第1話 声がうるさかった
声がうるさかった。
別に、誰かが喋っているわけじゃない。
喋っているのは死者だ。
もちろん死者は口を開かない。声帯も肺も、たいていの場合とっくに干上がっているか土に還っている。でもこの地下墓地の空気は——少なくとも俺の認識の中では——無数の残滓で満ちていて、それがひっきりなしに騒いでいる。
誰かが誰かを愛していたこと。
誰かが誰かを恨んでいたこと。
誰かが何かを諦めたこと。
誰かが何かを守ろうとして死んだこと。
全部が、全部、俺の頭の中に流れ込んでくる。
「……うるさい」
石の床に横たわったまま、俺は呟いた。誰に言ったわけでもない。死者に聞こえるとも思っていない。ただ言わないと気が済まなかった。
体を起こす。
全身が錆びついた機械みたいに軋んだ。寝ていたのか、気を失っていたのか、そもそも「起きた」という認識が正しいのかも分からない。記憶を辿ろうとすると、白いもやが邪魔をする。
名前はレイン。
それは知っている。なぜ知っているかは知らない。
ここは地下墓地。
それも見れば分かる。石造りの棺が無数に並んでいる。天井から細い光が差し込んでいる——どこかに亀裂が入っているらしい。その光が石の埃を照らして、白い柱を作っていた。
「綺麗だな」
俺は言って、すぐに打ち消した。
綺麗だと思っている場合じゃない。状況を把握しろ。
右手を見る。手首のあたりに、灰色の紋様が刻まれている。入れ墨というより刻印に近い。触れると少し熱い。これがいつからあるのかも分からない。
立ち上がる。足の感覚は正常だった。空腹感もある。水が飲みたい。
——ということは生きているらしい。
「なんで俺はここにいるんだ」
返事はない。当然だ。
でも、この墓地の声が——死者の残滓が——なんとなく「逃げろ」と言っている気がした。気がしただけかもしれない。でも俺は、その気がするという感覚を信じることにした。
理由がないのに信じるのは馬鹿らしいが、理由がないのに無視するのも同じくらい馬鹿らしい。
出口を探して歩き始めた。
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