巻末~花の国で~
少女の母親は知っていた。
絵本の中の精霊使いはおそらくフィオナのことだろう。
彼女は確かに、国王の地位を狙った大臣の事件にもかかわった。
生涯の大半は精霊の力に恵まれず、花売りや薬草売りに励んでいた時期も多いという。
だが、救国の巫女であった事実に変わりない。だが、救世主は国王であり続けた、巫女であってはならなかった。巫女だけの力で解決しても。たとえ責められるべきは国王であったとしても。
彼女は奴隷身分上がりで、貴族からも陰で反感を買っていたのだろう。
だから絵本の中の彼女は矮小化された。まさか、三百年前の災厄からアルフィリアを守った巫女と同一人物だと、私以外は誰も知らないだろう。
少女の母親は王城の扉へ降りてゆく。
「巫女様、奴隷の準備はできました、いつでも捧げられます」
「生贄はよい、絶対に生きて帰す」
不安げに見上げる奴隷と兵士達に告げ、外へと向かって歩き続ける。
横を歩くのは青いドレスの少女、全ては彼女が教えてくれた。
もう、彼女の姿を見ることのできる者はほとんどいない。
数多くの戦で精霊達は人を見捨て、もはや精霊契約は遠い過去の残照となった。絵本の時代とは状況が違う。
それでも選ばれし精霊使いは精霊の想いを忘れ、自らの願いのためだけに力に溺れ、過ちを繰り返す。
扉を開ければ青い花園。ここは花の国アルフィリア。そう、物語の少女が築いた光景。生涯にわたり花を届けた証拠。
「また私を助けてくれる?」
「ええ、守ってあげる。約束だよ」
「それなら行こう、リリア」
「じゃあ、私を受け入れて」
巫女はリリアをそっと宿した。
もう彼女は力が無いわけではない。この地に咲く花たちが歌う旋律が巫女の中に響く。
私たちが為すことは誰にも傷つけず、迫り来る最後の災厄を受け止めること。
もう、せめてという言葉はいらない。巫女は城から飛び出した。
ならば私達に再びの平穏を。矛先の全てに花束を。
誰も傷つけることの無い花束を、叶うなら世界中に……。




