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補足編

本編の裏話です。


なっちゃんを他の界へ送ったあと、ぼくはもういいかなと呟いた。

沈む夕日に照らされた地を、茜色に染まる空を眺める。

そこに広がるのは人の気配も……否、命の気配すらも希薄な風景だった。

 

瘴気は形あるものを破壊はしない。ただ命を歪め、抉り、削り取ってゆく。 そうしてあとに残るのはいびつな形になったかつての命か、もしくは耐えきれず壊れてしまった命の欠片ばかりだった。

 けれど、いびつな命のかけらすら、視界の中には残っていなかった。

とても脆くなってしまったこの地で生きる者たちは、欠片すら残さず壊れてしまったのだろう。


 もう、いいかな、これで終わりにしよう。


こればかりはずっとずっと前から変わらない夕日と……そして山の端から顔をのぞかせ始めた月とを見上げて、ぼくは呟いた。

心に浮かぶのは、ぼくをここに残して何処かに行ってしまった……ここを創ったあのひとのこと。


 

何故、この地を放棄されるのですか。


折角作り上げたこの地を捨てるのか、ぼくにはわからなかった。

 気まぐれなあのひとは手当たり次第に創っては放り投げるを繰り返していたから、どこかが気に入らなくなったか、飽きてしまったかしたのだろう。

いつもだったらぼくも、それは残念ですね、ではまた別のものを創るとしましょうと頷いて、気にもしなかったと思う。

 でも、この地はぼくもかなり手を加えていたから、簡単に打ち捨てるのが惜しいと思ったのだ。

 何故ですかと尋ねたぼくを、あのひとは面白そうに口元を歪めて眺めおろしていた。

 

この地が気に入ったならお前が好きにすればいい。ただ……。

 あのひとは海と空の境目をなぞるように指を動かしながら、宝石のように煌めく目を伏せた。

 

この地はやがて捨てざるを得なくなる。すぐにお前にもその事がわかるだろう。

 

空も海も陸も、どこも磨きたての珠のように輝いていた。うっとりするほど美しかった。だからなんのことかわからず、ぼくは眉をひそめてあのひとを見上げる。

 あのひとはひょいと肩を竦め、いずれわかるだろうとだけ答え。

そして、餞別代わりにいいものをやろうとぼくの額に触れた。

流れ込むのはあのひとの力の欠片。

 

……遠くのものを呼びよせる力と、遠くへと運ぶ力だとわかる。

何故こんなものをと首を傾げるぼくに理由など告げず、飽きるまで好きにすればいいと言い置くと、ぼくを顧みることなくこの地から去ってしまったのだ。


 あのひとが去っても、しばらくの間はどこもかしこも美しいままだった。

 けれど、どんなに美しい珠でもしだいにくすんでゆくように、この地は歪んでいった。どこからともなく湧きでたモノが、満ちていた命を歪め、壊し、食い荒らしていったからだ。

 このまま放っておけば、たちまちのうちにこの地は崩壊するだろう、それは火を見るより明らかだった。

 もちろんただ黙って指をくわえて見てなどいなかった。アレは不浄のモノだったから、浄化できないかと試してみた。

 何故かぼくが直接やっても効かないのに、ぼくの力を授けたこの地の者が浄化すると効き目がある。

不思議に思いながらも、アレを追い払えるならいいかと深く考えたりはしなかった。

 けれど。

 瘴気が全て消えることはなかった。一旦は収まったかのようにみえても、繰り返し繰り返し、何度も湧いて出る

そのたびに瘴気はどんどん強大になってゆく。

いつしかこの地の人の手だけでは、瘴気は祓いきれなくなっていた。

 どうしたらいいのだろう。このまま為す術もなく崩壊してゆくのを見ているしかないのだろうかと頭を抱えていた時、ふとあの人から贈られた力を思い出した。

 呼び寄せる力と、送る力。

 呼べるものなら、あの瘴気を祓う力が欲しいと願ったのは確かだったけれど。

それがまさか、あんな形で叶うとは、思ってもみなかったのだ。



 ほんとうにね、なっちゃんごめんね。とんだことに巻き込んじゃって。

 別の世界へと送った、ぼくが一番最後に呼んだ人に心の中で謝る。

 本当なら、これまで呼んだ全てのひとたちに謝るべきなんだろうけど、ぼくがごめんねと言うとき、思い浮かぶのはなっちゃんただ一人だけ、だった。

 

瘴気が溢れ、この地もあちこちが歪み、そしてなにより人の心がどうしようもなく荒んでいた。

 もう、自分たちの手でなんとかしようという気を、多くの人が失くしてしまっていた。

 この様子だと、呼んだところでどうにかなるのだろうか。そう……ひやりとする予感を抱えていたのに、ぼくはなっちゃんをここへ呼んだのだった。

 そして……結果は、なかば予想していたとおり、で。

 

なっちゃんは、ぼくがこのことを予想していたって知ったら怒るだろうな。

 この地の崩壊の影響が及ばない、遠い場所へと送ったひとを思い描く。

だからあんたは勝手なんだと怒鳴って呆れて、でも最後には仕方ないなあとため息をついて、それでまた頭を撫でてくれるだろうか。

 またいつか会えた時に、どれだけ怒られてもいいから、最後にはそうしてくれるだろうか。

 それなら嬉しいのにと、いつかしてくれたみたいに、自分で自分の頭を撫でてみる。

 

 

いつの間にか日は沈み、月が天で輝いている。

きらきら輝いていたはずの地だった。それが今や光を失い、すっかりもとの色を無くしてしまっていた。

 あのひとはきっと、こうなることがわかっていたんだろう

美しいものが歪んでゆくのを見るのは、それを大事に思っていたとしたらその分余計、辛いし耐えられない。

 だから、それを目の当たりにする前に、まだ美しいうちに手放すことを選んだのではないんだろうか。

 ぼくはあのひとではないし、これはぼくの推測にしかすぎないのだけど……たいして外れてはいないような気がした。

 そうしてみると、ぼくは余計な事をしてこの地で生まれた命を悪戯に苦しめただけかもしれないねと……誰にも届かない、今となっては遅すぎる後悔をする。

 あのとき、あのひとの言葉に従ってこの地を見捨てていれば、悪戯にこの地で生まれた者を苦しめることはなかった。

この地を存続させるために、ほかの場所から誰かを呼びよせることもなかった。

 ぼくのやってきたことは、歪んで縺れた糸を、さらに解きようがないほど縺れさせただけなのかもしれない。


 それでも、なっちゃんと居る時は楽しかったんだよと小さく笑った。

 

だからね、なっちゃん。

これから追いかけていくから、どこかで会ったらよろしくねと笑みを残したまま、ひそりと呟いたのだった。


 なっちゃん、また会おうね。


 その呟きを、地上を照らす月だけが聞いていた。





                               END



        

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

その後の話は考えていません。本編冒頭部分が書きたかったのです~。

ありがとうございました!


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