私は寵姫と会話出来ました
『それでラーニヤ姫。聖女ってのはどいつだい?』
『豪華な衣をまとっているソイツと、彼女より地味目な衣を着てるソイツ』
『へえ、追加で二人来てたのか。わざわざ最果てからご苦労なことだ』
『誤った神の教えの流布に加担する偽物がまんまと釣れた』
黒猫と白兎が互いに言葉を交わします。教国連合諸国はおろか教会圏の言語とは全く異なる言葉でしたが……何故か私には意味が分かりました。どの発音の単語がどんな意味なのかや文法もさっぱりですが、何を言っているかは何となく理解出来ました。
白兎がほんの僅か顎を動かして示したのはリッカドンナと私。会話の内容から二名だけの無謀な突撃はやはり聖女を狙ってのものでしたか。
黒猫の方が私達へと視線を移し、鋭い歯を見せながら笑い顔をさせました。
「気を付けて! この者達の狙いはリッカドンナ様です!」
いち早く我に返った私は素早くリッカドンナの前に出て、まだ状況を整理出来ていない者達に発破をかけます。聖女の目前まで敵に迫られているとようやく現状を理解した兵士達が黒猫と白兎を取り囲み、剣や槍の先を向けました。
しかし黒猫も白兎も不意を突いた絶好の機会だったにも拘らず、すぐには動こうとしませんでした。そもそも前口上を抜きに手あたり次第周囲の者に襲い掛かっていたら一たまりも無かったでしょう。
その理由は黒猫が浮かべた軽い驚きにありました。
『テメエ、あたい達の言葉が理解できるのか?』
「は?」
黒猫の方が今にも飛びかかってきそうなぐらい毛を逆立てさせてこちらを睨みつけてきました。私が威圧されていると察したチェーザレが剣を抜き放って私をかばうように黒猫と対峙します。
はて、私は教国圏の共通言語ですらなく教国連合語で喋っていますから相手が習得していない限りは伝わらない筈なのですがね。無論、私もまた彼女達の言葉は学んでいません。彼女達と私が意思疎通出来る理由は無い筈ですが……。
『言葉や文が理解出来なくても意思疎通は出来る。彼女はそんな奇蹟を授かってる』
『へえ、んじゃあアイツはどんな言語も理解出来るし、同時にアイツの言葉はあたい達を始め、誰にでも通じるってわけか』
そんな中、誰よりも早く私に回答を口にしたのは白兎でした。彼女の説明を受けて黒猫が口角を吊り上げ……と言うより鋭い歯を見せて笑いました。
相手と言葉を交わす奇蹟? 私にもたらされたのはあくまでかつて破滅を招き寄せた復活のみで……。
「――いえ、確か……」
あくまで復活の奇蹟はかつて聖女マルタだった頃からの継承。神託の奇蹟は共通なので除外すると、悪役令嬢キアラが本来授かる奇蹟が不明なんでしたね。思い返せば乙女げーむ内の悪役令嬢キアラは語学力が他のどの方より優れていましたっけ。
思い当たるのは愚かにも天へと延びる塔を建造される前に用いられていた統一言語。神罰を受けて人は言語を分断されて意思疎通が厳しくなったのです。万人と言葉を交わせるとしたら、おそらくそんな古の話に類した奇蹟なのでしょう。
強いて名付けるなら、統語の奇蹟、ですか。
『それじゃあ折角だから名乗らないとねえ』
黒猫の方はそれを聞いて面白いと再び歯を見せて笑みを浮かべます。かかとを上げながら半歩足を踏み出し、鋭く尖った爪を相手に向けるよう手のひらを見せる構えを取ります。とてもしなやかな動きは蠱惑的でしたが、今にも飛びかかって来そうで怖いです。
『天闘の寵姫、マジーダ。行くぜ!』
『同じく遠見の寵姫、ラーニヤ。参ります』
黒猫、マジーダが名乗った直後でした。四方より向けられた矛先をあざ笑うかのように跳躍、飛び上がったのです。兵士達が咄嗟に切っ先を上空へ向けようとするも、剣の腹を殴って簡単に逸らせてしまいます。
そして、一閃。
鎧兜で覆われていない喉元は鋭利な爪で引き裂かれ、悲鳴を上げる間もなく兵士から噴水のように鮮血が飛び散りました。黒猫、マジーダは崩れる兵士の身体を踏み台に更に隣の兵士へと飛びかかり、今度は唯一覆われていない眼球に指を深く突き刺します。
