第2話 封じられた出口
墓地は広かった。
予想外に広かった。地下に何層も続いていて、各層に数十の区画がある。石棺は全部で何千個あるか数えたくない。
歩きながら、俺は気づいていた。
足音の刻み方を知っている——足裏の重心の置き方で音を最小化する歩き方。這い回った経験の痕跡みたいなものが、体の中にある。どこで覚えた?俺の記憶にはない。
でもそれは確かに「使える」。
気になったが後で考えることにした。今は出口が先だ。
三層目の下り階段を見つけて降りようとしたとき、上から音が聞こえた。
足音。複数。
重い靴底。等間隔の歩調。
訓練された人間の動き方だ、と俺はまた「どこかで覚えた知識」で判断した。
「……逃げる」
考えるより先に体が動いた。三層目の奥へ。石棺の陰に滑り込む。
松明の明かりが階段を照らした。三人、四人——五人か。全員が鎧を着ている。白い鎧だ。胸のところに環が刻まれている。
(白環教の兵士か)
この情報がどこから来たのかも分からない。でも合っている気がした。
「いた形跡はあります」と一人が言う。「最近まで人がいた。暖かさが残っている」
「追え。逃げるとしたらこの方向だ」
こっちに来る。
石棺の陰で、俺は息を潜めた。
心臓が速くなる。でも恐怖というより——緊張、とでも言うべき何かだった。勝負事の前の感覚に近い。
(俺は怖くないのか?)
不思議に思いながら、俺は周囲の残滓を感じた。
この区画の死者たちの記憶が、ざわめいた。
——そこの棺の蓋、重心が偏っている。叩けば音が跳ね返る。
——三歩先の床石が緩んでいる。踏めば沈む。
——抜け道は向かって左の壁、第三列の棺の後ろにある。
全部、この区画で死んだ誰かの記憶だ。生前にここを歩いたことがある誰かの、足の記憶。
俺はそれを、使った。
緩んだ床石を意図的に踏んだ。ゴン、と鈍い音が響いた。
兵士たちの注意がそっちへ向いた隙に、棺の後ろへ移動。壁に手をつく。
——こっから先は引き押しじゃなく上だ。
記憶が言った。俺は壁の特定の石を「上に押した」。
かちり、と音がして、石が動いた。狭い通路が現れた。
体を滑り込ませる。石を引き戻す。
真っ暗。
兵士たちの声が、壁越しに聞こえる。「逃げた?」「どこへ」「落ち着け、出口は封じてある」
封じてある。
俺は暗がりの中で、それを聞いて、少し考えた。
封じてあるということは、俺がここにいると知っていて来た。何日も前から計画して来た。
(俺を捕まえに来たのか)
なんのために?
答えは分からない。記憶がない。
でも分かることがある。
捕まったら、ろくなことにならない。
それだけで十分だ。
暗い通路を、奥へ進んだ。
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