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今世もぼっちなのでソロでダンジョン全踏破します〜【スキル:孤独】持ちの配信者、ボス部屋も埋めたいので失礼しますね〜  作者: 絹田屋


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第01話 全マス埋めます!


 俺には、取り柄がひとつしかない。

 それは、ダンジョンの地図を、誰よりも綺麗に埋めること。


 強くなりたいとも思わないし、人と喋るのは苦手。財宝にもレベル上げにも、ランクにも興味がない。ただ、埋まってないマスを埋めたい。その一点だけなら、たぶん世界の誰にも負けない。

 ……こんな取り柄が何の役に立つのか、自分でもよく分かってないけど。

 俺はゴーグルを被って、耳の後ろのスイッチに指をかけ、ひとつ息を吸った。


-----


 「はいどーも、そろぼっちでーす。今日もダンジョン潜っていきまーす」


 口が、勝手に回りだす。

 今日、初めて出した声だった。起きてパンをかじり、装備を確認して、ここまで一言も喋ってない。誰とも約束がないからだ。今日も、明日も、たぶん。そのはずの喉から、自分でも気持ち悪いくらい滑らかに、声が転がっていく。視界の端に、文字の列が流れ込んできた。


 〔だんちょー〕ちーっす

 〔ねむ〕ねむ……

 〔名無し〕初見です

 〔通りすがり〕作業用に来ました


 「だんちょーさんいらっしゃい。ねむさんは寝ないでく……いや、寝てもいいです。作業用なんで」


 画面の向こうには、たぶん十人ちょっと。顔も名前も知らない。知らないから、いい。直接会わないから、こうやって喋れる。


 〔通りすがり〕オフ会いつですか?


「あ、オフ会は無理です。配信だから喋れてるだけのコミュ障なので」


 本当のことだった。だから、誰も傷つかないように、なるべく軽く言う。

 左手の人差し指の、オートマッピングリングに触れる。視界の隅には、うっすらと方眼の地図。一マスは、俺の歩幅でだいたい三歩四方。埋まるのは、俺の周りのひとマスぶんだけ。歩いた分しか、地図にならない。だから空白は、自分の足でしか消せない。何度見ても、これが一番落ち着く。


「今日はラーデン公営ダンジョンの地下三階、まだ埋まってない西側を潰していきます。ここ、ずっと気になってたんですよ。地図の左下、ぽっかり空いてて」


 〔名無し〕その手前で階段あるからみんな行かないとこね

 〔だんちょー〕今日も養生施設へようこそ


 「養生施設言うのやめてください」


-----


 通路を進む。ラーデンは、俺の国――ソルナの公営ダンジョンだ。足元も壁も小綺麗で、迷宮というより役所の地下みたいだ。受付で札をもらって入る、ご近所のダンジョン。

 角を曲がったところで、コボルトが一匹、こっちを見て牙を剥いた。


 「はいはい、コボルト君ごめんね〜。通してちょうだい」


 手の甲で軽く払う。ごす、と鈍い音がして、コボルトは壁際にずるっと崩れた。もう、次の角を見ている。


 〔だんちょー〕魔物戦闘RTA始まったw

 〔ねむ〕ごめんね〜出た

 〔名無し〕コボルトへの塩対応すこ

 〔名無し〕初見だけど今の素手? 一撃はやばくない?

 〔だんちょー〕初見さんへ この配信ではこれが平常運転です


「RTAじゃないです。早く埋めたいだけです」


 倒したいわけじゃない。どいてほしいだけだ。埋まってるところはササッと通り過ぎたい。何かが乗ってるマスは、読めない。埋まらない。


 だから、倒した方が早ければ倒す。どいてもらうのが早ければそうする。


 サクサクと西の奥地へと向かう。


-----


 西側の奥地。まばらに埋まってないエリアに到着した。

 次の小部屋は、床の一部が変色していた。罠だ。ここだけ誰も埋めてない。


 「あ、ここ罠ですね。……こういうのは、踏んで確かめないと埋まらないんで」


 〔だんちょー〕また始まった


 「大丈夫ですよ。種類確認してから踏むんで。……感圧式、作動はちょっと遅延あり。はい、よし」


 縁を見極めて、軽く踏んで、すぐ退く。背中でちりっと火花みたいなのが散ったけれど、もう俺はそこにいない。マスは、ちゃんと埋まった。


 その先の突き当たりで、俺は日頃の癖で壁を叩いた。こんこん、と乾いた音。

 ……ん。

 もう一度。こん、こん——ごん。

 一箇所だけ、音が違った。低くて、奥が空いている感じの音。


 「……ここ、なんかあるな」


 〔だんちょー〕お、新規開拓?


