私達は寵姫達に強襲されました
急報のとおり敵の軍勢が迫ってきたようで、聖国陣営はいよいよだと緊張感を更に高めました。後衛で待機する私達は逐次送られてくる情報を耳にしつつ固唾を飲んで無事に終わることを祈っていました。
「ねえキアラ。本当に聖地に敵の間者が紛れ込んでいると思う?」
そんな最中、リッカドンナが前を見据えたままで私に語り掛けてきました。それは先ほどのあまり意味の無かった作戦会議で軍人達も抱いた疑問、そしてアウローラも出発前から感じていた違和感でもあります。
「諜報活動は戦争を行う上で最も必要となる情報を収集する重要な手段だと思います。潜んでいても不思議ではありません」
「敵はアウローラ様がいらっしゃらない時に限って攻勢を仕掛けてきたんですって。聖地に留まった時は進軍していた側を、アウローラ様が同行していたら全く別の街を」
「数日前もそうでしたが出陣の際に大々的に見送っていたら一発でバレますよ」
「そこを逆手に取って替え玉を使ったこともあるんですって。そうしたらその替え玉が同行した部隊がやられたそうよ」
影武者作戦は一部の高官しか知らない機密事項だったにも拘らず見破られたんだとか。それほど相手側の間者の腕が良かったのだと決めつけるのは簡単ですが、リッカドンナはもっと恐ろしい可能性を危惧しているようでした。
「つまり、間者を必要とせずこちらの動向を把握する術を相手側が持っていると?」
「もう一つ。キアラは異教って一方的に括った相手側の教えがどんなものか知ってる?」
「唯一にして絶対なる神が世界を創造し、天使を遣わして聖者に教えを授けた、とされる教会の教えと源流は同じなんでしたっけ」
「そうよ。神の教えの解釈が違うだけ。一番大きな違いは神に似せて創造された人の定義かしらね」
人とは人間である。人間は他の動物達を統べる存在である。これが教会の解釈です。
一方、現在敵対する異教の者達の定義では人間は人の一部に過ぎません。
そう、異教徒異種族と呼ぶのは、相手が獣人と呼ばれる者達だからです。
獣人というのは犬の顔をした種族や猫の顔をした種族等人間と動物双方の特徴を持つ人類の総称。かつてのわたしの世界で砂漠の国の遺跡にある壁画に描かれた感じですか。乙女げーむ上では存在しているとだけされる裏設定でしたが、この世界では実在します。
まあ正直その辺りはどうだっていいんです。肝心なのは、教えこそ異なるものの信仰する神はお互い一緒だって点です。なのに教会は獣人を人と認めていませんし獣人は教会を神の教えを歪曲する忌々しい侵略者だと憎悪しているのが現状です。
「神は聖女となる少女全員にまず全てを救えと仰るわ。さて問題、その全てとは異教徒も含まれるでしょうか?」
「当然です。多くのしがらみがあって到底叶わない絵空事ですが、最終的には万物が救済されるものかと」
「じゃあ、救済達成のために神に奇蹟を与えられる少女ってあたし達だけかしら?」
否。そもそも神の教えの源流においては選ばれた民族のみに神の加護があるとされていました。神の愛が平等であるなら神の奇蹟が人間だけに授けられると思い込むのは傲慢ではないでしょうか?
