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月下奇譚  作者: 土斑猫
六夜の話
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六夜の話・終

 バーの中は、皆のどよめく声で満ちていた。


 飛び込んだあたしも、その場であんぐりと口を開けて固まってしまった。


 皆の視線の中心。そこには腰を抜かしたエイブラムと、あいも変わらず平々坦とした顔で彼を見下ろすコウヤの姿があった。けれど、本当に皆の目を釘付けにしているのは、彼らの中心にあるもの。


 ……それは、眩く輝く金の延べ棒の山だった。





 「ぼ……坊ちゃん……。い、今、な、何と、と……?」



 呂律の回らない調子で口をパクパクさせるエイブラム。彼に向かって、コウヤは言う。



 「言った通りだよ。これで、この宿の(ひと)達、全員身請けしたい」

 「あ……」



 彼の言葉に、あたしは思わず息を飲んだ。



 (――いいものが、見れるだろうよ――)



 サヤの言葉が、脳裏を過ぎった。



 「どうだい?良しと言ってくれるかな。嫌だと言うなら、この話はなかったと言う事に……」

 「と、とんでもない!!滅相もない!!譲ります!!女共も!!この宿も!!全部、全部お渡しいたします!!」



 半ば悲鳴の様な叫びを上げると、エイブラムは浅ましく金塊の山に飛びついた。





 その後の展開は、文字通り嵐の様だった。


 ズタ袋に金塊を詰め込んだエイブラムは、自分の荷物を適当にまとめるとさっさと宿を出て行ってしまった。


 多分、何処かで一軒家でも買って悠々自適に暮らすつもりなのだろう。あの金の山には、それが出来るだけの値がつく筈だ。


 取り残された皆は、ただ呆然と立ち尽くす。


 あたしは、フラフラとコウヤに近づくと彼を強く抱き締めた。



 「ありがとう……。コウヤ。あたしのお願い、聞いてくれたんだね」

 「君のためじゃないよ。姉さんに言われたからね」



 あたしの抱擁に顔を赤らめもせず、そっけない調子で答える彼。



 「それよりも、離れなよ。想い人がやきもきしてる」



 言われて振り返ると、シェミーが複雑そうな顔でこっちを見ていた。慌てて、コウヤから離れる。



 「セシル……」

 「ち、違うよ!!シェミー!!彼とはそう言う関係じゃない!!」

 「え……?でも……」

 「そうよ。セシル。どういう事なの?」



 戸惑う皆の中から出てきたのは、ベティーナ。彼女も、当惑した顔であたしに訊いてくる。



 「一体、その子に何をお願いしたの?わたし達は、一体どうなったの?」

 「えと……それは……」



 皆の視線が、あたしに集中する。

 何と説明したらいいのだろう。あたしが、言葉に詰まったその時――



 「私が、説明しようか?」



 背後から、その声が響いた。


 一斉に向けられる視線。そこには、帽子を被り、黒衣をまとったサヤが立っていた。

 彼女は、言う。



 「万事、上手くいった様だね。煌夜(こうや)