 指先で地図を確かめる。ただの壁の中のはずだけど……。気になる。すごく、気になる。

 でも、と俺は手を止めた。今日のノルマは西側を埋めること。時間も微妙だ。


 「……今日はいいか。ここは、次回」


 後ろ髪を引かれつつ、壁に背を向ける。気になる壁は、気になるままにしておく。明日にでも来よう。


-----


 西側の最奥は、ラーデンの中じゃ、ちょっとした難所だ。

 回転床と暗闇ゾーンが、交互に何度も続く。乗るたびに床がぐるりと回って、視界が落ちる。何度通っても、ここを抜けるころには、自分がどっちを向いてるのか分からなくなる。方向感覚を、まるごと持っていかれる。

 俺はもう何度も来てるから、体で覚えてる。それでも、一瞬、迷う。

 暗闇を抜けて、回転床をひとつ越えたところで、視界の端にそれが見えた。

 古い革のローブを着た、人のかたち。壁に半分もたれるようにして、動かない。ずいぶん前からここにいる。地図にも、ちゃんと載っている。“革ローブ”さん、と俺は呼んでいた。

 ダンジョンってのは、死体を消さない。死んで倒れた人は、そのまま残る。だから“革ローブ”さんも、ずっとここにいる。いわゆる死体マーカーだ。


 「……あ、よかった。こっちで合ってますね」


 革ローブさんがいる方が、正しい方向だ。回転床で向きを失っても、この人さえ見つければ、ちゃんと奥へ抜けられる。

 こんな方向感覚の狂う難所だ。わざわざ運び出しに来るのも一苦労だし、それに、この人がいなくなったら後から来た連中が迷う。だから誰も、ここから動かさない。動かせない。

 俺は足を止めて、しゃがんで、軽く手を合わせた。


 「いつもありがとうございます。……革ローブさんのおかげで、今日も迷わずに済みます」


 声のテンポが、自分でも少しだけ落ちたのが分かった。先に来て、ここで力尽きた人がいるから、後から来た俺が迷わずに歩ける。


 視界の端、文字の流れが、ふっと止まる。さっきまでの賑やかさが、すっと引いた。


 〔だんちょー〕…………

 〔ねむ〕……手、合わせます


 数秒。ダンジョンの、空気みたいな音だけが配信に乗った。

 ……うん。


 「はい、行きましょ」


 俺は立ち上がって、また早足に戻る。次のマスへ。湿っぽいのは、性に合わない。たぶん、見てる人もそうだろう。


-----


 それから小一時間、俺は黙々と西側を潰していった。

 コボルトをどかして、行き止まりを踏んで、罠を確かめて踏む。方眼をひとつずつ、色で埋めていく。視界の左下の黒い空白が、じりじりと縮んでいく。

 そして、最後の一マス。


 ドン詰まりの角を踏んだ瞬間、地図の西側が、ぴたりと繋がって閉じた。空白がない。継ぎ目もない。きれいな、完成された一区画。


 「……はい。今日のノルマ、達成でーす」


 自分でも、ちょっとにっこりしてしまう。これだ。これがいいんだ。顔は配信に映らないけども。


 〔だんちょー〕おつかれ! 今日もいい埋まりだった

 〔ねむ〕完璧な西側……好き

 〔名無しがWatching〕今日も平常運転で安心する


 「ありがとうございます。また明日、潜ります。……たぶん、あの音の違う壁から」


 配信終了のスイッチを押す。

 ぶつ、と音が切れて、文字の流れが消えた。

 ゴーグルを外すと、帰り道は急に静かになった。足音だけ。さっきまで十数人と喋っていたのが嘘みたいに、誰もいない。

 ……でも、悪くない。

 視界の隅では、さっき埋めたばかりの西側が、まだうっすら光って見えている。明日は、あの壁を崩そう。その向こうの、真っ黒なマスを。


 「……まだ埋まってないとこ、たくさんあるかな」


 誰にともなく呟いて、俺は出口へ歩きだした。


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