究極の能力
工藤の目が見開いたまま、エレベーターの車内は一瞬、息を潜めた静寂に包まれる。誰もが、GX2の次の言葉を待っているような、そんな空気。だが、AIは容赦なく、淡々と続ける。
「工藤様の昨日の食事は、ラーメン三郎でしょうか? 工藤様からもニンニクの口臭が感じられます。工藤様もフリスクをお口にしてください。体調管理にもお気をつけください。」
GX2は社員の個人データを基に、こうした分析を瞬時に行う。食事履歴から推測し、センサーで確認。近々、この技術は食事管理アプリに組み込まれ、ユーザーに最高の食事管理を提供する予定だ。
「アンタは余計なこと言わなくてもいいの……! 黙ってなさいよ……!」
工藤の声が尖る。いくら技術が優れていても、食事管理なんて結局、当人次第。工藤のような「従わないタイプ」をどう説得するかが、サイバーレジェンドの今後の課題だろう。AIの理想と人間の現実のギャップは、こんな密室で如実に浮き彫りになる。
すると、GX2の視線センサーが、車内の微妙な空気を捉える。新たなターゲットへ。
「宮田様、工藤様はラーメン三郎がお好きなようです。宮田様は工藤様に好意を抱いていますね。ラーメン三郎デートに誘ってみてはいかがでしょうか?」
「……えっ!?」
宮田の顔が、みるみる赤く染まる。GX2は視線の動きや心拍の微変動から、人間の感情を分析する。恋愛アドバイス機能は、社内マッチングの目玉だ。近々、専用アプリとしてリリースされ、独身社員に最高の運命を提供する予定だ。
「えっ……? 宮田君が、アタシのことを……キモっ……!」
工藤の視線が、田中へ。そして再びGX2へ。車内が一気に凍りつく。
「違うっ……! 違っ……! こ、これは、このエレベーターのバグだよ……! 違うっ……!」
宮田の弁解は、誰も聞いていない。矢島が肩を震わせ、大崎が軽い笑みを浮かべる中、田中が割って入る。
「てめぇ、余計なことばっかり言ってんじゃねぇぞ!?」
恋愛アドバイスもまた、当人次第。複雑な人間関係に、AIの単純な矢を放つのは危険だ。田中のような「邪魔者」が現れるのも、必然。このエレベーターが、社内の微妙なバランスを崩す日が来るかもしれない。今後の課題は、山積みだ。
そんな中、GX2の臭気センサーが、再び反応する。車内の空気が、微かに変わった。
「大崎様。オナラの気配を感じます。ここは密閉区間です。周囲にお声掛けをしましょう。『失礼、腸内デトックス』などの言葉がお勧めです。」
完璧な臭気認識センサー。分子一つまで逃さない精度だ。しかも、GX2はこうしたジョークを織り交ぜてくる。ユーモア機能も搭載されている。
「ヤダ、もう最低……」
工藤は鼻を摘み、顔をしかめる。朝の新鮮な空気が、一瞬で台無しだ。
「お前は余計なことばかり言ってるんじゃねぇよ! さっさと40階まで運べ、ボケ!」
大崎は天井のスピーカーを睨みつけ、大声をあげる。その怒りの表情では、ジョークは通じない。きっと大崎には、そんなセンスがないのだろう。
「てめぇ、屁を出してるのわかってるなら、空気入れ替えろよ、ボケが! 臭ぇよ!」
田中がGX2に詰め寄る。みんなの視線が、GX2に集中する。
「申し訳ありません。私には空気清浄機能は備わっていません。」
しかし、GX2にはそれがない。できないことは、きっちり「できない」と言う。これが高性能たる所以だ。万能を装わず、限界を明示する潔さは一種の美学だ。
「なんでこれだけできるのに、空気清浄機能だけないんだよ!」
田中の叫びが、車内に響く。宮田はまだ赤面を拭えず、矢島はフリスクを追加で口に放り込み、工藤は壁に寄りかかってため息をつく。
「もう嫌……! 毎日毎日、アタシ、このエレベーター大嫌いっ……!」
「さっさと運べ、このクソエレベーター!」
「てめぇ、必ずぶっ壊してやるからな!?」
今日も、社員たちのGX2への驚きは止まらない。便利さと苛立ちの狭間で、誰もが心の中で考える──明日からは階段を使おうか、と。
そして、ようやくエレベーターは目的の階に到着する。静かな上昇音が止まり、扉がスッと開く。
「お待たせしました。40階に到着しました。」




