初陣
カディスから出発した援軍はアラスまで約3日の行程を少しでも早く到着すべく輜重をギリギリまで減らし軽騎兵、軽歩兵のみの隊列で先を急いでいた、夜を徹して行軍を続け最初の夜が明けた時、行軍による疲労感を感じるその軍の眼前には重歩兵を前面に配置した堅牢な陣形が待ち構えていた。
陣を行軍用の陣形からエルザス軍の堅牢な陣形に対抗すべく防御陣形で膠着状態に持ち込もうとするも、陣形変更による陣の乱れを歴戦のヴァレンティンは見逃さなかった。
ヴァレンティンの軽い目配せを受けるとフェルディナントは予定通りの突撃命令を発した。
「予定通り軽騎兵の突撃によって蹂躙せよ!」
最前面に配置された重歩兵のやや後方に待機していた軽騎兵が重歩兵の隙間を縫うように前面に躍り出ると、猛烈な突撃を開始した、その突撃を受け陣変え中であった救援軍は混乱の極みの中で蹂躙されていった。
救援軍の司令官はこの遭遇戦における不利を悟り、全軍退却の指令を出そうとした矢先に後方から喧噪が巻き起こった。
昨晩のうちに切り離し、後方遮断をすべく回り込ませておいた軽歩兵による後方からの攻撃が成功したのだった、前後からの包囲はジワリジワリと縮まるように救援軍をすり潰していった、このまま留まる事は全滅を意味すると悟った指揮官は、各々によるカディスを目指しての逃走を指示すると、近従を連れて街道を外れ原野を迂回しての逃走を計ったが、少数ながら街道左右に配置され指揮官らしき人物が逃走を計ったら狙撃するよう指令を受けていた狙撃兵のクロスボウにより、あえなく撃ち取られた。
指揮官の討ち死にが宣言され、その首が掲げられると、逃走命令が完全には行き渡らず、どう動くべきか判断がつきかね右往左往しながら死にたくないという一心で戦っていた兵士達も武器を捨て、降伏を始めた。
わずか2時間ほどの戦闘でエルザス軍のほぼ一方的な勝利で国王フェルディナントの初陣は飾られた。
フェルディナントが勝利宣言を高らかに行うと、兵士達は「国王万歳、エルザス万歳」を声高々に連呼した。
兵士の高揚感と同じくフェルディナントもまた勝利の高揚感はあったが、それ以外の感情も多数沸き起こっていた、初陣であり、戦闘の喧騒を初めて体験した思いは、『怖い』というものであった、自軍の想定通りに極めて有利に戦闘が移行していたとは言え、戦死者も一定数は出てしおり、後方に位置していたため直接的に生命の危機を感じる事はなかったが、敵から向けられる憎悪、殺意のようなものは嫌でも感じ取れていた。
打ち捨てられた敵軍兵士の死体を見ると、それが絵物語の戦争と違う生々しい戦いであったことを否が応でも認識させられる。
「御気分でも?」
若干青い顔をしていたフェルディナントにヴァレンティンが話しかける、
「いや、大丈夫だ、しかし恐ろしいな・・・」
「戦とはそういったものでございます」
「いや、この計画は本当にあの軍師が立案したものか?」
その一言ですべてを察した、ヴァレンティン自身もかなり驚愕した結果となってい、3か所を同時に落とす戦略を最初に聞いた時は、これだけの兵力でどう対抗するつもりなのかと訝しんだが、ここまでは書いたシナリオ通りに進行してきていた。
『オルトヴィーン伯爵の部隊がアラスを囲むなかで、本隊はそれを無視してカディスに進軍、援軍要請を受けカディスを出発した救援軍と途中で遭遇戦になる事が予想される、遭遇場所はカディスから夜を徹した行軍で1日の辺りと推察されます』
レイヴン卿秘蔵の軍師が立てた計画はここまでほぼピタリと当たっていた、しかも遭遇戦における敵軍の動き、それに対して、重歩兵を前面に展開させて敵の陣形変更を促す、陣形変更の隙を軽騎兵で蹂躙、歩兵での後方遮断、少数の狙撃兵を左右に展開、すべて彼女の策であった。
「裏にレイヴン卿がいる可能性もありますな、自分の立案を部下の手柄とし、目立つことをなるべく避けようとしている可能性も高いかと」
「野心はあると思うか」
「心配するような野心はないと思われます」
そう言われても心配であった、以前相談した上で姉の嫁ぎ先として決定されたのも、仮に野心を持っても反乱を起こせる規模の領地のない相手、それが選考基準の一つに挙げられていた、しかし、仮に伯爵と組んで反乱を起こされたらどうなるだろうか?姉の忘れ形見を旗頭に仰ぎ国盗りに撃って出てきたらどうなるであろうか?そう考えると寒気がしてくる、真正面から攻撃を仕掛けるのではなく、絡め手や予期せぬ奇襲を繰り返された時、少々の兵力差などあっさりと逆転させてしまいそうなそんな恐怖を感じていた。
「心配ですかな?」
フェルディナントの表情から不安の影を読み取ったヴァレンティンの質問に、無言の肯定を示す。
ヴァレンティンとしてもあの軍才は若干恐ろしいものを感じていただけに、対応は慎重にすべきであろうと考えていた、抹殺するのは簡単だろうが、今後の戦役等を考えれば消してしまうにはあまりにも惜しい才能であるように思われた。
「論功行賞も先を見据えて行わぬとまずいな」
「御意」
上手く行きすぎても揉める要素の多い論功行賞になるであろうと、小さくため息をついた。そしてまだ戦は半ばなのに、勝ったつもりでいると予期せぬところから足元を掬われる可能性が高い事を歴戦の将軍である彼はよく知っていた。
人口はそれほど多くなく、規模もそこまで大きくはないが、城塞都市の名にふさわしくカディスは石造りの城壁に囲まれた見事な造りであった。
「まともに攻めようと思えば大型の攻城兵器が必要になるでしょうな」
ヴァレンティンの言葉に、やはりフェルィデナントは不安げに尋ねる、
「成功すると思うか?」
「なんとも」
その投げやりな回答に、少し苛立ちを覚えたが、ヴァレンティンはそんなフェルディナントの苛立ちを分かってか分からずか、無視するように続ける、
「戦場で一番大切な事は生き延びることです、仮に策が功奏せぬ場合でも、生きるために退路を確保する事が肝要であります、その点あの作戦は失敗に終わったとしても労せずして撤退可能との判断から最終的には承認いたしました」
その言葉を反芻するようにしばし考えると、
「勝つ事より負けぬ事、負けぬ事より死なぬ事、であったか」
「御意」
城壁からの攻撃を避けるため、迂回しながらカディスの北に本国との街道上に布陣しゆっくりと眺める石造りの城壁は攻略困難な様相を呈して見えた。『本当に攻略可能なのであろうか?』どうしても不安は拭い切ることはできないでいた。




