終夜の話・壱
気づいた時、あたしは見た事もない場所に倒れていた。
何か、妙に暗い。まだ、午前中の筈なのに。
いや。暗いと言うのは、語弊があるかも知れない。光は、あった。辺りは、確かに光に満たされている。ただ、それが太陽や炎のギラギラとした光じゃない。仄暗く、透き通った光だ。
フラフラする頭。吐き気を堪えながら、身を起こす。
大きく息をつくと、冷たく澄んだ空気が胸を満たす。吸い慣れたスモッグで濁った空気じゃない。それだけで、ここが今まで暮らしていた場所じゃない事が知れた。
空を仰ぐと、そこには夜空が広がっていた。ただ、それもまた、あたしが見知る排煙に覆われた空じゃない。煙どころか、雲も星もない。どこまでも遠い。遠い空。その中心に大きな。大きくて真っ青な満月が座していた。
「何……ここ……?」
呟いて周りを見回した瞬間、あたしと同じ様に倒れているシェミーや皆の姿が目に入った。
「シ、シェミー!?」
慌てて、シェミーを抱き起こす。その身体に、温もりと呼吸がある事にホッとしていると、背後から声が飛んできた。
「心配いらんよ。皆、気絶しているだけさ」
振り返ると、そこには黒衣を揺らす魔女の姉弟。サヤとコウヤが立っていた。
「あんた達……」
あたしはシェミーを抱いたまま、彼女達に食ってかかる。
「一体、何をしたの!?ここは何処!?あたし達を、どうするつもり!?」
けれど、そんなあたしにサヤは相変わらずの薄笑みを浮かべた顔で言う。
「何を怒っている?君達はもう私の所有物だ。それをどう扱おうと、私の自由だろう?」
「何を……」
「だから、そうやって気に入りを虐めるのはやめろって」
頭に上りかけた血を、コウヤの平々担とした声がストンと下げた。
「君も、こうなったからには慣れておくれ。この女はこう言うノリなんだから」
言いながら、隣りのサヤの帽子をトントンとつつく。
「おや?随分とトゲのある言い方をしてくれるじゃないか。煌夜」
「後を取り繕うのは、いつも僕なんだ。トゲの一つも生えるだろうさ」
「女性に贈る花のトゲは抜くものだぞ?」
「それで傷つく玉じゃないだろ。姉さんは」
「ほほう。言ってくれるじゃないか」
カヤカヤと言い合う二人。その様子に、あたしはすっかり毒気を抜かれてしまう。
「ああ、もういいわ」
そう言うと、二人は揃ってこっちを見た。
「おや、大分物分りは良くなったらしいね」
「そう言ってくれると、助かるよ」
しゃあしゃあとそんな事を言う二人。
そんな彼女達に、改めて訊く。
「とにかく、知らなきゃいけない事は教えてよ。ここは何処?あたし達は、どうなるの?」
「ああ、それなら心配いらんよ。皆が目を覚ましたら、まとめて話をしよう。その方が、話は早いだろうさ」
「それまで休んでおいで。まだ、次元転送の負荷が残っているだろう。それに……」
あたしの問いにそう答えると、コウヤは背後の暗闇を振り返る。
「もうじき、迎えが来る」
黒い視線が見通す闇の向こう。そこで、微かな光が揺れた様な気がした。