第13話 今日は雑談なんで
それから何日か通って、二周目を埋めてて、気づいた。
最初の日に消えた壁。あれが、また同じ場所に戻ってた。
……でたらめじゃない。
変わり方に、たぶん決まりがある。まだ読めない。でも、ずっと見てれば、きっと読める。
崩れるなら、崩れ方を覚えればいい。
……と、勢いをつけたいタイミングではあったんだけど。
ウロボロスに通いはじめて、初めて、潜らない日ができた。
あの規模と変動を見て、装備を丸ごと点検に出したからだ。今日は、埋めにいく先がない。
……こういう日は、どうしたらいいんだろう。
手持ち無沙汰のまま、なんとなくゴーグルをつけた。スイッチに指をかける。埋めないのに配信をつけるのは、たぶん、初めてだった。
「……えーと。どうも、そろぼっちです。今日は、その。潜らないです」
〔だんちょー〕!?
〔ねむ〕潜らないそろぼっち初めて見た
〔名無し〕地図埋めないこの人とか存在できるの?
〔名無し〕ウロボロスの配信から来ました
〔通りすがり〕逆に何すんの
「装備、点検に出したんですよ。ウロボロス、あのでかさなんで。ちゃんと整えてから潜り直したくて。……だから、その。雑談、っていうのを。やったこと、ないんですけど」
この前のウロボロスから、視聴者がどっと増えた。画面の端を、知らない名前がひっきりなしに流れていく。
どうしていいか分からず突っ立ってると、コメントが、質問でぶわっと埋まりはじめた。
〔だんちょー〕じゃあ質問!好きな食べ物は?
〔名無し〕年いくつ
〔ねむ〕ころぼは元気?
〔名無し〕彼女は
〔名無し〕身長どれくらいなの-
〔通りすがり〕素顔チラ見せして
「一気に来ると、困る……。えーと、上から。パンです。二十代です。ころぼは、コモルで暮らしてるはず。彼女はいたことない。身長は平均よりちょっと大きいです。素顔は無理です」
〔だんちょー〕処理能力たっか
〔名無し〕彼女いたことないをさらっと流すな
〔ねむ〕律儀に全部答えてくれるの好き
〔名無し〕そもそもなんでそんな地図埋めるの好きなの?
「あー。それ、よく聞かれるんですけど」
うまく答えられたことが、ない。でも今日は、時間だけはある。ぼんやり浮かんだことを、そのまま口にした。
「……たぶん、前の人生から、なんですよね」
〔だんちょー〕は?
〔名無し〕前の人生????
〔ねむ〕急にどうした
〔名無し〕スピリチュアル回はじまった
〔通りすがり〕話が見えないぞ
「あ、いや。うろ覚えなんですけど。俺、これで二回目、だと思うんです」
言ってから、自分でも変なことを言ってる自覚はあった。でも止まらなかった。
「前も、日本っていう、なんか似たようなとこにいて。でもダンジョンはなくて、代わりにゲームがめちゃくちゃ発展してたとこなんです。ずっと一人で、ゲームばっかりしてて。ダンジョン系のゲームで、マップを100%埋めないと気が済まないタイプで」
〔名無し〕出た前世ゲーマー
〔だんちょー〕設定盛ってきたな?
〔名無し〕でも妙に納得感あるのなんなん
〔ねむ〕前世からぼっちだったの……?
〔名無し〕説明つきすぎて逆にこわい
〔通りすがり〕気質は転生しても据え置きってコト?
「そうそう。その、埋めたい気質だけ、そのまま持ってきた感じで。……たぶん」
〔通りすがり〕スキルと関係してる?
