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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~最終章~
252/256

52、最終決戦、その六「叛逆者の叫び」

 それは、凡庸な光景だった。

 大陸北から続く街道沿いの、何の変哲もない荒れた土地。

 まばらな低木があるだけで、岩と砂地と土が偏在し、耕作地として見込まれないために人の手も入っていない。

 そんなジェデイロ北の、北部森林地帯にほど近い場所に、最後の決闘の場所が、開かれていた。


「ユーリ!」


 呆然とした気持ちから覚めて、岩倉悠里は振り返る。

 壁を隔てた向こう側には、グリフがいた。その近くにコスズもフランも、イフもいる。


「シャーナ、は?」


 グリフの顔に浮かんだのは、嫌悪感と憐憫の、中間ぐらいの気持ちに見えた。

 ただ首を振り、ここにいないことを示す。

 その隣で、コスズが叫んだ。


「なぜじゃ、ユーリ! なぜ受けた!」

「受けたのではありません。彼の意思に関わらず、受けざるを得ないのです」


 巨大な異形の杖を振るい、"刻の女神"は厳格に告げた。


「世界の救済者と成った岩倉悠里に、格下の勇者からの挑戦を、避ける資格はありませぬ」

「ふざけるな! そのコボルトが、シェートが格下じゃと!? 詭弁も甚だしい!」

「詭弁ではありませぬ。これは、あなた方の意志です」


 黒い時間の神は、嗤っていた。

 その問いの、愚かしさを。


「最前の会談で、あなた方が認めたのではありませぬか。世界を救った者は岩倉悠里であり、コボルトなどその配下として、隷属するべしと」


 悠里は絶句し、コスズたちは視線をさまよわせた。 

 あの席の申し入れ、つまりあの段階で彼らはこの決闘をみすえて、自分たちの序列をわざと、下に堕としていたのだ。

 格上の神は、格下の神の挑戦を断れない。そのルールを使い、決闘を回避をさせないために。


「だ、大丈夫だ! 俺たちのユーリが、負けるはずがねえ!」


 両の拳を握り、叩きつけてグリフが叫ぶ。


「そうじゃな。こうなれば、儂らの祈りで、ユーリを助けてやらねばな!」


 同じく、輝く壁に手を当てて、何も見逃すまいとコスズが目を見開く。

 だが、フランとイフは、わずかに顔を歪めて、うつむいていた。


「ど、どうした、お前ら! まさかユーリじゃなく、コボルトの方を応援するってんじゃねえだろうな!?」

「……そうでは、ない。だが」

「シェート、さん。教えて、ください」


 壁に近づき、異形の少女は振り絞るように叫んだ。


「ここまで! ここまでして! やらなきゃいけなかったんですか!」


 決闘の宣言をしてから、ずっと黙っていたコボルトは、頷いた。


「ああ。俺、戦いたい。だからだ」

「フィアクゥルさんも、グートさんも、あんなになって! それでもですか!」

「……そうだ」


 そのまま膝を突き、泣き崩れるイフの代わりに、フランが尋ねる。


「それほどまでに、貴方にとって神の使命とは重いのか。女神サリア―シェの願う世界を叶えなくてはならないのか」

「……少し、違う」


 シェートは首を振り、女騎士の顔を見据えた。


「サリア、願い、叶える。俺、そうしたい。でも、それだけ、違う」

「では、貴方は何のために」


 彼が問いに答えようとした時、無数の馬蹄の響きが近づいてきた。それを追う足音も。

 最初に騎士たちが光の壁に近づき、知人たちが続く。

 その数は次第に増えて、一塊の群衆となって取り囲んでいた。


「悠里」


 その一切を無視して、コボルトは告げた。


「戦え、俺と」

「……嫌だ」


 それが、悠里の中に最初に浮かんだ答えだった。


「なんでだ」

「嫌なものは嫌なんだ! それじゃ、いけないか!?」

「いや、それでいい」


 そして口にしてから、馬鹿みたいだと気が付いた。

 まるで駄々っ子だ、こんなの。それを分かっているから、シェートはただ、こっちの言葉を肯定したんだろう。


「俺は、この戦いが終わったら、今度こそ、君と君たちを受け入れられるように、するつもりだった。もうコボルトが、シェートが、追われなくてもいいように」


 壁の向こうから、少なくないざわめきが伝わってくる。それでも、自分の思いを打ち明けるなら、今しかない。


「君に死んでほしくなかった! フィーにだってあんな真似をしてほしくなかった! あの戦いの場にいたみんなが知ってる! 君の強さも、優しさもだ! それなのに、こんなの、あんまりだ!」


