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レイヴン戦記  作者: 一弧
第一章 急転
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裁判

「ゲルトラウデ・フォン・レーヴァンガルド、卿を領土侵犯等の罪で死罪とする。」


 テオドールは厳かに判決文を読み上げた、猿轡をはめられ、縛り上げられていたゲルトラウデは特に抵抗することもなく無表情でその判決文を聞いていた。無表情ではあったが、その纏っている空気はどことなく安堵の色を帯びたように感じられた。しかし、続けて発せられた言葉に少し、表情が動いた、


「って事で、処刑が決まったので、猿轡取っても舌咬んだりしないでもらえますかね?了承なら首を縦に振ってもらえませんか?」


 何を言っているのかすぐには理解できなかったが、『無理に自殺しなくても殺してやる』という意味に少し考えてたどり着き、首を縦に振った。

 猿轡を長時間嵌められていたため、取り去られる時に涎が口許を汚したが、


「イゾルデ」


「はっ!」


 その場に居合わせた美しい女性が命じると、侍女が綺麗に拭ってくれた、そして若い領主らしき男の目配せで、年配の従士とおぼしき男が椅子を持って来て、座るように促してきた。


「どうも、ここの領主である、テオドール・フォン・キルヒマイヤーと申します、皆と協議した結果、卿の奮闘を称え、もしなんら希望があるなら処刑前に叶えられる事であれば『聞ける範囲で聞こう』という話になりました。何かありますか?」


「え?」


 彼女は理解不能な申し出であった、瞬時に色々なパターンを検討してみたが、気まぐれな好意なのだろうか?という結論にしか至らなかった、逡巡していると、さらにおどけたように問いかけてきた、


「別に一つじゃなくてもいいですよ、よっぽど無理なお願い、例えば『貴様の首をよこせ!』とかは困りますけどね。」


 さすがに周りから苦笑いが漏れると、つられて彼女もフフッと微かな笑みが漏れた、しばらく考えるとポツリと言った、


「甘い、お菓子が食べたい」


「アルマ」


「はい」


 彼女が一言言うと、領主は侍女に命じ、侍女もすぐさま動き出した、その連携は気味が悪くなるくらい彼女を気遣ったものであった、


「あの~、暴れないって約束していただけますか?縛ったままだと手の手当とかもやりずらいですし、食べずらいと思うんですよね。」


 彼女としても暴れるつもりはなかった、なによりこの領主達に迷惑をかけたくないという気持ちが大きくなっていた、


「ああ、誓うよ」


 その言葉を受けて、先ほどの従士と侍女が彼女の縄をほどき、手当てを開始した、吹き飛ばされた指の治療はやはり苦痛を伴ったが、二人の手当からはぞんざいさは微塵も感じられなかった。


 少し時間はかかったが立派なタルトが焼きあがって来た、彼女としてはクッキー程度の物を期待していたので、出てきた物の立派さに驚きを隠せなかった、


「お口に合うとよろしいのですが」


 と、言いながら片腕の侍女は丁寧に切り分け、自分の前に置いてくれた、先ほどの侍女はお茶を淹れてくれて、それも自分の前に静かに置いてくれた。

 目の前に置かれた皿に載ったタルトとフォークを見ると、これを武器に使って・・・・っといったことが一瞬頭をよぎったが、バカバカしくなった。まったく意味を見いだせないどころか恩を仇で返す行為に他ならないと考えたからである。一口食べると自然と涙が出てきた、幼い頃からそんな物、食べたこともなく、食べる余裕もなかった『こんな味だったんだ』そう思うとその甘さに自然と涙が出てきた、お茶を淹れてくれた侍女がスッとハンカチを差し出す。

 泣きながら完食すると、片腕の侍女が聞いてきた、


「おかわりはいかがですか?」


「ありがとうございます、お返しできる物が何もないのが心苦しい限りです。」


 彼女はゆっくりと立ち上がり床に片膝を着き、領主の方を向きと言った、


「不躾なお願いをさせていただきます、お怒りになりましたら、お言いつけ下さい、屋敷を血で汚す事なく門外で果てましょう。」


「なんでしょうか?」


「私は言いつけによりレギナント様の戦術を研究させていただきました、今回の戦も必勝とは全く思っていませんでしたが、あそこまで見事にやられると、何がどうなっていたのか分からぬまま死ぬのは心残りであります、是非此度の戦の戦術について教えていただければ幸いです。」


