第2話 ヲタク少女、最推しの危機を救う
翌日。
あたし、田中コトネは秋葉原ダンジョンにやってきました。
桜の木々が生い茂り、心地よい風が頬をなぞります。
「さて、頑張りますぞぉ〜!」
今日はお布施稼ぎ。
お気に入りのベレー帽を被り、気合い充分。
低ランクモンスターをひたすら狩る、簡単なお仕事なのです。
ホーンラビット。
ポカッ!
スライム。
ビシッ!
リトルゴブリン。
ペシペシッ!
それぞれ、ぽん、と小さな水晶へと変わる。
これは魔石、モンスターは倒されたらこんな姿になります。
中に魔力が込められてまして、日常生活で便利に使われてます。
この魔石をダンジョン連合に買い取ってもらうことで、日々のお布施代にするわけです!
「むふふ、大量、大量でございます!」
イベント参加、グッズ購入、スパチャ……Dライバーちゃんを応援するためには、お金は必要不可欠。
魔石集めは、アルバイトと違って即日換金出来るのが強み。
加えて、Dライバーちゃんの気分も味わえて一石二鳥なのです。
もちろん、稼いだお金はお布施に全ツッパ!
「さぁ、モンスターの皆さんには養分になっていただきますよぉ〜!」
待っていて下さい、Dライバーちゃんの皆さま。
この田中コトネは、皆様のために身を粉にして尽くさせて頂きます。
それが、何の取り柄のないあたしの唯一出来ることなのですから!
すると、近くで大きめの影を発見。
「……おや?」
青色の大柄なイノシシ型モンスター。
獲物を狙う血走った目、おびただしく生える牙。
前脚で地面を削り、そして。
ブモオオオオ!!
はち切れんばかりに突進してきました!
「せいっ!」
ドゴォンッ!
あたしは巨大イノシシの頭を拳で叩き潰す。
地面に深いヒビが入り、動かなくなった巨大イノシシ。
遅れて、大きめの魔石に変わる。
「ダンジョンボアですか、たしかランクはA」
うーんもったいない、あたしの探索者ランクが低いから、Fランクの魔石しか交換してもらえないんですよね……。
このダンジョンボアの魔石、普段のお布施稼ぎの3日分にはなるのに。
「ま、そんなこと言っても仕方ありませんね」
今日のノルマは、Fランクの魔石をそれぞれ換金最大数の100個ずつ。
現在、ホーンラビット86個、スライム97個、ゴブリン92個。
「ホーンラビットが若干少ない、草原エリアを中心に回りますか……」
腰のバッグに手を入れながら呟く。
いやーそれにしてもマブダチ特製のマジックバッグは最高です。
見た目の数十倍の容量があるだけでなく、重さも感じません。
すると、遠くで悲鳴が聞こえてきた。
「はて?」
何かあったのでしょうか?
声の方からどんどん人が走ってきています。
まるで、何かに怯えているような?
1人の男性が、血相を変えながら叫んだ。
「――イ、イレギュラーだ、イレギュラーモンスターが出たぞ!!」
「!?」
イレギュラー、通常、そこに出てくるはずのない危険なモンスターが出現する現象。
ダンジョンというのは奥部や特定ポイントに行かない限り、危険なモンスターには遭遇しないようになっています。
ですが、極稀に前例のない行動をする個体が、低ランク帯のエリアにやってくる場合があるのです。
「イレギュラーだって!?」
「ま、まずい、逃げなきゃ!?」
「うわあああああ!?」
途端、パニックになる秋葉原ダンジョン。
立ち止まるあたしに、先の男性が呼びかける。
「そこの茶髪ベレー帽のお嬢ちゃん、アンタも早く逃げろ!」
「イレギュラーの場所はこの先ですか?」
「あ、ああそうだ、ここから目と鼻の先だ、だからアンタも今すぐ――」
「――いえ、心配はご無用です!」
あたしは逃げ惑う人々の逆方向を向く。
「お兄さんは、なるべく遠くに避難してくださいまし!」
ビュンッ!!
あたしは一歩踏み出し、イレギュラー発生地点を目指すのでした。
「は、はや……」
遠く後ろで、そんな言葉が聞こえました。
◇
※如月ユイ視点。
秋葉原ダンジョンにて、如月ユイは静かに剣を構える。
(まさか、ここまでのモンスターが出てくるなんて……!)
如月ユイを待ち構えるモンスターは、彼女の想像をはるかに超える存在だった。
グオオオオオオ!!!!
エンペラーデーモン。
黒い巨体に禍々しい角、ダンジョン連合でSランク指定された、まごうことなき超凶悪モンスター。
通常であれば、ダンジョンボスとして鎮座するレベルの強敵。
腕利きのDライバー、それも最低4人のパーティでないと、討伐は現実的ではない。
だが、今この場にいるのは……如月ユイただ1人。
彼女は、本日の雑誌取材が秋葉原のスタジオだったため、こうして現場に急行することが出来た。
この緊急事態、本来ならば人員を揃えてから動くのが望ましい。
だが、その準備が整うまでに幾つ失われる命があるか分からない。
如月ユイはそれが許せなかった。
『犠牲者は出さない』
その思いを胸に、彼女は単身で駆け付けたのだ。
グオオオオオオ!!!!
