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SS  ビスコッティと正道院長イライザ


「これ、お菓子なんですか? あ! エレノアさま焼き過ぎたんですね! そうですよね。エレノアさまだってたまには失敗を……」

「マーサ!!」


 エレノアから手渡された菓子の堅さに驚いたマーサの言葉を、即座にペトゥラが注意する。マーサの後頭部を押さえて、二人で謝ろうとするペトゥラをエレノアは笑いながら止める。

 マーサがそう思うのも無理はない。この菓子はクッキーやサブレと違い、堅さが特徴なのだ。


「いいのよ。マーサ、これはビスコッティっていってこういう堅い食べ物なのよ。これを紅茶やミルクにつけて、柔らかくして食べるの」

「そうなのですか! す、すみません。失礼なことを申しました!!」

「大抵いつもマーサは失礼よ。エレノアさまがお優しいだけなの」


 エヴェリンの言葉にむくれるマーサだが、今回は自分の勘違いであるために何も言わない。そんな二人を取りなすようにエレノアは声をかけた。


「さぁ、そんな顔をしないで食べてみて」

「はい!」


 ぱあっと表情を明るくしたマーサを困ったように見つめるエヴェリンだが、目新しい菓子を食べてみたいという気持ちは同じだ。

 先程まで飲んでいた紅茶にそっとつけて、マーサがビスコッティを口にする。


「っ! 本当です。ガリっとした食感かと思ったら、ホロホロと口の中で崩れていきます。アーモンドのカリカリ感も美味しいです!」

「ビスコッティは油分を少なめにしたり、入れなかったりするし、二度焼きしてるからこんなに固くなるの。気に入ってくれたみたいで良かったわ」


 ビスコッティという名前自体が「二度焼き」そんな意味があるのだ。

 硬さに驚いていたマーサの好意的な反応にエレノアも安心する。

 聖女問題も解決し、やっと憧れの異世界スローライフが始められそうだと満足げにエレノアは自室へと戻るのだった。



*****



 翌日、正道院長室へとエレノアは訪れた。

 聖女候補の課題を出されている間、意識的にイライザとは距離を置いていた。エレノア同様に、イライザもまた聖女候補たちとは距離を取った。

 誰が聖女のなろうともその公平性を崩さないためだ。

 だが、それも一段落した今、昨日のビスコッティを持って来たのだ。


「エレノア研修士、先日の件ではさぞかし驚いたことでしょう。メラニーもウィローも心身ともに落ち着いてきたんですよ」

「それはよかったです。二人にとっては今までの生活も考えも一変する、大きな出来事だったでしょうから」


 今、二人は聖リディール正道院にいる。名目上は謹慎処分だが、実際は彼女たちの精神的負担を考慮したものだ。信仰会で保護することによって、外部からの非難を避ける目的もある。


「ウィローはかつてメラニーと共に菓子を食べたそうです。エレノアさまが渡した菓子でそのことを少し思い出したと言っておりました。メラニーさまをよく慕っております」


 グレースは二人の様子を見に行っているようで、話しぶりからもウィローとメラニーの生活が落ち着いてきたことが伝わる。

 エレノアは少し口元に笑みを浮かべた。彼女たちがこれから穏やかな生活を取り戻していくにはそう長い時間はかからないかもしれない。


「そうでした。これ、私が作った菓子なのです。よろしければお召し上がりください。紅茶やミルクに浸して食べる菓子です」

「まぁ、あなたの菓子を頂くのは久しぶりですね」


 嬉しそうにイライザは受け取ると、エレノアに尋ねる。


「それで、この菓子の名はなんというのですか?」

「ビスコッティです。二度焼きしたお菓子なんですよ」

「そうですか……。硬いお菓子、ですね」


 受け取ったイライザもグレースも首を傾げて、何やら考えている模様だ。

 何か菓子に問題があったかとエレノアも不思議そうにビスコッティを見つめる。昨日、マーサたちも喜んで食べていたし、カミラも食べた。特に気になる点はないのだが。


「あなたが作った菓子の由来や名には意味があることが多いでしょう。ですから、これにも何らかのメッセージが込められているんではないかと思ったのです」

「先日の『貴婦人のキス』という素敵な思いが込められた菓子のように!」


 イライザとグレースの言葉に、エレノアは慌てて首を振る。

 菓子を作るときには相手の希望や、菓子の名からイメージが湧くこともある。だが、多くの場合はただ喜んでほしい気持ちや相手に好みで選んでいるのだ。

 しかし、イライザはじっとビスコッティを見つめて呟く。


「――硬い菓子、ですか。頭が固い、堅物で融通が利かない、頑固者……という意味が込められているのでしょうか?」

「イライザさま、歯が立たない人物という意味かもしれません」


 硬い菓子ビスコッティの印象から飛び出す二人の言葉に、エレノアはぶんぶんと手を振って否定する。


「ち、違います! 断じてそのような意味ではありません!」

「…………」


 令嬢らしからぬ大声を出したエレノアをイライザとグレースは数秒じっと見つめた後、くすくすと笑いだす。

 目を瞬かせて二人を見つめるエレノアに、イライザはいたずらが成功した子どものように微笑んだ。


「――冗談ですよ。あなたの厚意は伝わっています。ありがとう、エレノア研修士」

「ふふ、ありがとうございます。エレノアさま」


 真面目な二人の思いがけない冗談は予想外で、エレノアはすっかり信じてしまった。からかわれたことより、ささやかな冗談を言って貰えるくらい距離が縮まったことが嬉しくエレノアもまた笑みを溢す。

 エレノアが作った硬い菓子ビスコッティは、三人に柔らかな笑顔をもたらしたのだった。

 

 


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