表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
≪7/21完結≫転生令嬢の甘い?異世界スローライフ! ~神の遣いのもふもふを添えて~  作者: 芽生 11/14「ジュリとエレナの森の相談所」2巻発売!


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/68

SS マーサのひたむきな祈り


 この聖リディール正道院に訪れた日から、マーサの習慣に新たなものが一つ加わった。それは神への祈りである。

 貴族研修士ヴェイリス、平民研修士ラディリスと同じように、使用人たちも時間は異なるが神に祈るのだ。

 だが、そこでマーサには疑問が生まれた。

 それは皆は何を神に祈っているのかである。


「え、神に何を祈るか……ですか。それはやはり、人々の幸福と平和でしょうか。そのときにもよりますが、何か大きな問題や事件が国に起こればそちらの早期解決を祈りますね」

「……そうですか。ありがとうございます!」

「いえ、参考になれば」


 そう言ってグレースは微笑んで、雑草を摘み取る作業へと戻る。

 自給自足の考えに基づき、第一菜園、もとい第一庭園の手入れを念入りに行っているのだ。

 生真面目なグレースの祈りは模範解答だとマーサにも思えた。

 だが、研修士であるグレースと違い、そのような立派な考えはなんとなく自分には背伸びし過ぎだとマーサには思える。

 おそらく、神さまがいるならばそれすらも見透かされるだろう。

 マーサは他の人物に尋ねようと思う。せっかくならば、研修士ではなく自分に近い立場の者がいいだろう。そう思ったマーサは貴族用厨房へと走り出した。


「で、あたしらのとこに来たのかい? そうさね、何を祈っているかねぇ」


 改めて問われるとアレッタも返答に困った。

 毎日祈るのは仕事の一環だと捉えているアレッタは、特に何か考えた覚えがない。


「今日の料理の下準備はどうしようかとか、鮮度のいい野菜があるけど、何を作ろうかとかそんなことだね」

「……それは祈りではないのでは?」


 アレッタの答えにリリーが戸惑った表情を浮かべる。

 だが、アレッタは平然としたものだ。


「なに、神さまだってそんな度量の狭いことはないだろう。皆のための食事を懸命に考える。あたしの立派な仕事さ!」


 どこか誇らしげなアレッタの言葉に、そういうものかとマーサは頷く。

 しかし、祈りがそういうものだと勘違いしてはいけないとリリーはマーサに真剣な視線を向ける。


「確かに神さまは御心が広いかもしれないけれど、ちゃんとした祈りでないといけないわ。この間の聖女さまの問題でわかったでしょう?」

「確かに、歪んだ祈りは良くないらしいからねぇ。でも、あたしらには難しいよ。せめて、小さな幸せを祈るくらいかね」

「なるほど……参考になります!」


 アレッタの意見もリリーの意見もどちらも正しいようにマーサには思える。

 特に小さな幸せというのはマーサでも難しくはない。それにリリーの言葉から、神さまが度量の大きな人だと知れた。

 自分の小さな幸せを祈ることくらい許してくれるのだろう。

 マーサには祈ることがそこまで難しくないように思えてきた。


「よし! 私も小さな幸せを見つけて神さまに祈ってみます!」


 力強く断言したマーサだが、ちゃんと理解できたのだろうかとリリーもアレッタも不安げに視線を交わすのだった。



 

 次の日、朝の祈りを終えたマーサは自信満々といった様子で胸を張り、廊下を歩く。平民研修士ラディリスのグレースとリリー、厨房で働くアレッタに祈りの内容を教えて貰った。

 そのせいか、今日のマーサは心からの祈りを初めて神に捧げられた気がするのだ。いつもより堂々と歩くマーサはスカーレットの元に戻る。

 

「あら、マーサ。朝の祈りは終わったの?」

「はい! 今日はいつもより良い祈りを捧げることが出来ました!」

「そう、わたくしも後ほど祈祷舎に向かわなければいけないわね。……ねぇ、マーサ。いつもよりも良い祈りってどんなものなの?」


 スカーレットが日頃祈るのは遠く離れた家族のことだ。

 マーサの言葉を聞くまで、他の者の祈りなど気にしたことはなかったが、当然それぞれに祈りの内容は異なるはずだ。

 興味を持った様子のスカーレットにマーサは、大事な秘密を打ち明けるように小さな声で呟く。


「内緒ですよ。私は『美味しいお菓子を皆で食べられますように』そう祈りました! 歪んだ祈りは良くないし、小さな幸せを祈ると良いらしいんです!」


 得意げなマーサだが、スカーレットは吹き出さないように必死だ。祈りというより、子どもの夢や願い事といった方が良いだろう。祈りを捧げられた神さまも困惑しないかとスカーレットはなんだか楽しい気持ちになる。

 笑ってはいけないと思うスカーレットにこそっとマーサは告げる。


「私とペトゥラさんとエヴェリン、それからスカーレットお嬢さま、皆で食べられたなら凄く素敵だと思うんです! あ、もちろん、お嬢さまとご一緒は出来ないんですが……。あ、リリーの分も祈れば良かったかな」


 スカーレットは目を細めてマーサを見つめる。

 この聖リディール正道院へと来てからずっと、マーサたちにスカーレットは支えられているのだ。

 ひたむきな少女の祈りはすぐに叶えられるだろう。

 神の采配ではなく、目の前にいるスカーレットの想いによるものだ。

 まだまだ、マーサの小さな祈りはあるようでスカーレットに教えてくれる。どうやらマーサの祈りは一つではないらしい。

 今度は流石に笑いを堪えられず、くすくすと笑いだすスカーレットに「お嬢さまが笑顔になった」とマーサもまた笑うのだった。





あと一話、十二時に更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