16話:コーヒー、呪物、ダンジョンにて
「さて、一通り回ったのでそろそろボス部屋……の前に情報整理をしよう」
俺はアイスカフェオレをテーブルの上に置く。
再びイシュメール・コーヒーへと戻ってきており、俺達は連戦の疲れを癒やして一息吐いていた。
実際、悪魔を降霊していようが殺し合いってのは疲れる。今日だけで殺した悪魔の数が百は下らないだろう。早く帰って風呂入って寝てぇ。
「OK。まずはヌエちゃん曰く、『この異界は黄泉に通じる』、『ボスは日本の悪魔で強くてしぶとい』、『不死殺しが無いと正面突破は無理』って話だったね」
月子は指を三本立て、期間限定のピーチフラペチーノを一口飲む。
見た目上は元気だが、月子も疲労していない訳がない。まぁ回復の泉だとかポーションや魔法による回復、エナジードレインの効果とかもあるから肉体的には本当に元気だったりするかもしれんが。
「一つ目の情報はクーシーの認識と一致する。三つ目の情報もトロールだとか猿夢といった小ボスの特徴から考えてもまず間違いないだろう。という訳で二つ目の情報も本当という前提で話を進める」
「まー、獄卒鬼とか亡者とか如何にも地獄でござい、って野良悪魔多いしね。見た目はホラーゲームのゾンビ寄りだったりするけど」
月子はうんざりした様子で肩を竦めた。
「で、そうなると恐らく用意しておいた方が良い物がある。呪詛耐性装備だ」
俺はシュメコのカタログを手に取る。フードドリンクではなく、武具やアイテムが載った物だ。
「あの女騎士っぽい悪魔から貰った指輪みたいな?」
「そうだ。サキュバスが耐性持ちだし『邪視の指輪』も有るから月子の方はそこまで耐性の強度必要ないと思うので……んー、『御庭番衆制式鎖帷子(禊ぎ済み)』で良いか」
手頃な品を見繕ってリストアップする。
ここでケチって死んだのでは意味が無いが、強力な呪物というのは扱う側の力量も求められるので背伸びをしても良くない。つまりはレベル制限である。
レベルが足りないと性能が落ちたり、武器に意識を乗っ取られたりするらしい。おっかねえな。
「じゃあ今着けている『魔女のケープ』は外すよ」
月子は悪魔降霊アプリを操作して装備スロットから防具を解除した。
霊体の呪物が物質化し、ふわりと月子の手の上に乗った。
武器のように直接装備する訳ではない物はこうして霊体としてアプリ内に取り込み、降霊する際に同時に〝纏う〟。言うなれば〝概念霊装〟だ。
「俺の方は……『甲種特殊死体処理装備』にしておくかなぁ」
「名前だけで嫌な雰囲気~」
月子がイーっと顔をしかめた。
正解。これは某隣国の民間会社で使われている物(輸入品)らしいが、用途としては土葬の地域で発生するある種の怪異……つまりは歩く死体を処理する為の装備だ。
「因みに乙種と丙種もあるが、丙種はゴミ、乙種も低級の屑霊相手なら使えるって程度の性能だ。別の所で戦ったゾンビが着てた」
「ミイラ取りがミイラになってるんだからお察しだねぇ。……いやそれ甲種大丈夫なの??」
「乙以下とは別物だから大丈夫。値段見てみろ、十倍以上違うだろ」
「うわ、本当だ。やっぱお金出さないとまともな物は買えないんだねぇ……」
「だなぁ……」
しみじみと俺達は世知辛さを噛み締める。
御庭番衆制式鎖帷子は九百DD、日本円にして九十万円。
甲種特殊死体処理装備は千六百DD、日本円にして百六十万円。
これだけでこの異界の中で稼いだ金額の半分が飛んで行くのだからまぁキツい。
って言うか今回の調査依頼、絶対ぇ報酬ふんだくってやる。
こんな異界を強制的に潜らされて日当五万とか割に合わな過ぎる。
