出征前夜
「エンゲルベルトの奴、凝りもせず・・・」
エレーナが呟くと、それを受けるようにカイが応じる、
「そろそろ引導を渡してやるのが慈悲かと、もはや身代金も期待できませんからな。いい金蔓だったのですがね。」
と、場を和ませるためか、本心なのか、かなり際どい発言を行った。
「しかし、恐ろしいね・・・」
テオドールの呟きに対して、ユリアーヌスもうなずきながら言葉を発する、
「エレーナ様、本当に人間だったのですか?羽や尻尾が実は生えていたと言われても殊更驚かない気がします・・・」
質問を受けエレーナは肩をすくめながら答える、
「羽や尻尾は生えていなかったけど、本当に人間かどうかは怪しいとこね。」
これから戦争になるというのになんとも緊迫感の欠如したやりとりであった、そこにオズオズとヒルデガルドが話始めた、
「あの~、必要ないとは思うのですが、父には何か伝えましょうか?」
「そうですね~、手紙をしたためておきましょうか、娘の事も気がかりでしょうから、『祝勝会に是非遊びにいらしてください、その際には上等のワインでも持ってきてくれると皆喜びます』とでも書いて送っておきますか。」
もう勝った気になっているその態度に油断から足元を掬われるのではないか?という一抹の不安もあったが、先ほどまでの会議の内容を見ると、勝利はゆるぎないように思われた、ヒルデガルドにとってレギナントは幼少の頃から親切に接してくれた『やさしいおじさん』という印象しかなく、父であるオルトヴィーンが常々『絶対に敵にしたくない』と言っているのが今一つ理解できていなかったが、今回の一件で彼女は父が言っていた事を正確に理解し、背筋に冷たいものが走るのを実感した。
広間に一同が現れると、揃っていた名主衆は一斉に起立し、君主に臨む礼をとった、『芝居がかってるなぁ』と思いつつ、先ほど教わった決められた通りの口上を述べた、
「皆ご苦労、偵察のローテーションは一旦凍結、引き継ぎなしに当日まで継続とする、出発は明日朝、動員人員は70名とする、以上解散!」
「「「「「応!」」」」」
解散となり、皆が広間を後にするとテオドールは私室へと引き上げた、若干の虚勢を張っていた部分もあったがやはり緊張する、王都でいきなり割り振られた盗賊団討伐の際もカイが事前にかなりレクチャーしてくれていたが故に落ち着いていた節があった、落ち着かないが故に地図を見て進軍経路や作戦内容を再度反芻し、勝利のイメージを明確にする事で心を落ち着けようとしていたが、やはりどこか不安があった。
夕食を終え翌朝の出発に備え早めの就寝となったが、高揚感からすぐに眠れるわけでもなかった、事実村人の多くは妻と情熱的な一夜を過ごしていた、ちなみにルヨは意中の娘の所に忍んで行ってその父親に殴られてスゴスゴと退散し、一人フテ寝をして翌朝を迎えた。
テオドールは迷った末にユリアーヌスの元を訪れると、彼女も彼の来訪を待っていたが、そこで彼の言った言葉に失望の色を隠しきれない様子だった、
「あの~申し訳ないんですが、今晩はヒルデガルドの所に行こうと思っています。本当にすいません。」
彼女はこれまでの経緯を含めて自分のところに来訪してくれる、もしかしたらアルマの所に行くのだろうか?と考えていたので、彼の申し出は不可解であった、
「行く前に、少しだけお話よろしいですか?」
彼女の言葉には少しだけ剣があったが、理由はわかっていたので、素直に応じて彼女の寝室へと入って行った。そして彼女が話す前に、彼は理由説明を開始した、
「理由は簡単です、以前あなたが言っていた、関係修復が望ましいという事をこのタイミングだとかなり効果的に行えるのではないかと、会議でのヒルデガルドの雰囲気や様子から感じたからです。」
彼の言葉に少し眉間に皺をよせながらも、正論であると頭では認めていた、闘争を目前にして、不安感と高揚感の入り混じったこの気持ちは今までの人生で感じたことのないもので、言葉ではなかなか言い表せない物であった、このタイミングで閨を共にするのは精神的にも距離感を縮める絶好の機会であることは彼女にも理解できてしまっていたのだ。だが、理論や理屈とは異なる部分で自分の中にある猛りを鎮める相手が欲しい、こんな時こそ正妻の自分のところに来るべきではないか?という欲求が頭をもたげ、引き留めて思わず押し倒したくなる衝動を感じていた。だが、そこはかなりの我慢を強いられたが、堪え切った、
「そうね、不安感もあるだろうから、慰めてあげなさい。そのかわり、帰ったら真っ先に私のところよ。」
軽くキスをすると送り出したが、あと少し若く欲求に対しての我慢がきかなかったら、自己主張を行い引き留めていたかもしれない、と本気で考えていた。