 シェートは驚き、それからそろりと、ため息をついた。

 まるで、息を吐くのさえ、辛いというように。

 それから悲しく笑った。


「ごめんな、悠里」

「え……」

「ありがと、お前、優しい。そういう奴、いなかった。いること、知らなかった」


 それは悲しい、意識の差だった。

 シェートには想像もできなかったのだ。

 わざわざコボルトという『厄介事』に、自分の困難も顧みず、手を差し伸べる者がいることを。


「俺、嫌われる、慣れてる。コボルト、魔物、だから。全部、終わる。その後、いなくなる。そう思ってた」

「それじゃ、何も変わらないだろ! だから俺は!」

「"英傑神"、王様、する。お前、王様、なる。そうだな?」


 その指摘に、壁の向こうがざわついた。

 驚く者、囁きかわす者、あるいはただ頷く者。ただ、そのどれもが、肯定の顔だった。


「どうして、それを」

「ソール、言った。"英傑神"、王、なる。悠里、この星、治める。ここから、変える」

「……ああ。それから、いずれは、地球のことも、どうにかするつもりだった」


 今度はシェートが驚く番だった。悠里は笑い、それからシェートを見つめた。


「神去のことは、聞いてた。だから、俺はシアルカと契約するとき、言ったんだ。地球に神を取り戻して、滅びの運命から救いたいって」

「……そう、なのか」

「正直、フィーの話を聞いた時は驚いたよ。計画もスケールも、向こうが上だって」


 悠里は剣を、腰帯から外した。

 それから、正座を取って、自分の手前に置いた。


「もう一度、お願いする。シェート、戦うのをやめて、交渉から、やり直してほしい」

「……なんでだ」

「遊戯を壊して新しい世界を創ること! コボルトの居場所を創ること! 俺たちは同じ方向を見れるはずだからだ! それを、戦いの結果なんかで、決めたくない!」


 祈るような気持ちで、いや、祈りを込めて、悠里は頭を地面に付けた。


「結果がみんなの幸せにつながるなら、俺は負けでもいい! だから頼む、もう一度、俺と、俺たちと、話し合ってくれ!」


 ざわめきが大きくなり、やがて静まっていく。

 長い間の後、シェートは答えた。


「立ってくれ、悠里」

「シェート」

「立って、戦え」


 上げた先にあったのは、鋭い目でこちらを射る、コボルトの顔だった。

 怒りではなく、意志に輝く瞳が、輝いていた。


「話すこと、ない」

「どうして!?」

「俺、戦う。お前たち、同じ、なれる。だからだ」


 振り絞るように告げた言葉が、胸に刺さる。


「俺、コボルトだ。魔物、弱虫、雑魚、畜生、経験点、言われる。決めつけられる」

「だから、それを俺は変えるために」

「ダメだ。それ、悠里、言ったから。言われたから、言わない。それだけ」


 シェートは夢を見ていなかった。夢想をしない、理想を見ない。ただ目の前にあるものを、あるものとして、受け入れる。

 だから、こちらの言葉の虚飾りそうを、見ない。


「遊戯、嫌だった。戦う、嫌いだ。経験値する、何か倒す、嫌だった」

「俺と戦うのは、嫌じゃ、ないのか」

「嫌だ。でも、嫌だけ、違う」


 シェートの目が、柄の間、どこか知らない景色を見ていた。

 それはきっと、これまでの長い旅の軌跡。


「"神々の遊戯"、戦う時。俺、勇者たち、同じ、なる。ただのシェート、なれる」


 世界から規定され、隷属を強いられた一匹の魔物が、世界と公正に向き合える権利。


「俺、欲しいの。許される、違う。同じ、なれること。だから」


 空漠の荒野を背負い、ただ一匹のコボルト、シェートは声を上げた。


「戦え、勇者! 俺、同じ、思うなら!」



 声を上げたシェートの目の前で、悠里はひどく悲しげな顔をした、それから意を決して武器を取り、腰に戻す。

 その背中の向こう側で、群がる人々が、ざわめいた。


「ふ、ふざけんなよ……」


 呆然と、それでも、しり上がりに怒りを見せたのは、グリフだった。


「戦いたいから、戦ってる時だけ勇者になれるから、そんなくだらねえことが理由で、戦いたいってのか!」


 その指摘は、的を射ていた。自分自身でも、正直、呆れてしまうほどだ。

 でも、これだけは譲れない。

 ここまでずっと、理不尽をはねのけるために戦っていた気でいた。だが、それは少し違うのだと気付いた。

