季刊・歴史探訪 テオドールと謎の女達
重要
重大なネタバレ(ウソバレ)を含みます、そういうのが嫌いな方は読まない事をお勧めします。
読まなくても、本編にまったく影響はありません。
テオドール旗下の軍師としてその名が最初に出てくる人物は『蝙蝠の軍師』の異名で知られるゲルトラウデ・フォン・キルマイヤーであろう。彼女の出自に関しては諸説あり歴史家を悩ませると同時に、謎が多い点を逆に利用し作家にとっては非常に使いやすい人物となっている。
隻腕、隻眼、で顔半分に大きな火傷の痕があり、身体にも大きな火傷の痕があったと伝えられる。しかし近年の研究からこのゲルトラウデの姿は別の人物と混同されたが故のものであり、本人は少なくとも両手とも揃っていたというのが歴史家の認識である。
近年行われたアルメ村の墓地の大改修において彼女の墓も改装されることとなったが、その際に発掘調査された彼女の遺体には両手が揃っており、右手の親指、人差し指、中指、の三指が欠損は確認されたが、この事からも別人と混同された可能性が極めて高いと考えられる。
遺骨や遺髪の科学的調査の結果、推定身長147cm、髪は黒に近いダークブラウンの直毛、骨格から推定される事として幼年期から成長期にかけて十分な栄養が取れなかった人物特有の成長痕が見られることなどが報告されている。
これらの事実関係や業績からテオドールの軍師兼愛妾であったとする通説以外にも、妹であったのではないかと言う異説も存在する。その説の主な理由として家名としてキルマイヤーの名乗りを許されている事と、『蝙蝠の軍師』の異名の由来ともなった個人紋に、鴉に寄り添う蝙蝠を使用していた。個人紋に鴉の使用が許されていたという事は極めて近い血縁関係にあった可能性が高く、ただの愛妾に家名を名乗らせる事を許していたとは考え難い事などが挙げられる。
それ以外にもテオドール、レギナントなどの頭髪も黒に近いダークブラウンであった事が確認されており、年齢的にテオドールの隠し子である事は考え難いとするのならば妹であったと考えるのが自然であろう。
他にも根拠として彼女は長年に渡ってテオドールの愛妾であり、死去するまで傍らを離れなかったと記録されているにも関わらず、子を生したという記録は一切残されていない、もちろんできなかった可能性もあるが、二人の結びつきが男女の関係ではなく兄妹の関係であったとするのであれば、これも自然な事のように考えられる。
しかし筆者はこの説にどうも違和感を覚えるものである、もし妹であったのであれば、幼少期に十分な栄養を摂れないような劣悪な環境下に置かれていた事の説明がつかず更に科学的な根拠として、二人の毛髪のDNA鑑定の結果、血縁は認められないという結論が出ている。もちろん経年劣化による影響からその鑑定結果を疑問視する向きもあるが、戦場まで連れ歩く愛妾というのが実際のところであり、そこから話が独り歩きして軍師という話へ発展して行ったと考えるのが自然であるように思われる。
この考えのもう一つの根拠は身長にある、墓の改装により判明した各人の身長はユリアーヌス168cm、ヒルデガルド170cm、テオドール156cm、これらの身長は推定ではあるが、信憑性のある資料に『貧相な小男』と書かれた理由が分るほど当時としても小さかった事が伺える、身分も高く長身な妻達では得られない安らぎを、ゲルトラウデに求めた可能性を考えるのは邪推であろうか?
今後の研究により新事実が判明する可能性もなくはないが、当時の書簡など紛失や信憑性の不確かなものも多く、困難であろう事が予想される。
テオドール旗下の初期を飾った人物として『夜叉』『剣聖』などの異名で知られるアストリッド・フォン・ブリンカーの名は広く知られている。彼女の出自に関してはハッキリとしており、侯爵家従騎士の家柄に生まれ、エルザス統一戦の最中その生涯を閉じた、享年29歳。その生年に関しては疑いようもないが、没年に関しては公式の記録に対し異議を唱える歴史家も多く、その生存説は根強い支持を集めている、英雄不滅論に依る根拠に乏しいものであるが、これが彼女の人気の証明ともいえる。
生存説にはいくつかの根拠がある、その代表的なものとして当時の資料に登場するアストリッドの記述が死亡したとされる時代以後も度々登場しており、死亡説支持派はこれに関して同名の別人説、誤記説などを主張しており、決着を見ていない。
しかし残念な事に彼女の死亡説は揺るがないように筆者は考える、オレンボーの墓所が区画整理の影響で移築を余儀なくされた際、アストリッドの墓も発掘調査が行われたが、そこからは遺体が見つかっており、その遺体の頸椎C4、C5には刃物による切断痕がしっかりと残されていた、資料にある死に様とも合致する事からこの事実は揺るぎないものであると考えられる。
