桃園の誓い3
その日の夜のことであった。
焦げ付くような匂いと、赤々とした光で劉備は目を覚ました。
「なるとぼ、確かに荒れているようね。
旅人のよる宿場のあるところは、彼らとっては良き金の稼ぎ場所なのね。」
赤々とした光は、松明に燈る火が連なりまるで夕焼けのように美しものであった。
ーこの村までは、まだ距離があるようだけど。ー
劉備は、部屋を飛び出して光の方へと足を向けた。
村から出て、四半時ほどのこと彼らと対峙することとなった。
「なんだお前は。」
「こんな夜中にどこへ行くっていうんだ。」
黄金の巾を頭や腰に身につけた賊が8人、木の陰やら岩陰やらから現れた。
「なぜ、このようなことをするのだ。
同じ民同士ではないか。」
黄金の巾を頭につけた男が、嘲笑うかのように声高に叫んだ。
「はっ、何が同じ民だ。
片や裕福な暮らしをして、片や一日生きるか死ぬかだ。」
「お前の傷つけているのは、同じ苦しみの中生きる仲間ではないのか。」
男は『仲間』という言葉に反応し、怒りを抑えることもせず劉備の布を掴みかかった。
「同じ仲間だと?
自分達で国を変えよと立ち上がりもしない奴など、仲間ではないわっ‼︎
ん…?お前、女かっ?」
男は目の前の人間が女だと分かると、さらに下衆な顔つきとなりそれはほか7人へと伝染する。
松明に照らされる劉備の顔を見て、さらに声をあげた。
「これはこれは…。なんとも奇妙だが美しい。これは『大賢良師様』の元へと生きたまま連れて行くしかないな?
「…。」
劉備は、何も返さず抵抗するとこは無かった。
ーまっ、これで村は救えたのだろうか。
それに『大賢良師』とも話をしてみたいと思っていたところだしね。
奴も持っているかもしれない。ー
8人の男からすれば、1人の女を捕らえることに時間は必要無かった。
星の瞬くまに、縄で縛り上げられたのであった。
真っ黒な暗闇の中、引かれるまま足を動かしていた。
ー目隠しをしたまま連れ歩くとは…。
脱走防止のつもりなのだろうな。ー
劉備の様子は、恐ろしいほど静かなため賊は不気味で仕方無かった。
ーこの女、一体何者だ。
普通なら、声を上げ暴れるものなのに。
薄気味悪い女だ。ー
「おい女、さっさと歩け。」
賊達は、いち早くこの薄気味悪い女から離れたい一心で足早へ大賢良師の元へと歩を急がせた。
程なくして、足の動きを止めた。
「失礼します、大賢良師様。
手土産を持ってまいりました。」
「…、入れ。」
ー思っていたより、若者の声音だ。
この若さで人を束ねるとは、大賢良師とは何者なのだろう。ー
そのまま引かれるまま、中へと進み入り口にかけてある布が 顔をかすめる。
「手土産とはなんだ。」
その人は、書物から顔を上げずに問う。
「はっ、この女にございます。」
「女?そんなもん好きにすればいいだろう。」
その人は、やはり顔を上げずにぶっきらぼうに返した。
「い、いえ、ただの女ではありません。
なんたって、兎のような白き髪と肌、赤い瞳をしたー。」
「ほぅ、それそれは奇妙な女だ。
では、俺が見定めてやろう。
この八洞神仙に選ばれし俺がな、ーもう下がれ。」
その人は、部下の男を下げると書物から顔をあげ劉備へと近づき目元を覆う布を外した。
いくつもの蝋燭が、ぼんやりと岩肌の空間を揺らし影が踊る。
「確かに、兎のような姿だ。
お前は、人間か?」
「えぇ、こんな姿をしているけれど人間です。
それよりも貴方の方こそ、人間なんでしょうか?」
「俺か?人間だ。
ただし、八洞神仙に選ばれし人間だ。」
「やはり、ではこの巻物を頂いたのですね。」
劉備は、縛られた手を上下に揺らしぼとりと裾の中から巻物が落ちる。
「その巻物を、どこで手に入れたのだっ!」
大賢良師は、巻物を見るや目を見開き劉備へと視線を飛ばす。
見た目は貴方の若い男であり、部屋を見渡すと多くの書物が積み上がっている。
ーなかなか勤勉なのだろうか。
こんな人がこれ程の悪行を重ねる訳はなんなのだ?ー
「貴方と同じように、八洞神仙から頂いたのです。
教えて頂きたい、この巻物を頂いた時の話を。」
「そのようなことを知ってどうするのだ。」
「私は、この巻物を使い方も読み方も知らない。
それ故、巻物を持つものを探し旅をしてきたのです。」
「ほう…。ま、いいだろう。
選ばれた者同士という訳だな。
他の縄を解いてやろう。」
大賢良師は、するりと縄を解き落ちた巻物を劉備の手へと返す。
「俺は、『大賢良師 張角』だ。張角でいい。お前の名も聞こう。」
「私は、劉備と言います。」
「劉備か。さて、どこから話せばいいのやらー。」
頭に巻いた黄金の巾の影が、ゆらゆらと揺れる。
大賢良師ー、張角は顎に手を当て口を開き始めた。