 勇者という肩書越しではあったが、戦い続けることで、自分は自分として生きることができた。

 魔物のコボルトではなく、シェートとして、世界に関われた。


「そんで、その後はどうでもいい。ユーリが必死に、テメエを助けるためにやろうとしたことも、踏みにじろうってんだな!」


 きっと、あの男にはわからない。

 生きて行った悪徳も善行も、人として扱われる者には。

 この、生まれて初めて手に入れた『もの』は、どんな善意を積まれようとも、売り渡すつもりはなかった。


「……そうだ」

「ああ、そうかよ!」


 両の拳を叩きつけて、グリフは絶叫した。


「構うこたぁねえ! やっちまえユーリ! 魔王をぶち殺せ!」


 その叫びに、周囲の者たちが色めき立つ。自分たちの勇者の目の前にいる者が、なんであるかを思い出して。


『神よ! 勇者に祝福を! 魔王に死を!』

『あそこまでの憐憫を垂れられて、無下にするとは、無礼に過ぎる!』

『身の程知らずの魔物めが! 勇者に打ち倒されよ!』

『コボルトが勇者と等しいなど、思い違いもはなはだしい!』


 その声は、枯れた野原に火種を放り込んだように、広がった。

 騎士たちや森人たちが眉をひそめ、罵声を吐き捨てる。


『やっちまえ、勇者ユーリ!』

『コボルトなんてひねって殺せ!』

『雑魚が魔王なんて笑わせる! 刻んで首を晒せ!』

『ユーリに勝利を! コボルトに死を!』


 徒歩の兵士たち、あるいは傭兵たちも口汚く罵る。 

 剣や槍が地面に突き立てられ、荒々しい靴の音が幾重にも重なって地鳴りを起こした。

 取り囲む全てが、勇者の勝利と、魔王の死を、願っていた。

 

「――――」


 目の前の悠里は、青ざめて唇をかみしめていた。これ以上は、彼にも酷だろう。

 シェートは身構えて、弓に意識を伸ばそうとした。


『ふざけてんじゃねえよ、お前らあっ!』


 その声に、一万を超える人々が、口をつぐんだ。

 人垣を左右に割って、やってくる姿がある。

 白い狼と、その背にまたがった、青い仔竜。


「シェートは、言っていいんだ。自分の願いを、言っていいんだ!」


 大地に降り立ち、光の壁に歩み寄る。

 それから、群衆に向き直った。


「あいつは、あいつの仲間は、ずっと隠れて、生きていこうとしてた」


 二人の身体は、見たこともないくらい、傷ついていた。

 仔竜の翼は破れたまま、角も片方が砕けて、癒え切らない傷を抱えたままだ。

 狼も毛皮の多くが焼け焦げて、左の後ろ足が地面に付いていない。


「それを壊したのは、勇者だ。神々の遊戯が、全部壊した。勝手な都合で、くだらない思い込みで、優しい仲間も、愛する家族も、大好きな恋人も、奪われたんだ!」


 今にも倒れそうな体で。

 それでも、仔竜は語るのをやめなかった。


「そんなあいつの戦いを、願いを、くだらないなんて、誰にも言わせない!」


 一歩踏み出し、フィアクゥルは、絶叫した。

 

「俺が、絶対に、言わせねえんだからなぁっ! 馬鹿野郎っ!」


 青い背中が、震えていた。

 拳を握り、消えていった叫びを睨みつけるように、立ち尽くしている。

 構えかけていた手を降ろし、シェートは壁に近づく。

 そして、声をかけた。


「フィー」

「……うん」

「こっち向け」


 泣きながら、歯を食いしばって声を押し殺す仔竜に、拳を上げた。


「ありがとな」

「……ああ」

「俺、勝つ。必ず」


 涙をぬぐって、仔竜も拳を上げる。

 そのまま、壁越しに打ち合わせた。


「やるぞ、悠里」


 これ以上、振り返るべきものはない。

 コボルトの狩人は、目の前の獲物を見据えて、宣言した。


「決闘だ」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 神々の遊戯と魔王の立場が、そのままユーリとシェートの構図になってる? マ「散々甘い汁を吸っておいて今さらサ終とか?」 [一言] コボルトの得たもの。確かに人には理解されないわな。 ……
[良い点] 個として認められる存在であること。こんな当たり前の事象がコボルトには生まれた時から許されなかったのだと、それどころか気づくことなく死んでゆく種族なのだと、今回のシェートの望みを見てあらため…
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