 「大した事じゃない。お金で話がつく相手なら、一番易いよ」

 「違いない」



 クックと笑うサヤ。

 そんな彼女を見たシンディが、不安げな声を上げる。



 「あ、貴女、誰?」



 他の皆も、同じ様に不安に彩られた顔をしている。

 無理もない。この半月、彼女は魔法に守られた部屋にこもり、あたし以外の誰にも姿を晒さずにいた。

 皆にとっては、見知らぬ相手が突然降って沸いた様なもの。戸惑うのも、当たり前だ。加えて、サヤのこの格好。はっきり言って、怖い。



 「誰も彼もないさね。私は、君達の新しいご主人様さ」

 「あ、あちし達の……」

 「新しい主人……?」



 つかつかと近づいて来る、サヤ。得体の知れない圧力に、皆が後ずさる。あたしは、怯えている様子のシェミーにそっと寄り添う。


 朱い瞳を楽しげに揺らしながら、サヤは言う。



 「君達はね、私に売られたんだよ。その娘にね」



 意地悪く笑みながら、あたしを指差すサヤ。その試す様な視線を、あたしは真正面から睨み返す。



 「売った?私達を?」

 「どういう事!?」



 騒ぎ出す、皆。満ちていく不穏な空気に、シェミーが不安げな視線をあたしに向ける。



 「セシル……」

 「大丈夫……。あたしを、信じて……」



 そんな彼女の手を、あたしはしっかりと握る。

 その時――



 「皆、落ち着いて」



 強い声が響いて、ざわめく皆を静めた。


 ベティーナだった。最年長の彼女は、こんな時必ずリーダー役をかって前に出る。

 今回も皆の思いを背に負って、臆する事なく魔女の前に立った。


 彼女は凛とした声で、サヤに問う。



 「話は聞きました。今回、貴女がわたし達の身を買ったと?」



 ベティーナは大人の女性。見た目、あたしとさして年差のないサヤよりも、拳一つ程背が高い。自然と、見下ろされる形になる。けれど、サヤもそんな事で威圧される様な玉じゃない。


 ベティーナの強い視線を受け止めて、彼女はやっぱりニタニタ笑う。



 「そうさ。何か、質問でもあるかい?」

 「それでは、これからは貴女がわたし達の雇い主になるのですね?」

 「ああ」

 「なら、一つだけお願いがあります」

 「自分達の……いや、他の娘達の生活は保証して欲しいと?」

 「!?」



 割り込む様に発せられた、サヤの言葉。ベティーナが、驚いた様に息を呑む。

 心を読んだな。

 あたしは、察する。



 「君も、なかなかに面白い娘だね。こんな状況にあって、自分よりも他人の心配をするかい?」



 からかう様な声音で言うサヤ。けれど、ベティーナもすぐに己を立て直す。



 「宿(ここ)の娘達は、皆家族も同然です。他を蔑ろにして、己の益ばかりを求める娘など誰もいません」

 「ほう?」



 サヤが笑む。人をからかう時の、嫌な笑顔だ。



 「その娘は、君達を売ったと言うのに?」



 そう言って示すのは、あたし。ズキンと、胸が痛む。だけど、



 「セシルがそうしたのなら、それはわたし達の為になると思ったからでしょう」



 ベティーナは、そうキッパリと言ってのけた。そして、その言葉に応じる様に皆が頷いた。



 「セシルは、自分の為だけにあちし達を売る様な娘じゃないよ!!」

 「そうだ!!あんたなんかより、私達の方がこの娘を知ってるんだ!!」



 皆が、口々に叫ぶ。息を飲むあたしの手を、強い力がギュッと包む。横を見れば、あたしの手を握ったシェミーがニコッと微笑んで頷いた。



 「………」

 「………」



 皆とサヤが、無言でにらみ合う。

 しばしの間。

 そして――



 「くふ……」



 唐突に、サヤがその肩を揺らした。



 「くふふふふ、あはははははははは!!」



 高らかに笑い始めるサヤ。楽しそうに。そして、嬉しそうに。

 呆気に取られるあたし達を睥睨し、魔女は言い放つ。唯一愛する、従者に向かって。



 「見たかい!?聞いたかい!?煌夜!!」

 「ああ」

 「どうやら、私達は思いもがけなく良い買い物をした様だ!!」



 途端――



 ズルリッ



 サヤの黒衣から、何かが滑り出した。黒い蛇影の様に腕を這い降りたそれは、彼女の手の中で渦を巻く。


 あたし達の目の前で、見上げる程に伸び上がったそれは杖。夜闇の様に黒い、魔法使いの杖だった。

 それを振りかざして、魔女は言う。



 「いいだろう!!君達の死、残さず私が喰らい尽くす!!」



 ブワッ



 突然、黒杖の先が弾けた。



 ギョロリ



 割れ散った闇の中に、真っ赤に濁った眼球が開く。そして、



 ゾワッ ゾワワワワッ



 その目を中心に、物凄い勢いで闇が広がる。



 「な、何!?」

 「何なの!?これ!!」



 見る見るうちに闇に覆われていく世界。驚き怯える皆の声が聞こえる。それをかき消す様に響くのは、魔女の哄笑。



 「さあ!!おいで、可愛い娘らよ!!愚かな神の手届かぬ、闇の褥に!!」



 ザザザザザッ



 蠢く闇に包まれながら、あたしとシェミーはひしと抱き合う。



 「セシル!!」

 「大丈夫!!大丈夫だよ!!」



 そんなあたし達の声さえも、闇色の嵐は飲み込んでいく。

 そして、全てが閉ざされて――





 その日、とある街から一つの娼館が消えた。





                            終わり

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