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レイヴン戦記  作者: 一弧
第二章 もう一つの鴉旗
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経験者は語る

 オルトヴィーン伯爵一行が帰った後が大変であった。

 村長、村の名主衆を集めて、村の新規開拓事業を説明すると、あからさまに不安な顔となった、気持ちが分るだけにどうしたものかと思ったが、状況的に後には引けないという思いを伝えた、言い出したヒルデガルドにしても村の新規開拓事業のノウハウなどなく、移民希望者を募るあてを提案しただけであった。

 しかし、この案件は村にとっては大きなプラス効果をもたらした、沈みがちであった村に大規模事業の話が持ち上がる事によって悲しんでいる暇もないほどの活気が生まれた側面はあった。

 使用する木材確保のための伐採作業、今回の戦で各家庭から徴収され破損した物品の補充、損傷した家の修復、している作業に大きな変化はなかったが、大きな目的に向かって進む事で作業に活力のようなものが生まれていた。


 そんな中でテオドールの目下の課題は、カイ、ゲルトラウデ、エレーナと共に建設予定地の町割りを行う事だった、野盗や軍隊に襲われる事を想定した、門や塀の設置場所、行政を司る事になるであろう領主屋敷の配置、まったくの更地から村を開拓する事がこんなにも面倒な事なのかと、実際にやってみて初めて分かる事ばかりだった。


 収支計算についてはユリアーヌス、ヒルデガルド、イゾルデの三名が初年度の税率、開墾時の予想収穫高、収穫安定までの補填、などを過去の収穫高等を記録した資料から割り出して必死に計算していた、それ以外にも足りない建築資材の購入費、人口増加と収穫高の差によって数年間は不足するであろう食料の購入費用、計算しだすと頭の痛い問題ばかりであった、ヒルデガルドにしても言い出したことを少し後悔したほどであった。


 アルマも時間と共に立ち直り、台所に立ち、給仕を行い、皆に心配させたが、母のいい言いつけだと言い譲らなかったが、動く事によって悲しみを紛らわせる効果があったのだろう、最近ではまた笑顔も見せだしてきていた。


 そんな忙しいながらも充実感のある日常の中で、テオドールの目下の悩みはまったく別の所にあった、女性陣が誰も相手をしてくれないのだ。

 以前は見せびらかすように歯形、爪痕、キスマーク、等を付け、まるで自分の所有物である事を誇示するかのように取り合っていたユリアーヌスとヒルデガルドが揃ってお腹の子に障るといって拒絶、アルマにしても慎重になってやんわりと拒絶、以前は鬱陶しくさえ感じていたのだが、今は毎日一人寝の生活となり寂しさを噛み締め、微妙に紋々とした毎日を送っていた。


 しばらくすると、ヒルデガルドの悪阻がひどくなってきた、


「初期はつらいですよね、その状況から一カ月くらい地獄でした」


「アルマはまだましだったわね、私は二カ月くらい続いて本気で死ぬと思ったから」


 そこまでで終わってくれていればよかったのだが、あらぬ方向に飛び火してきた、


「だいたい、男は気楽でいいわよね」


 青い顔をしながらヒルデガルドが悪態をついてくる、そんな彼女にエレーナがポツリと言う、


「悪阻程度で死ぬの生きるの言ってるようじゃ、出産で本当に死ぬわよ」


 みな凍り付くように静かになってしまった、何も言えず会話に入れず、その場を離れたい気持ちでいっぱいのテオドールはその隙にゆっくりと退出しようとしたが、


「あなたの子供の事なのだから、しっかりお聞きなさい!」


 エレーナの一喝で静かに着席すると彫像のように固まっている他なかった、


「あの~、そんなにきついんですか?出産は」


 ユリアーヌスが恐る恐る尋ねると、エレーナはキッパリと言い切った、


「私の時は本当に死んだと思った」


 みながシーンとしている所にさらに続ける、


「だいたい生まれたての胎児の頭の大きさがこれぐらいなのよね、それが出てくるのよ、想像できる?」


 手で具体的な大きさを表現しながら言う言葉に、みな青くなっていた、知識としては知っていても具体的な大きさを目の前に提示されると怖くなってくる、しかし中でも特に顔面蒼白と言っていいくらいに顔色を悪くしていたのはゲルトラウデだった、エレーナが異変に気付いたのはまさに倒れる寸前で、ギリギリのところで隣に立っていたイゾルデが抱き留めなければ床に激突していたかもしれない状態だった。


 エレーナとイゾルデによって自室に運び込まれ、ベットに寝かされるが青ざめたまま気持ち悪そうに嘔吐を始めた、


「冷たい物を持って来て頂戴」


 エレーナの指示に「はい」と返事をすると、イゾルデが急いで飲み物を取りに行った、嘔吐を繰り返し気持ち悪そうにしていたが、ほとんど吐き出してしまうと、顔色は悪いままだったが、幾分落ち着いた様子ではあった、


「もしかして、テオドールがあなたにも手を出してたの?」


 三人とも懐妊し現状欲求不満気味なのは薄々気付いていたが、「誰か別娘とでも適当に遊んで来なさい」などと言えるわけもなく、しかもこれ以上愛妾が増えることは別の問題を招く可能性が高いと思われた。

 テオドールとゲルトラウデはよく書庫で戦術談義をしていたのは知っており、最も手近なところにいたのだから無理からぬ事ではあると考えたが、聊か見境がないようにも思われ微妙に不機嫌な顔をしていると、


「いえ!違います!そういう関係ではありません!」


 ゲルトラウデは強く否定した、「まぁ求められたら、応じちゃうと・・・」と小声で顔を赤らめながら言ってもいたが、その発言がより一層現状の関係が深い関係ではない事を示しているように思われた。

 エレーナは、出産経験のない娘達を少しからかいすぎたと反省していたが、ポツリと彼女が言い出した話で自分の失敗を後悔した、


「私二度子供を産むのを失敗しているんです」

 

 完全に空気が凍り付くようであった、


「望んだ子ではありませんでしたが、血が止まらなくて痛くて、それを思い出してしまったんです・・・」


 彼女の昔の境遇を考えれば当然予想できただけに、エレーナは自分の想像力の欠如に怒りさえ覚えた、


「それから子供もできなくなって、もう産んだりできなくなったんでしょうね・・・」


「もういい、すまなかった、無神経な話をしてしまった」


 思わず抱きしめると、ゆっくりと頭を撫でながら語り掛けた、


「安心しろ、ここでは誰もお前を傷つけない、私が守ってやる」


 堰を切ったように泣きじゃくるゲルトラウデの様子に、扉を開けたまま固まってしまったイゾルデも、出産や子供について考え込んでしまっていた。


 余談になるが、この時テオドールは無実の罪で女性三人から吊るし上げをくらい、強く濡れ衣を主張していたが、その主張は誰からも聞き入れて貰えなかった。


  







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