「あ~、いいですよ、カイ、あれ持って来て」


 領主が従士にむかって言うと、従士は軽く礼をしてから退出して行った、


「え~と、そこだと資料広げずらいですから、こっちのテーブルにしましょうか」


 部屋、後方にあるテーブルの方に移動するため、テオドールは彼女の脇を通って行った、触れ合うかどうかという距離を行く彼に思わず声をかけた、


「ちょっとお持ちください、私が襲いかかるかもしれないとは思わなかったんですか?」


「ええ」


 そのあっさりとした返答に、どこか抜け切れていなかった牙が完全に抜けてしまったような感覚を覚えた、さっきまでフォークを使って脱出を試みる等考えていたことがバカバカしくなった、元々生きたいという願望と、死にたいという願望がアンバランスな形で共存していた彼女の精神構造に一石を投じたのは間違いない事実であった。


「これが総てになります」


 先ほどの従士が、地図や日記、資料などをテーブルの上に並べていく、


「見てよろしいのですか?」


「ええ、どうぞ」


 地図上に記載されている点、観察記録などで、自分たちの行動がほぼ丸裸であったことが理解できた、しかも同士と思っていた連中の何人もが金で自分達を売っていたという事実を見ると涙が出てきた、そいつらからの署名入りの手紙等もあり、捏造である可能性はまずないといっていいだろう。自分を好き放題弄び慰み者にした連中が裏で自分を売っていた、その事実に暴れ出したくなる思いを必死に堪えていた。


「お茶でも飲みながら休憩しませんか?」


 自分の様子を気遣ってか領主が申し出る、


「ありがとうございます、いただきます」


 少し冷静になりたいという思いもあり、好意に甘える事とした、お茶を一杯飲み少し落ち着くと、彼女は努めて冷静に話しかけてきた、


「しかし、日記を見る限り、相当前から私達の動きを徹底的にマークし内部の切り崩しを図り、その上エンゲルベルトの行動、軍の規模、時期、進軍経路、最後見苦しく一騎打ちを言い出す事に至るまでほぼ正確に読み切っておられたのですね、レギナント様は」


「ええ、これらの資料やカイ、ああ、あそこにいる侍従長でレギナント様に仕えていた方です、の証言を聞き、皆で言っていたんですよ、『本当に人間だったのか?』って」


「ふふ・・・・適わないわけだ・・・・私もこんな父が欲しかった・・・・・」


 彼女はフゥと軽く息を吐くと、テオドールに向かって静かに語りかけた、


「もう思い残す事はございません、最後によくしていただき皆様に感謝の言葉もありません、もしお返しできるなら、いつか生まれ変わってでもお返しいたします。」


 皆、言葉を発することもなかったが、ヒルデガルドがその沈黙を破った、


「生まれ変わったらとかじゃなく、今返したらいいんじゃないの?」


 『こいつ何を言っているんだ?』と、皆が思うのと同時にこうも考えた、『おまえ、ここまでなんもしてないじゃん!』と、


「あの、おっしゃる意味が・・・・」


「うん、捕らえた時から『殺せ殺せ殺せ』って明らかに死にたがってて、殺してあげた方が慈悲なのかとも考えたんだけど、今はなんとなくだけど、生きようとしている感じがするのよね、村に被害はなかったわけだし、ここで生きるのもいいんじゃないかと思ったのよ。仲間の敵討ちとかも考えてなさそうだしね。」


 彼女なりの優しさは伝わって来たけれど、彼女は寂しそうに首を振り言う、


「こんな、うすよご・・・・」


「あーあー、そんなの黙ってりゃ分からないわよ」


 彼女の言葉を途中で遮るように言うと、ニヤリと笑いながら続ける、


「私付きの侍女になるなら、とっておきのご褒美あげるわよ!」


 ユリアーヌスはご褒美の内容が想像がついたので何も言わなかった、何より彼女を殺さずにすむならそれにこしたことはないと考えていたのだ、王族でありながら不遇であった彼女の人生を思うと自分の方がどれだけマシであるかと思えてしまい、同情心以上の物を感じていたのだ。

 ユリアーヌスがそんな事を考えていると、ヒルデガルドとゲルトラウデが悪い顔をしながらなにやらヒソヒソと話をしていたが、話が済んだのか、テオドールの前にひざまずき宣誓と懺悔を始めた、


「どうか、我が大罪をお許しください、もし許されるなら我が生涯、ご領主様に忠誠を誓う事をお約束いたします。」


「ここまで、言ってるのに渋るようじゃ人としての格が疑われるわよね~」


 ヒルデガルドとゲルトラウデの芝居じみたやり取りに思わず、一同から笑いがもれる、


「ああ~、忠誠を誓うなら罪を許そう、以後忠勤に励め。」


 思わずゲルトラウデからも笑いが洩れる、その笑いは年相応の微笑ましいものであった。



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