部活探し編・16
しかし、
薫は安い挑発に乗るほど短気でも愚かな女でも無かった。
この状況からして吉沢に絶対の自信があることは確かだ。
ハッタリでないことは露出の少ない服装だとしても外見で分かる。
手足には隠しきれない歴戦の跡が見えるようだったし、
肌は鍛え上げられたように堅そうだった。
それに対し、薫の身体は矮躯であるだけに留まらず
見た目に反して柔軟性が無かったり、
見た目通り非力であったりする。
脚力に自信はあったが、
柔軟性を欠くのでは格好良くキックを喰らわせることなど
脳内イメージだけで終わってしまう。
勝利への具体的なヴィジョンは、まるで浮かばない。
固く握られた拳は解かれ、
小さく溜め息をついた。
「遠慮しておく。
こんな下らないお遊びで万が一、怪我でもしたら馬鹿らしくてならん」
小さな彼女は臆病によってではなく、
賢明さによって棄権を判断した。
彼女に心残りはなく、
後々このアホらしい展開を笑い話にして
治雄に語ってやろう、とも余裕を持って退室しようとした。
何事もなく終わるはずだった。
小狡い彼女の機転がなければ
「そういえば、ナツ好きな人が出来たんだよね~」
声は聞こえても内容が分からない距離まで
薫は後退している。
後は更衣室のドアに手を掛け、
「その人とっても優しい人でさ~」
横に引くのみ。
「目の下にクマが出来ててキュートなんだよね~」
引っ掛かったかのようにガッとスライド式の扉は止まった。
正しくは止めたのである。
雑音を止めた
「彼ねえ、優しい上に面白くって大好きなんだ~」
耳を澄まし、またもや来た道を引き返す。
歩み寄る音は頭に上り、脈打つ血液の如く
脳を揺らす様に強くなる。
「最近、ペットみたいな小さな女の子を連れ回してるみたいなんだけど、
恋愛感情は無さそうだから安心したよ~」
自らへの批判などはどうでもいい。
ただ許せないのは、
許してはならないのは、
「だからナツねぇ...彼にプロポーズしようと思うの!」
挑発のためだけに、
手前の都合のためだけに、
相手が愛する人のことを人質の様に引き合いに出す女の無神経さだった。
「ハルのことかァァァ!!!」
再び戦場に薫は現れた。
数分前とは比べ物にならないほどの猛々しさを放って。
「ハア、ハア......!」
花山は無事であろうか。
先ほど己の身に降りかかったような災難が、
彼女にも起こっている様な気がしてならなかった。
当然、日常でそんなことは普通有り得ないのだが
そんな杞憂が焦燥を加速させる。
息も絶え絶え、遂に数十メートル先に
本当の目的地を補足した瞬間、
「やあ! 君はこの前見かけた子だね!!」
「ひっ!!」
焦りと疲れで警戒を解いてしまっていた。
水泳部顧問こと勧誘の鬼のことを失念していた
逃れられない戦いの火蓋がそれぞれ同時に切って落とされた。




