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窓から太陽の光が漏れ始める気配がした。魔族の娘で平和主義者のリリアはそれを良く思わない魔族に命を狙われていた。いや魔族だけじゃない、ヒト族だって魔族との共存を望まず、いつまでも魔族を敵にして戦争を起こしたい輩だってたくさんいるはずだ。リリアはそんな状況にも関わらずなぜ世界を放浪し、困っている種族を救いたがるのか、ロキはその本質を理解することができなかった。
「やぁロキくん、巡回ご苦労であーる」
「リリア」
寝間着姿の無防備な彼女は警戒中のロキにちょっかいをかけるように頬を指でつついた。
「ダメだよ勝手に部屋の外に出ちゃ」
「大丈夫だよ、置手紙は書いてきたし……ねぇちょっと朝の風一緒に浴びに行かない?」
窓の外を眺める。たしかに空は白く照らされていて、東の山から太陽が顔を出しそうだった。
――魔族の魔力は感じないし、殺意の気配も感じない。
「いいよ、付き合ってあげる」
「やったね」
リリアは笑うとすぐにロキの手を引いて宿の外へ駆けだしていく。
「リリア」
「なに? ロキ」
「どうして魔族のきみが他の種族を救う旅に出たの?」
「……魔族が平和を願っちゃだめ?」
「い、いや、そうじゃないよ。ただ恨んでないの?」
「誰を?」
「僕たち人間を」
「……それはお互い様じゃないかな」
ロキは思わず口を閉じた。リリアは宿から少し外れたところにある小さな丘に向かって歩いていた。
「ロキ、私はきみを仲間にすると決めたときにいろいろきみのことを調べたんだ。もちろんきみにかけられた魔法のことも……きみは世界を憎んでいるんだね」
「……」
「別に無理に答えなくても良い、誰だって答えにくいことはある。ほら見てご覧ロキ」
ロキは顔を上げる。丘の上に立つと登りたての太陽の光が二人を包んだ。
「世界が平和であらんことを」
そう言ってリリアは左腕を差し出し、右手に持ったナイフで自らを切りつけた。
「リリア」
どこに隠していたのか分からなかった。ロキは突然のリリアの奇行に面を喰らってしまい止めることができなかった。
「戦場に散ったすべての同胞たちよ、平和の礎に犠牲になった戦士よ、あなた方の魂が再びこの地に廻り戻られんことを、シュールン(我は祈り想う)。」
祈りを捧げたリリアの左腕から滴る血がこの地に落ちた。微かに魔力を含んだその血が止まるまでリリアのお祈りは続いた。
「ロキ、私はきみが憎む世界を変える」
リリアはいつものように笑ってからロキを抱きしめた。
「私はきみの閉ざされた心の扉を開ける鍵になろう」
抱きしめられながらロキはほのかに今は亡き姉の面影をリリアに感じていた。
「リリア」
「ンフフ、何かな?」
「苦しい」
「おっと」
身体から離れたリリアの左腕は傷跡を残して血は完全に止まっていた。
「さぁ帰ろうか、一時間後にはこの村を出発だ」
今度は幼い少女のように笑っていた。ロキはリリアの背中を追いかけながら心の中でつぶやく。
――僕は魔法の娘と世直しの旅に出た。




