳を塞いでも、頭のなかに中にその映像が音が鮮明に雪崩のように流れ込んでくる。
「もうやめて!!」
なだれ込んでくる地獄のような光景と幾つもの人の怨嗟の声に頭が割れそうな痛みと吐き気が込み上げてくる。
『これが人が歴史、人の罪。そしてお前の罪―――』
「違う。私はこんなこと知らない。」
『知ろうとしなかっただけ―――』
「違う!」
『見ようとすらしなかっただけ―――』
「違う!!」
『助けようとしなかっただけ―――』
「違う!!!」
「そんなの知らないよ!だいたい私一人で何ができるって言うの!なんで私なの!私なんかよりもっとずっと適任がいるでしょう!」
頭を抱えて座り込みながら何処からか聞こえる声に向かって大声で叫んだ。
『それはお前の罪、無力な罪、無知な罪、他者に帰す罪、戦わない罪、幸せな罪傲慢な罪、怠惰な罪―――』
先程の幼い女の子のような声は、色々な声が混じり合って濁った声に変わっていた。
「違う違う違う違う。そんなの私のせいじゃない!!!」
頭を振って、必死に否定する。
しかし、声は無慈悲に休みなく言葉を続く。
『嫉妬の罪、泣く罪、逃避の罪、食べる罪、飲む罪、産まれてきた罪、生きている罪、死んでない罪―――』
声が、罪を数える度に頭のなかに、地獄のような光景が溢れ、怨嗟の声が大きくなる。
「いやいやいや!お願いもうやめて!!」
頭を抱えて、蹲り泣き叫ぶ。
『罪を悔いよ。悔い改めよ。罪には裁きを、罰に怨嗟を、身体に痛苦を、精神に苦悩を―――』
ズルズル―――ズルズル―――
なにかが這出るような音がする。
「はぁぁ―――はぁぁ―――」
肩で息をしながら地獄のような光景が繰り返されて頭が割れそうな頭痛がする頭を僅かに上げて、周囲を見た。激しい頭痛のせいで視界が歪みピントが合わない、しかし、なにか人型の物が足元から這い出て来て、それがこちらに向かって足を引きずりながら近づいてくる。それも10や20じゃない、かなりの数がリーシェに向かって来る。
「―――ッ!?」
それはどう見てもヤバイもので、捕まったらただじゃ済まないだろう。
リーシェは這いつくばりながら必死に両手を動かし、捕まるまいと前に前にゆっくり移動する。
「はぁはぁ、逃げ・・・なきゃ・・・」
『汝の罪を受け入れよ。汝の罰を受け入れよ。汝の死を受け入れよ。汝の永遠を受け入れよ―――』
また声が至る方向がして、更に頭のなかの地獄のような光景が増えて、怨嗟声は更に大きくなる。
「あぎいぃぃぃぃいいッ―――」
頭が潰れそうな激痛が走り、全身が痛みでひきつけを起こし、その場から動けなくなった。
(あぁ・・・このまま・・・)
もはやほとんど何も見えない生気のない瞳で、前から足を引きずりながら来る何かを見つめながら、リーシェは自分の死を悟った。
(死ぬのかな・・・)
最早考える力すら残っていなかった。
ゆっくりと瞳を閉じて、死が訪れるのを待った。
『―――シェ―――』
暗闇の中から、怨嗟以外の声が微かに聞こえる。
―――誰の声だったかな。
『リ―――シェ―――』
―――まただ、また聞こえた。さっきより大きい。
『リーシェ―――』
―――今度ははっきり聞こえた。呼ばれている?
『リーシェ!!』
―――そうだ。呼ばれている。
『リーシェ!!帰ってきて。』
―――そうだ。これは現実じゃない。
リーシェは目を見開き、両手にありったけの力を込めて、体を僅かに持ち上げる。
「ぐっぁぁぁぁぁぁ―――」
右手側に体を投げ出し仰向けになる。
地獄のような光景の中に、星のように輝く光が見えた。
「こんなものが現実なんて認めるものかあぁぁぁぁぁぁ!!」
雄叫びを上げて、光に向かって手を伸ばす。
その時の人形ものがリーシェの足首を掴んで、足の甲に齧りつかれ鋭い痛みが走った。
『汝の罪を受け入れよ。汝の罰を受け入れよ。汝の死を受け入れよ。汝の永遠を受け入れよ―――』
追い討ちと言わんばかりに声がした。
「んッぐぅぅぅぅぅ―――」
痛みも声も全て無視して手を伸ばす。
『リーシェこっちだよ―――』
光が先程より強く光る。
人型がリーシェに殺到して、足首、脹ら脛、太腿、腕、肩、脇腹、首、に齧りつかれ、頭が真っ白になりそうな痛みが全身に駆け抜ける。
「んぎぃぃぃぃいい」
それでも諦めず、全身の肉裂かれる激痛に耐えながら、体を無理やり起こし、手を伸ばす。
『リーシェ来て!!』
光が更に強さをまし、手を差し伸べられた。
「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
最後の力を振り絞り、その手を掴んだ。
その直後眩いばかりの光にリーシェは包まれて、思わす目を瞑った。
「リーシェ、リーシェお願い戻ってきて!!」
名前を呼ばれて、瞼を開けた。涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔のアルティが目には入った。
「ただいま・・・」
「リーシ―――」
アルティが名前を呼び終わるのを待たずに、全力で強く抱きしめた。
「ありがとう。アルティ・・・ちゃんと・・・声・・・届いてたよ。」
「リーシェ・・・ううぁぁあぁぁぁ―――」
お互いの存在を確かめ合うかのように、強く抱き合って、声を上げて感涙を流した。
「「「よッしぁぁぁぁぁぁ!!」」」
周りの生徒から一斉に歓声があがる。
「良かった・・・」
精霊召喚魔術を解除したミナトは、安堵してテラスに腰を下ろした。
「ふぅ〜。しかし朝から疲れたなぁ。今日の授業サボろうかなぁ・・・」
ミナトの一言は周りの歓声にかき消されて、誰の耳にも届かなかった。
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