《のう、マスターよ。防具も大切じゃが、武器と弾薬も必要じゃと思うぞ。あとこのカワイ子ちゃんにワシを紹介しとくれ》
勝手にスマホのアプリが起動したと思ったら、金髪の(見た目は)美少年がしゃしゃり出て来た。
「んなことは分かってるっての。……あー、月子、これはゼウ。自称天使のキューピッドだ。どうせ碌なこといわないから無視して良いぞ」
《ヘイヘーイ、未熟なお主を散々救ってやったワシに失礼過ぎるじゃろ。まぁええわい。それじゃ月子ちゃんごきげんよう! この唐変木に飽きたらいつでもワシに声を掛けとくれ!》
「あはは……、よ、よろしくね。……ちょっと、ねぇ、クロ」
ウィンクをするゼウに対して引き気味に挨拶を返した月子が俺の脇をつつく。
「何だ?」
「あの、もしかしてなんだけど、この似非ショタって何処ぞの神話のお偉いさんじゃ……?」
「……気にするな」
俺はポン、と月子の肩を叩いた。
世の中、見ない振りをしてた方が良いこともある。下手に敬ったりして調子に乗らせてもウザいし、|何か面倒臭いサブクエ《ギリシャ神話関係のイベント》始まったら嫌だし。
「……そうだね!」
どうやら俺の思いが伝わったらしく、月子はにっこり笑みを浮かべる。
「つー訳でショタジジイにもせっつかれたし銃弾も買います。武器は……、何か欲しいの有るか?」
「村正!」
ゲーマー美少女は元気良く答えた。
「買える訳ねーだろ」
よしんば予算が有ったとしてもレベル足りてねえし。
「ですよねー。じゃあ私は別に良いかな。肉屋の包丁と退魔チェーンソーで十分だし。クロは?」
月子に聞き返されて、俺はうーむと悩んだ。
「正直、長柄武器は余り得意じゃないからむしろナイフとかが欲しいんだよな」
肉屋の包丁を月子に渡したので処刑人の斧を装備しているが、こういう武器は不意打ちに向いてない。ドロップが偏ってて碌な短剣を引けてないから仕方なく使っているが。
「あんだけ首刎ねしてんのに得意じゃないとか良く言うよ。んーと……、お、これとか良いんじゃない? 『口裂魔』、お値段何と千百DD! ……ひょえ~」
月子が価格を見て変な声を上げているが、まぁ妥当だろう。
《それは口裂け女の原型が使っていたナイフよ。腕利きの悪魔狩りだったけれど自身が怪異になってしまうとは因果な話よね……。ま、性能からすると、別に高い金額ではないわ》
床の上をするすると滑るようにして金髪ツインテの人魚がやってくる。
流石に店員らしく営業トークもするらしい。いかにも呪われてそうな品ではあるが、まぁ悪魔を殺す為の武器なんてどれもそんな物だ。
《おお! 可愛い女の子がもう一人! なぁそこのお嬢さん、ワシとデート……》
「はいはい、話の邪魔だから黙っときなゼウっさん」
俺はスマホを操作して女好きのキューピッドとのビデオ通話を切る。
抗議文が即座に届くが、万が一お前がデートするとなったらスピリタイトを無駄に消費して実体を与えるか、俺が降霊してデートすることになるだろ。死ぬわ。
「それで……、実物を見せて貰いたいんだが」
《分かったわ》
あっさりと承諾され、鮮やかな装飾の鞘に納められた短刀が出された。
「鞘から抜いても?」
《どうぞ》
店員の許可を得て、俺は赤い鞘からナイフを抜く。
全長は25センチ、刀身は13センチでストレート、ダマスカス模様が見える。柄は木製に紐を巻き付けてグリップ力を強化している。重心は中心から2センチ先端寄り。
「……良いね」
俺は触り心地を確かめて頷いた。
切れ味についてはアナライズするまでもない逸品だ。投げるのにも向いてそうなのが特に良い。