エンペラーデーモンが拳を振り上げる。
如月ユイは紙一重で交わすと、跳躍しながら剣を強く握りしめる。
「『ディバイン・スラッシュ』!!」
ディバイン・スラッシュ、如月ユイの十八番と言えるスキル。
彼女はこの剣技で、数多のモンスターを斬り伏せてきた。
だが、現実は無常だった。
キィン!!
「そ、そんな!?」
エンペラーデーモンの堅牢な肉体は、如月ユイの剣を弾いた。
そして空中にいる如月ユイに、エンペラーデーモンの拳が襲いかかる!
グオオオオオオ!!
「くっ!?」
咄嗟に姿勢制御を試みる。
間一髪で直撃は避け、エンペラーデーモンの拳は、僅かに身体を掠めたのみ。
しかし、その風圧により如月ユイは遠くに吹き飛ばされる。
「――きゃあああああああああ!!」
あえなく、如月ユイは地面に叩き付けられた。
そんな彼女に、ゆっくりとエンペラーデーモンが迫り来る。
(レ、レベルが違いすぎる……!)
足がすくんで動かない。
意気込みは立派だろうと、身体は正直だ。
機動力を失ったDライバーに、勝機は無い。
(ここまで……かな)
如月ユイはドローンを起動し、配信を開始する。
すると、すぐさまチャット欄が流れ始める。
"1コメげと"
"あれ、今日配信早くない?"
"ゲリラ配信とか珍しいね"
"ユイたん、今イレギュラー止めに行ってるってマ?"
"ぽつったーで流れてたな"
"あれって……エンペラーデーモンか!?"
"ここ秋葉原ダンジョンか?"
"ユイたん大丈夫!?"
"え、何起き? 説明してユイたん!"
「ごめんねみんな、こんな形のお別れになっちゃって」
如月ユイの表情は……笑顔だった。
「私、Dライバーを始めて本当に良かった、みんなと出会えたから」
"へ……何言ってんだよユイたん……!?"
"早く逃げて!"
"マジかマジかマジかマジか"
"嘘だろ、オレは信じねぇぞ!"
"誰か近くにいないのかよ!?"
"嫌だ、推しとこんな別れなんて嫌だ!"
「だから、最期に言わせて」
グオオオオオオ!!
エンペラーデーモンが、その腕を無慈悲に振り下ろす。
「――今まで、ありがとう」
"""ユイたああああああん!!!!!"""
――ドゴオオオオオン!!
突如、落雷のような衝撃音が鳴り響く。
如月ユイは思わず目を瞑る。
「な、何!?」
ゆっくりと目を開けると、信じられない光景が映った。
「え……?」
茶髪ベレー帽の少女が、あのエンペラーデーモンを殴り倒す姿だった。
◇
「ふっふっふ……やっぱりパワーは全てを解決するのです」
あたし、田中コトネはエンペラーデーモンを殴った拳を開く。
お布施稼ぎを始めてから、モンスターとは数多く戦ってきました。
最初は危険な目にも遭いましたが、それも全てはDライバーちゃんのため。
貢ぐことによる『推しの笑顔』、それを思い浮かべるだけで頑張れました。
そして……度重なる戦闘を経て、今ではイレギュラーすらワンパン出来るようになりました、テッテレー!
「――これはひとえに愛、あたしの愛が生み出したパワー!」
ぽんっ、エンペラーデーモンが巨大な魔石に変わる。
うー持ち帰りたい、Sランクの魔石となれば、半年は遊んで暮らせる金額になります。
ま、拾った人の運が良かったということにしましょう。
「さてさて、あたしはこの辺でドロンさせていただきましょう……」
いそいそとその場を後にするあたし。
「あ、あの!」
「むむっ?」
逃げ遅れた方でしょうか?
まるで気が付きませんでした。
にしても……澄んだお声をされておりますな。
まるで、あたしの最推しのような。
「ふ、もう安心でございます。モンスターはこのあたしがキッチリ倒しま――」
振り返ると、思わず息を呑んでしまいました。
艶々の黒髪ロング、白を基調としたコスチューム。
まさしく清楚、と呼ぶに相応しいです。
まるで、あたしの最推しのような……。
剣を腰に携えた姿はアニメから抜け出したような、別次元の美しさ。
まるで、あたしの最推し……。
……あ、あれ!?
「――ユ、ユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユユイたんんんんんんんんんんんんんんんんん!?!?!?」
間違いなくユイたんその人!
純度100パーセント!
な、何で、何でここにいるのぉ!?
ユイたんは立ち上がると、あたしの手を握る。
「助けてくれて本当にありがとう! 私、今日のこと一緒忘れない!」
「あばばばばばばばばばばば!?!?」
ボンッ!!
急な推しの接近に頭がショートする。
きょ、供給が激しすぎる!!
心の準備が出来てないヲタクは、最推しの前では圧倒的無力なのです……!
「あの……あのあのあのあのその!?」
「?」
あたしは思わず手を振り解いてしまう。
「し、しししし失礼しましたああああああああああ!!!!」
「あ、ちょっと待って!」
そして、あたしは逃げるように去ってしまうのでした。
この一部始終が、全国に配信されているとも知らずに。
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