一方のラーニヤはマジーダが崩した包囲網の隙間へと突撃、とても低い姿勢のまま兵士の懐へと潜り込むと、蹴りを浴びせました。鎧と鎖帷子のおかげで身体にめり込まずに済んだ、と安心など出来ません。空高く舞い上がった兵士の身体は地面に叩きつけられ、あらぬ方向に腕や脚が曲がりました。
「つ、強い……!」
獣人の身体能力は人よりはるかに勝っている、と知識では頭にありましたが、実際に目の当たりにすると戦慄せざるを得ません。いくら鎧に身を包み盾をかざして剣を構えようと、大型肉食獣の前にはなす術が無いのだと思い知らされてしまいます。
「一対一ではとても敵わないわ! 取り囲みなさい!」
兵士達の間に恐怖が蔓延る前にリッカドンナが檄を飛ばします。未だに二人の寵姫に続く敵の姿は肉眼で捉えられないので孤立したまま。いかに強かろうと数の暴力でねじ伏せるつもりなのでしょう。
しかし獣人達の俊敏さに兵士達は全く反応出来ず、包囲しようと試みても隙間をすり抜けられてしまうのです。人型なので基本的には二足歩行ですが、時には四本足で大地を蹴って後ろに回り込んだりもしてきました。
「蛮族共が、なめるな!」
聖女を守っていた私より二回り以上も背が高く巨人を思わせる巨漢の騎士が鉄の塊同然の斧を振り下ろします。他の兵士を攻撃していたマジーダの体勢では回避行動は取れません。確実に両断出来た、と周りの誰もが確信したでしょう。
ところが、私……いえ、私達は目の前の光景が信じられませんでした。
『はっ、貧弱貧弱ぅ!』
マジーダは両の拳を突き合わせて斧を挟み、その勢いを殺し切ったのです。
巨漢の兵士がいくら力を籠めようとびくともせず、逆にマジーダがそのまま腕をひねると騎士の手から斧が奪われてしまいました。マジーダは奪い取った斧を乱雑に放り捨てます。その斧が地面に落ちて轟音を立てるより前に、マジーダは獲物に襲い掛かりました。
『しゃあああっ!』
それは正しく咆哮でした。体重差をもろともせず巨漢の騎士に体当たりすると勢いそのままに押し倒します。鎧兜で覆われており地面との激突や寵姫の突撃で怪我は負っていないようでしたが、その衝撃までは殺されきれません。
そんな無防備となった巨漢の騎士の喉元に、マジーダは牙を突き立てました。そして一気に喉の肉を食い千切ります。かつてわたしがテレビのドキュメンタリー番組で目にした獰猛な肉食獣が獲物を仕留めるそのままの様子が目の前で行われたのです。
『それ以上はさせない』
「……っ! チェーザレ、援護を!」
無論、二人の寵姫達の蹂躙をただ茫然と眺めていたわけではありません。いかに私が授かった奇蹟が戦闘に適さなくてもやれることはあります。
私が動いたのはマジーダが何名かをその爪の餌食にしてからでした。全速力で今正に命の炎が燃え尽きようとしている兵士へと駆け付け、手早く回復の奇蹟を施します。死なない程度で打ち切ったので即座の復帰はかないませんがね。
何名かの命を繋ぎ止めたところでラーニヤに気付かれてしまい、飛び掛かってきました。私の意を酌んで傍から離れなかったチェーザレは呼びかける前にラーニヤに立ち塞がり、交戦を開始します。
『……っ!?』
「おおおっ!」
正直、チェーザレには時間稼ぎさえ務めてもらえば十分だと考えていました。本職の兵士や歴戦の騎士すらもろともしない獣人を相手に、例え私が活性の奇蹟を施して援護しても、太刀打ち出来るとは思えなかったからです。
ところが、意外にもチェーザレは盾と剣を駆使してラーニヤと戦えていました。大の大人を吹っ飛ばす程の蹴りは正面から受け止めずに盾で受け流し、大振りの脚に剣で少しずつ切り傷を残す立ち回りをしていました。
チェーザレの剣技は初学年ながらも学院内でかなりのものとなっているとは聞いていましたし、たまに練習風景を見学しましたけれど、ここまで強くなっていたとは。守られる私に不安を感じさせないという強い気迫も見て取れます。
……そうですか。私、今チェーザレに守られているんですね。