「妙に似合っているね~。もしかして連続殺人鬼の経験有る?」
何やら月子が煽ってくるが、お前も同じ連続悪魔殺しだからな。
《で、いかがなさいますかお客様―? 一応言っておくけど、値切りは受け付けないから》
ジト目の人魚が購入するかどうかを催促して来た。
「買わせて貰う。一応でキープしといた短剣類は全部売るかな」
俺は回収していたドロップ品をDDCから取り出して卓上に並べる。
《……どれもガラクタね。纏めて五十DDで良い?》
「ああ。それと45ACPとポーションの補充に、『咒還しの蛇見』と『岐の護り』も欲しい」
《あら、奮発するのね。まぁアレを相手にするなら金を使い切るつもりで居るのが正しいでしょうけど》
金髪ツインテ人魚は大して興味も無さそうに商品を取り出した。
ほう? 口振り的に何か情報を持ってそうだな。
「店員さん、ここのボスがどんな悪魔か知ってるの?」
どうやら月子も気付いたらしく、積極的に情報収集判定していく。
《間借りしている以上、大家の顔位は見ておかなきゃでしょ。……はぁ、逃げても逃げても追い掛けて来るから本当にうんざりしたわ》
月子の質問にダウナー人魚はやれやれと軽く肩を竦めた。
喫茶店の店員をやってる位だからか、随分と地に足の着いた――人魚には不適切な表現だが――考え方をする。あの鵺もそうだが、現世と余りに近い。誰かと契約している悪魔なのだろう。
要は偵察として送り込まれているんだろうから、俺達が無理に攻略せずともこの異界をどこかの誰かが何とかしてくれる可能性もある。
まぁ、もし運良くそれであったとしても、その人物が俺達を処分しない保証もないが。
「へぇー、使うスキルとか弱点とか分かる?」
月子がそう聞くと、金髪人魚は片目を閉じて人差し指を色素の薄い唇にそっと当てる。
《悪いけどそれは教えられない。そう言う決まりなの》
「あらま」
情報と交換に金を求められるかと思いきや、そもそも教えることは出来ないらしい。
とはいえ、一から十まで答えを言われずとも分かることはある。
「……ありがとう。十分なヒントだった」
これまでの話を統合して考えれば、敵が何かを当てるのはそう難しくない。
《え?》
「……もしかして敵の正体が分かったの?」
首を傾げる人魚を他所に、月子は俺の発言を即座に理解した。
流石は我が幼馴染だ。
「ああ。それに弱点を突くアイテムも分かった」
「ほほう」
《……あら、面白いわね。言ってみなさいよ》
クールなマーメイドだかセイレーンだかが挑発的な目でこちらを見てくる。
この人魚、アナライズ通らないってことは相当格上なんだろうなぁ。まぁダンジョン内のショップ店員はメチャ強いのがお決まりなので納得ではある。
それはともかく、彼女が漏らしてくれた情報のお陰でここのボスの真名は決まりだ。
一応候補としては二つあるが、どちらにせよ弱点は同じ。
「……敵の弱点は、月子が今飲んでるそれ、だろ?」
俺は桃のたっぷり入ったフラペチーノを指差した。
*NOTE
サキュバス。別世界の認識で言う所の淫魔。男性から精気を吸い取って殺す悪魔。
同一の存在が男相手だとサキュバスになり、女相手だとインキュバスになるという話もある。その際は男から奪った精液で女を孕ませるのだとか。……つまり教会内で子供が出来てしまった時の言い訳に使われたりした。
一神教的にはその源流はアダムの最初の妻であるリリスにあり、アダムと別れたリリスは悪魔達と交わってリリムを生んだとされる。月子が付けた名前であるリリもそこから来ている。