「スキル……。孤独のことですかね。頭ではソロでダンジョン行くのって危ないことは分かってるんですけどね。不測の事態になったら身動き取れなくなって死にますし。けど、どうしようもないんですよ。地図に向き合いたいので、一人の方がやっぱ集中できますね」
それに、と続けた。少しだけ、素直な声になった。
「地図って、いいんですよ。……人のことは、いまだによく分かんないんですけど。地図は、埋めた分だけそこにいてくれるんで。だから埋めてると落ち着くんです。癒し、っていうか。拠り所、っていうか」
〔ねむ〕……なんか、沁みた
〔だんちょー〕急にいいこと言うじゃん
〔名無し〕地図は拠り所、名言では
〔通りすがり〕この人の芯、これだったのか
前もそうだった気がする。一人で地図を埋めてる時だけ、なんとなく、大丈夫だった。二回ぶん、ずっと。
……って、しんみりしすぎた。俺は慌てて付け足した。
「あ、でも。半分は、ただの癖なんで。深く考えてないです。埋まってないと、気持ち悪いだけっていうか」
〔だんちょー〕照れ隠しかわいい
〔ねむ〕いいとこだったのに
〔名無し〕情緒を自分で茶化すな
〔名無し〕人と喋るの苦手なのになんで配信は始めたの?
「あー。……これも、我ながら変なんですけど」
喉のあたりを、指で軽く触る。今はなんともない。でも、と思う。
「面と向かうと、喉が閉まっちゃって。声、出ないんです。それも、たぶん前からずっと」
配信をつけると、口が勝手に回る。素の俺は、半日でも一言も喋らない日がある。その落差を、うまく説明できたことはない。
「でも、なんでか。配信だと、喋れて。画面の向こうって、ちょうどいい距離なんですよね。顔も見えないし、嫌ならいつでも切れるし。……だから、続いてるんだと思います」
〔だんちょー〕その距離感に我々は救われている
〔ねむ〕ちょうどいい距離、わかる
〔名無し〕こっちも顔出さんでいいから楽なんよ
〔通りすがり〕お互い様の距離って感じでいいな
〔だんちょー〕てか、そもそも配信始めたきっかけって何よ
「きっかけ、ですか。……しょうもないですよ」
二年前。マッパー登録したてで、機材を探して、いちばん安いゴーグルを買った。型落ちのセール品。理由は、それだけ。
で、買ってから気づいた。安物すぎて、録画を残す機能がない。歩いた記録を残すには、配信の形で流して、アーカイブを保存するしかなかった。
「地図の記録用に、流してただけなんです。誰も見てないと思ってたし、実際ずっと誰も見てなかったです」
〔だんちょー〕おい
〔ねむ〕無観客時代のそろぼっち……
「で、ある日。コメントが一個ついたんです。『この地図のおかげですごく助かりました』って。……びっくりして、思わず声で返事しちゃって」
それが、たぶん、五日ぶりに出した声だったと思う。
画面の向こうの誰かに、口で返事をして。それで、通じた。あの時の変な感じは、いまだに覚えてる。
「……それだけです。ほんとに、しょうもないでしょ」
〔だんちょー〕しょうもなくないが?
〔ねむ〕その最初のコメントの人に、感謝しかない
〔名無し〕初コメの人、名乗り出て
〔名無し〕ところでころぼって何
ああ、そうか。ウロボロスの配信が始まってから来た人は知らないのを忘れていた。
「そういえば……ころぼ、って毛玉みたいなのがいて。この前、コモルの住処に帰したんですけど」
少し寂しい。口に出すと、よけいに。
「コモル坑道見つけて潜ってたときに懐かれて。あのときは茹でた鶏肉とかナッツをあげました。……ちゃんと、食べてるかな」
〔名無し〕そろぼっちがしんみりしてる
〔ねむ〕また会えるよ、きっと
〔名無し〕お迎えしちゃいなよ
「いや、あいつモンスターだし、コモルが住処なんで。……でも、ちょっと、会いたいですね」
喋ることなんて、そんなにないと思っていた。なのに、質問に答えているうちに、けっこうな時間が経っていた。
二回ぶん生きて、ずっと一人で。それでも今、画面の向こうの何百人かが、俺のどうでもいい話を聞いてくれている。
……変なの。
嫌いじゃ、なかった。
「えーと。じゃあ、今日はこの辺で。埋めないと、やっぱり落ち着かないので。……次は、ちゃんと潜ります」
〔だんちょー〕雑談回またやって
〔ねむ〕また聞きたい
〔名無し〕結局地図に戻るの様式美
〔通りすがり〕おつかれ、二周目
配信を切る。
部屋は、いつも通り静かになった。
でも、さっきまでの賑やかさが、まだ耳の奥に少し残っていた。
……明日、装備が戻ってきたら。ウロボロスの続きを、埋めにいこう。