すなわち、獣人にも聖女に相当する存在が出現しても不思議ではないのです。
「……リッカドンナ様。その思想は教会より異端認定されていると記憶していますが?」
「必ずしも教会が正しいわけじゃないでしょう。すぐに分かるわ。じゃないとアウローラ様が不在だろうと聖域の奇蹟で守られている聖地に攻め込もうなんて考えないでしょうから」
「それは勘ですか? それとも神託を頂戴したと?」
「単なる推測よ」
やはりリッカドンナも聖域の奇蹟を打ち破る術を携えて攻め込んできていると踏んでいるようですね。心配しすぎであるならそれで良いのですが……。
次の瞬間、そんな不安が的中したかのように信じられない現象が起こりました。
「な、なによ今のは……!?」
「空が、割れた!?」
突然空が砕けました。
硝子細工の器を床に叩きつけたように粉々に。
実際は今も青空が健在でしたので、正確には空を覆っていた透明の天幕が打ち破られた、と表現すればよろしいでしょうか。
直後に前方、前衛から数多の咆哮が聞こえてきました。続いて轟音……いえ、爆音が辺りに響き渡りました。途端に引き裂くような悲鳴が耳をつんざきます。それも一度ばかりでなく何度かに渡って繰り返されました。
一人の兵士が青ざめた顔をさせながら駆け付けてリッカドンナの前に跪きました。足取りがおぼつかない様子だったのでよほど衝撃を受けたのでしょう。
「も、申し上げます! 敵軍は投石機や大型弩砲などの攻城兵器を用いて城壁を突破、こちらの陣営に侵攻してきました!」
「それより城壁の外側に張られたアウローラ様の聖域はどうなったのよ! たかが石や弓なんて弾き返すでしょうよ!」
「それが、信じられないのですが……」
――たった一人の女に殴り壊されました。
リッカドンナは私と顔を見合わせました。そしてお互いに確信します。恐れていた事態が現実になった、と。
連絡員曰く、聖域の奇蹟に守られている聖国側は完全に油断していたとか。なので確実に敵兵士を仕留められるようぎりぎりまで引き寄せるよう指示が出されたんだそうです。なので攻城兵器を引っ張る工作兵をまず射貫くようなこともしなかったなとか。
そんな中、敵陣の中央から一人だけが馬を走らせて迫ってきたんだそうです。一体何をするつもりなんだと大半の兵士達が嘲笑ったんですって。大方聖域の奇蹟に阻まれて狼狽えている間に仕留めるつもりだったんでしょう、悪趣味な。
しかし、その者は拳を握り締め前方へ正拳突きを放つと事態は急変します。
なんと、聖地を守護していた聖域の奇蹟が瞬く間に破壊されたのです。
驚く暇もありません。奇蹟が消失したのを見計らって迫りくる攻城兵器が猛威を振るいました。余裕に構えていた聖国側は不意を突かれる形で先制攻撃を受けるしかなかったのです。
「完全に慢心したせいね。聖域の有無によらないで戦術を立てないといけなかったのに」
リッカドンナはいら立ちをつのらせながら吐き捨てるように言い放ちました。他ならぬ聖女が代弁したおかげでこの場にいた者全ての不満が少しは解消されましたか。
「それで、聖域の奇蹟を打ち砕いた奴ってどうしたのよ?」
「それが……止められません!」
「……っ!? じゃあどんどんこっちの陣営を突き進んでいるの!?」
「しかも何かしらの目標があるかのように迷いがありません!」
防衛側の敵陣を突破してくる目的なんて限られています。軍の本陣を壊滅させれば後は残存兵を掃討するだけです。しかし今回は多国籍軍も加わっていますから大将を失おうと他の者が代理で指揮を執って立て直すかもしれません。
よって、狙うとしたらこちら側の象徴にして希望である聖女をおいて他はいません。
「よって聖女様には直ちにこの場を離脱していただくよう要望が――」
その時でした。天高くより何かが降り注いで地面に叩きつけられました。凄まじい音が周囲に響き渡り、私は思わず耳を塞いでしまいます。土煙が立つ中をよく確認すると、飛来物と思われた位置には何者かがしゃがんでいるではありませんか。
その者の背中からもう一人が下りると彼……いえ、彼女は立ち上がって深く被っていた外套を脱ぎました。彼女の顔、と言うより頭部を目にした途端周りにいた兵士や神官、更にはリッカドンナすら驚きを露わにしました。
一言で言えば黒猫でした。黒猫が人型をして服を着ているとの表現が正しいでしょうか。大学院生だったわたしの知識を引っ張り出すなら砂漠の国で壁画に描かれた猫の女神がピッタリ当てはまりますね。
もう一人は白兎でした。二人とも衣を羽織っているので体の線は出ていませんが、体格からして双方女性だと判断出来ました。漆黒と純白の組み合わせは美しく、芸術的ですらありました。
「神ハ偉大ナリ。神ノ言葉ヲ歪メル者共、裁キヲ受ケヨ」
間違いありません。
彼女達もまた神より奇蹟を授けられた者であると――。