この墓所から発掘された遺骨、遺髪などから推定される彼女は身長162cm、髪は直毛のブロンドであった事が伺えた、そして意外な事に結婚していたという記録が一切見られないにも関わらず骨盤の形状から経産婦であった可能性が極めて高いという調査報告が寄せられた、子供の父親は誰なのか?いつ産んだのか?当時の資料には子を産んだ記録さえないため、真相は闇の中であり、今後の新たな資料の発見を待たない事には、研究は進まないものと考えられる。
遺体が生存説支持派にとって生存を示す材料となっている側面も否定できない、なぜならあらゆる資料に長身と記されているのに162cmではそこまで長身とは言えず、この死体は別人であると主張する者はかなりの数に及ぶ。
テオドール旗下の後期を飾った『剣聖』タンクレート・フォン・ブリンカーの存在も生存説の根拠の一環に挙げられている、タンクトーレは出自が明らかではなく、元傭兵とも元奴隷とも言われており、生年もはっきりしないが、アストリッドの子供ではないかという説も根強く残されている、推定年齢差20歳であるため、彼女がテオドール旗下に入る前に産んでいた子であると考えても無理はない年齢差であり、ブリンカーの家名を名乗っている事もこの説を大きく後押ししている。彼女の子供であるとするならば、彼女が死去した時約10歳であり、まだ剣の手ほどきを受けていたとは思えぬ年齢であるが、タンクトーレの伝説に奥義をアストリッドから伝授されたというものがある。この資料は信憑性の観点から疑問符が付く事も多い資料ではあるが、その資料が正しいとすればまだ少年だったタンクレートに奥義を伝授するというのは少し無理があり、彼女の死亡日と矛盾が生じることになる、また詳しい事情には触れられていないが彼女がテオドール旗下に参入するきっかけは同僚騎士三名を殺害したためと記録されている、男女間で問題が生じ、その際に孕んだ子である可能性は完全に否定しきれるものではないと考えられる。
ただ補足としてタンクレートの存在自体に疑問符を投げかける歴史家もかなりの数にのぼる、戦場において一人で戦局をひっくり返した逸話などから、架空の人物ではないかという説も多数存在し、その存在に疑問符が投げかけられている。
しかし、つい先日発見されたブリンカーの家系図にアストリッド以降の系図も残っており、その真贋を含めた研究報告の結果が待たれるところである。
歴史家の間でも生存説と並んで議論の対象となるのがテオドールとの関係についてである、愛妾の一人であったとする説もあるが主従の関係に終始しており、男女の関係にはなかったとする説も根強く語られている。
テオドール旗下において最も謎の多い人物はこの人物ではないだろうか?彼女の正確な名前は伝わっていないが、現代に流布する『レイヴン戦記』は彼女の書いたものであるというのが最有力説である、原本はすでに失われているため、筆跡から男女どちらであるかすら分らず。一説にはテオドールが自らの記録を侍女の名を使って書いていたのではないか?などという異説まで存在する。
他にも、複数の作者が引き継ぎながら書いて行った説や、元々そんな人物はおらず吟遊詩人達の伝承が勝手に纏まっただけ、などという説まで存在する。しかしそれらの説では埒が明かないため、最も有力とされる、ユリアーヌスの侍女説に基づいて考察して行くものとする。
彼女はユリアーヌスについてテオドールの下にやって来たとするのであれば、テオドール旗下に入った時推定年齢30少しであったと考えられる。この憶測を元に考えるとアルメ村の墓の内、墓碑銘がかすれて読めなくなっているが、ユリアーヌスの墓の隣の墓が彼女のものではないかと言うのが有力な説である、しかしこの墓にも奇妙な点があり歴史家を悩ませている。墓の名はかすれて読み取れなくなっているが、生没年はきっちりと読み取る事ができ、その内容に従うのであれば97歳まで生きた計算になる、当時の平均年齢を考えれば異常なまでの長生きと言える、しかし墓には享年17歳と刻まれており、計算を間違えたのか、誤記であるのか、後年何者かによって追加された悪戯であるのか論議を呼んでいる。
彼女についても、遺体からかなりの情報が読み取る事ができ、その調査報告によれば推定身長165cm、
頭髪はブルネットの直毛、かなり骨が太く特に上腕部の骨はかなりの厚みを持っていた事が伺えた。護衛を兼ねていた説もあり、その説が正しければ秘書官のような存在でありその延長で『レイヴン戦記』が書かれたとする説との相違点から議論の対象となっている。
テオドールの愛妾であったかどうかという点については否定的な意見が多く、特に科学的な調査においても骨盤の形状から経産婦特有の兆候は見られず、少なくとも子を産んだ経験はない事が予想され、愛妾説に対して否定的な要素の一つとなっている。
この人物に関しては資料に乏しく実際の名も不確かであるため、不明な部分も多いが、一説にはマリアという名であったとする説が有力であり、資料によっては吟遊詩人や、剣士など様々な事が書かれており、存在しない説、複数人説などの根拠となっている。墓地に眠る人物が本当に『レイヴン戦記』の作者であるのかもわからず、今後も継続した議論の余地のある問題と言える。




