せめて夢くらい…。
クラウド視点です。
春の宴から少し未来の話。
**********
(クラウド)
輝く銀の髪は風に揺れ、その立ち姿からは清廉な雰囲気が漂う。目の前にいるのは、求めて止まない女性。その均整のとれた魅惑的な身体に、吸い寄せられるように近づくと、可愛らしい青い瞳が微笑みながら私を見上げた。
そっと抱き締めれば、ほのかな甘い香りに、男とは異なる小さくて柔らかい身体。
ひと度 剣を持ち相対すれば、その姿は剛胆でしなやかに、僅かなりとも気を抜くことが出来ない強者。
なのに、こうして腕に囲ってしまえば、どこまでも甘く柔らかい。
腕の中でやや目を伏せて戸惑うように身動ぎをする彼女をギュッと抱き締めながら、こめかみにキスをする。
額に、頬にと、キスした後、耳元に唇を寄せて愛しい名を囁く。彼女がビクッと身体を震わせ、首もとまでうっすらと紅色に染める様子を目を細めて眺めた。耳が弱いらしい彼女が、予想通りのいい反応を示したことに私は気をよくした。
そのまま彼女の顎を持ち上げ、唇にそっと口付けを落とす。しっとりとした彼女の唇は少し冷たく、そして酔うほどに甘い。
一度口付ければ何度でも欲しくなる。恥ずかしそうに逃げる桜色の唇を追いかけて何度も、何度も、その唇が温かくなるまで繰り返し求めた。
唇を重ねながら、込み上げてくる欲情を必死に抑える。
この白い項に吸い付いて私を刻み込み、そして戸惑い零れる貴女の涙を口にしながら、その柔らかい肌を直接堪能したい。抑えきれずに漏れた貴女の甘い声を、その唇ごと貪りたいなどと考えていることを知ったら、貴女はどんな表情をするのか。
早く、貴女が…欲しい。
狂おしくも甘く、幸福なのに とても苦しくて、目が覚める。
瞼を開ければ、鄙びた宿の天井が目に映った。もちろん、彼女がここにいる訳がない。
「くそっ…。」
小さく悪態をつくと、視界の端に、口をふさぎ必死に笑いを堪えている男が一人。
「あぁ。くそったれっ!」
同室の男の存在を思い出し、自己嫌悪から再び悪態が口から飛び出す。
「ぅはっ!あっはっは!くくっ。ふはっ!」
二度に渡る悪態は、男の笑いのツボを刺激したらしく、身体をくの時に曲げて激しく笑い出した。
そんな様子を恨みを込めて睨んだあと、身体を起こしてベッドの上に座ると、おもむろに頭を抱えた。何て最悪な目覚めだ。
しかしこの男には、そんな様子すら面白いらしく、実に楽しそうにしている。
「ふふっ。クラウド、そんなに落ち込まなくても…。大丈夫、ちょっと悩ましげに魘されてただけだよ。これで『愛してるよセレシア』なんて、甘い寝言でも言ってくれてたら、いいネタになったんだけど…あぁ残念。」
男はたいして感情の籠らない声で、残念だ残念だとしつこく繰り返す。
恥ずかしいセリフを言ってないことに安堵するも、先程の欲求不満 丸出しの夢を思い出し、知らず知らずに深い溜め息が落ちた。
夢まで我慢とか、これはもう重症ではないだろうか…。いや、我慢せずに最後まで夢見た場合、目覚めは地獄になっていただろう。それを思えば、これで良かったとも言える…。
どちらにしろ、やりきれない虚しさに苛まれる事は変わりないが…。
―ふふっ。
未だおさまらないらしい同室者の笑い声がやたらと勘に障る。
「いつまで他人の煩悩を笑っているんです?昔と比べて性格が悪くなったんじゃないですか?」
「そうかな?いや、これは笑うだろ。お前だって、まさか『あぁ、夢に見るまで我慢してるなんて…、お前の身体が心配だ。』なんて僕に言われたくないだろ?」
「慎んで遠慮しますね。」
しばらく会わないうちに、この人はずいぶんいい性格になったらしい。
「しかし…何をグズグズしてるんだ?あんなに強引に婚約しといて、まだ手を出してないなんて…。そのままの勢いでさっさと食べちゃえば良かったのに。それとも、本人の同意がまだ貰えてないのか?」
「……………必ず邪魔が入るんですよ。」
別に彼女に嫌がられているわけでも、好き好んで我慢しているわけではない。寸でのところでお預けを食らったあげく、四六時中 監視まで付けられているのに、どうやって手を出せと?
せっかく婚約者という立場をもぎ取ったのに、以前に増して二人になるのが難しいどころか、今では会うことすらままならない。
クラウドの言葉を聞き、男はポソリと呟く。
「……へえ。あのオッサン、大人げないな。」
その言葉に思わず同意してしまいそうになり、慌てて取り繕った。
「よくそんな口を……。たまに貴方が恐くなりますよ。」
「そう?」
あのアルですらあの人のことを“シスコン兄貴”と言うのが精々なのに、あろうことか“オッサン”はないだろ。
しかもこの男の場合、間違いなく分かって言ってるから、なお質が悪い。
普段は温厚で思慮深く穏やかなのに、たまにこういう毒を吐くのは反動なのか?
「………準備してきます。」
結局どれも、掘り下げたい話ではないので、足早に部屋を出ることを選んだ。
残された男は部屋のソファに深く座り足を組むと、先ほどとは違った穏やかな笑みを浮かべながら一人呟く。
「現時点で排除する気がないのだから、それなりにお前の事を認めているはずなのに…。それでも敢えて邪魔するあのオッサンは本当に大人げないな。」
どこか呆れた様子を滲ませながら呟かれた言葉は、誰にも届くことなくひっそりと部屋に消えていった。
番外編の更新はしばらく中止します。
本編続編が書き上がりましたら、更新を再開するつもりです。
本編 再開時期は今のところ未定です。
筆の進みが遅いので、随分先になるかと思います。