彼女の寝室をノックして来訪を告げると、中から起き上がるような気配と共に「どうぞ」との声がかかり、入室した、
「すいません、てっきりユリアーヌス様のところに行かれると思い不調法でした。」
「ああ、いいよ、何も言ってなかったのに突然ごめん。」
「いえ」
そそくさと服を脱ぎ始める彼女を制するように話しかけた、
「ああ、ちょっと話でもしませんか?軽く一杯やりながら」
彼は持ってきたブランデーとグラスを見せ、なるべくゆったりとしたしゃべり方を心掛けながら話しかけた、
「はい」
彼女は応じると、脱ぎかけた衣服を整え、テーブルへと移動した。当初は酒など持って行くような気配りの余裕はなかったが、ユリアーヌスの部屋を出る際にアドバイスと共にもらってきた物だった、もし持って来ていなかったら、また無言での味気ない情事になったのかもしれないと、彼女のアシストに心から感謝した。
「出征前に一度くらいゆっくり話がしたいと思ってさ。」
「はい」
グイッとグラスを空けると思い切ったように彼は尋ねた、
「正直に聞くけどさ、俺そんなにヘタクソかな?」
「はい?」
彼女は質問の意図がよく呑み込めず、ギョッとした顔をしながら問い返した、
「イヤね、ほら、なんかさ、全然楽しくなさそうってか、苦行に耐えてるみたいっていうかさ、そりゃね、色々不満はあるかもしれないけど、もうちょっとこうなんて言うか、ほらね、あれってさ、」
そこまで言われて、言っている事の意味を理解した彼女は堪え切れないかのように笑い出した、ひとしきり笑った後でグラスのブランデーを舐めるように飲みながら言った、
「ねえ、あんたバカでしょ?」
「え?」
今度は逆に彼がギョッとした顔をして、意味を理解しようと頭を働かせていると、間髪いれずに続けた、
「『下手ですか?』って聞かれて『ええ、話にならないくらいヘタクソです』って言うと思う?」
ニッコリと満面の笑みを浮かべて聞く彼女は可愛いと思いながらも言っていることは毒に満ちており、
「言うわけないよね・・・・」
と返答するのが精いっぱいであった、
「でしょ!だいたいそんなに比べられるほどラファエル様と関係持っていたわけじゃない、総回数にするなら、もうあんたとの回数の方が多いくらいよ。」
「ああ、そうなんだ」
「まぁ 気付いてると思うから言ったけどね。うわべを取り繕うのがなんかバカバカしくなったのよ、何を言い出すかと思ったら『自分ヘタクソですか?』ってバカなんじゃないの?」
「はぁ、たしかに」
「あなたを見てると父親の言ってる事がすごく理解できるわ、『レギナントは戦場においては絶対に敵にしたくない、しかしそれ以外ではなんとも微妙な感じだから』ってね、だいたい、このブランデーあのババァのじゃないの?どうせ、『会話の種に持ってけ』みたいな事言われたんじゃないの?」
まさにその通りでまったく反論できないでいると、彼女は勝ち誇ったようにフフンと鼻を鳴らし、
「図星ね!」
楽し気に話し、自分でグラスに注ぎ飲んでいる彼女に恐る恐る、話しかける、
「あのさ、伯爵令嬢ってそんなしゃべり方とかするの?なんかイメージがさ、なんていうかさ・・・」
「ああ、それはこの家のせいね、小さい頃からここへの嫁入りが決まってたって話は知ってるでしょ?慣れる意味をこめてちょくちょく遊びに来たのよ、結構長期滞在したりもしてたし、その時には村の中をラファエルと駆け回って遊んだり村人なんかとも普通に接してる内にこれが楽になったのよね、もちろん城でこんな喋り方したらこっぴどく叱られたけどね。」
グビグビとグラスのブランデーを飲み干すと、またも自分でグラスに注ぎながら続ける、
「ラファエルの事は今でも好きよ、でもどんなに嘆いても死人は生き返らない、気持ちの整理がつかない、そうこうするうちに、私の物になるはずだった物や、私が座るはずだった椅子を全部あのクソババァが横から掻っ攫いやがった。こんなの許せない・・・・・・」
独白するその目には涙が光っていた、自分の涙に気づき、照れ隠しか彼のグラスに注ぎなが絡んでいく
「さっきから、全然飲んでないじゃない?自分から飲もうって言ってきたんだったらとっとと瓶の一つや二つ空けなさい!」
「はい・・・」
完全に酔っ払った親父の相手をしている気分になって来ていた、適当に合わせながら瓶を空にして、彼もけっこう酔いが回って来た事を自覚しつつ、部屋を辞して自室で休もう扉に向かうと、
「な~に言ってんのよ、ヘタクソかどうか試してやるからとっとと来なさい!」
後ろから襟首をつかまれて、ベッドへと引き摺りこまれてしまった。
後に彼はこの晩の事を、『思い出したくない』と語った。




