49、最終決戦、その三~信念/Faith~
気が付けば、シェートの背後に馬蹄の響きが迫っていた。
進んでいく先には魔王城のがれきが散らばる。大小さまざまな石壁や鉄の柱が、突き刺さって、朽ちていく途中だった。
『コマンドポストから【オルトロス】へ。イレギュラー発生、予定以上にフィーが敵を後逸してしまった。あの魔術師、この世界、天然の英傑だったらしい』
『星の防衛本能、外敵への備え、厄介な変異種』
『それよりも、このままでは作戦に支障がでます。なんとかせねば』
この作戦は三つの段階に分かれていた。
第一段階、フィーの最後の力を効率よく使うため、北の戦場跡に敵を誘導すること。
第二段階、シェートが囮になって敵を引きはがしつつ、最後に勇者だけが残るよう、逃避を続ける事。
第三段階、先頭の悠里を残して、他の取り巻きを脱落。二キロ以上の距離をとって決闘を宣言する。
だが、追いすがってくる騎馬の群れは百を超え、悠里の仲間も含まれている。
『最悪、アマトシャーナさえ入ってこなければ、どうとでもなるが。なるべく人を殺さない、という目的は無視することになりますね』
『……分かって、います』
それはあまりにも愚かな願いだ。自分が魔王を名乗った以上、相手は殺す気でやってくるというのに。
そんな甘い考えを少しでも実現させるために、短期間でなるべく犠牲を少なくするために立案された作戦だ。
『観測機器より報告。勇者の砦、騎兵増援二千が進発。歩兵、約三千が集結中』
『シェート達との相対距離は?』
『約八キロ、と言ったところです。先行部隊も合わせ、フィーには更なる負担がかかりますが……』
サリアの声は焦りと、冷静になろうという意志でせめぎ合っている。シェートは意を決して、グートの足を止めさせた。
「馬、数減らす! いいな!」
『了解。ただし、敵に追いつかせては意味がない。交戦時間は三分に限定!』
弓を引き絞り、銀の光を生みだす。
狙うべきは手綱、轡、鐙、そして、乗り手の兜。
「しぃっ!」
それぞれを砕かれ、乗り手たちが体勢を崩して馬から落ちていく。これが自分にできる精一杯の手加減だ。
もう一発、そう思い弓を引き絞った時、
「シェートっ!」
青い旗竿を掲げたモーニックが、怒りと絶望をないまぜにした顔で割り込んだ。
「なぜこんなことをした!」
震えそうになる手で、弓をぎゅっと握る。
迷うな。
「俺、魔王だ! 勇者、仲間、話すこと、ない!」
「カーヤが悲しむ! こんなことをすれば、あの子は!」
銀の光を引き絞り、放つ。
光が鎧の前面や肩口へ飛来するが、こちらの迷いを見逃す相手ではない。
右手の旗竿を振るい、すべての攻撃を叩き落とす。手綱を口にくわえたままだ。
その後ろから、悠里と合流した仲間たちが、追いすがってくる。
「モーニックのおっさん! でかした! 後は俺らが頭を押さえりゃ終わりだ!」
「すまんが、貴様らの願いを実現させるわけにはいかん!」
騎乗しつつ弓を引き絞り、それでも顔にわずかな苦悶を匂わせ、コスズは叫ぶ。
「儂らはユーリを失いたくないっ! こればかりは、こればっかりは! シャーナと同じ気持ちなんじゃ!」
放たれた矢には風の加護。通常以上の速度で迫るそれを、加護の拳で叩き落とし、わずかに走りが乱れたグートに、左から新たな騎馬が迫る。
「残念です。私は、貴方を尊敬していた」
その言葉をかすませるほどの刺突を、フランバールが繰り出す。首を逸らして避けたところへ、力任せのメイスが襲い掛かる。
「くそっ!」
グートから飛び降り、双剣で受けながら背後へと吹き飛んだ。
メイスの一撃を繰り出したグリフが、絶叫する。
「今だ、射殺せ!」
その瞬間、雨のような音を立ててエルフの弓隊が、太い矢を解き放つ。取り囲んでいた騎馬が一斉に場所を空け、
『《天昇炎陣》』
間に割り込んだ銀色の穂先が、爆炎の柱を噴き上げた。
『逃げるんだ! 今のうちに!』
グートに飛び乗り、走り出す。爆炎が収まり、開けた視界の先にあったのは。
「シェートぉっ!」
振りかぶられる、反身の刀。悲嘆と絶叫を貼りつかせた悠里が、一撃を繰り出す。
弾き、身をかがめ、狼が走るに任せる。
当たりは軽かった、殺意も全くない。ただ、叫びを乗せただけの、悲しい攻防。
「頼む、グート! もっと、早く!」
それでも曲げられないものがある。
サリアの願いだけではない、自分の願いも、この戦いには込められているのだから。
『シェート、いったん作戦は忘れよう。ウサギの逃げ足を思い出すんだ』
白い小竜の声は平板で、どこまでも冷徹だった。
それまで追いかけていたウサギの足跡が、突然途切れる時がある。巣穴の付近や、追跡者を撒くために、大きな跳躍で道筋を消すやり方だ。
だが、自分たちはウサギではないし、一足飛びに移動する方法もない。
『最後の一飛びには、考えがある。まずは、瓦礫を利用して、敵を減らすことを考えよう。フィーにも航空支援を要請する』
「分かった! グート!」
相棒に声をかけ、歩調を変える。
不自然に見えないように、少しずつ目的から意識を逸らす。後ろの圧力に負けて、どこかに逃げ出したいと思っているように。
『残る騎兵、六十名弱、現戦力での漸減、困難。岩倉悠里、追跡を継続』
振り返れば、悠里を先頭に追いかける陣形が出来上がっている。理想的ではあるが、このままでは一対一という構図からは遠ざかる。
今は一刻も早く、悠里以外を脱落させなくては。
『こちら【01】! シャーナが起きた! 予想より十分以上早い!』
南の平原で、土くれが破裂する。その中で燃えるかがり火のように、赤のドラゴンが怒号と共に火焔を撒き散らし始めた。
騒然とする天の司令部で、それでも白い仔竜は冷静に指示を飛ばす。
『【サンダーボルト01】、エストラゴンを二機回してくれ。囮として使用する』
『なに言ってやがんだヴィト! 今だって、八機あってようやく』
『了解! でも五分だけだ! それ以上は抑えきれない!』
銀色の槍の先が二本、シェートの両脇に付く。
『というわけで、残り五分で岩倉悠里の取り巻きを、排除することになった。ここからは逡巡はなしだ。指示通り、道具として行動してくれ』
それは最後通告だった。目的を達成するために、それ以外を無視しろということ。
「嫌だ、言ったら」
『それを超える答えを出してくれ。それが無理なら、君は死ぬ』
「分かった」
走るグートの上で弓を引き絞り、追いすがる者たちに狙いをつける。
「俺、答え、超える! だから、命令しろ!」
『やれやれ。では、頑固者の言葉に従おう! 『エストラゴン』スモーク展開!』
視界が煙に包まれる直前、追っ手の手足を正確に射貫き、轡を返す。
そして、あえて大声で叫んだ。
「こっちだ! 悠里! 俺、ここだぞ!」
逃げ足でだますなら、足跡を付けなければ。
誘いをかけつつ、シェートは瓦礫が積み上がった荒れ地に走り込んだ。
表示される戦場の略図を視界に収め、ヴィトは状況を把握する。
ひたすらコボルトが逃げを打ち、追いすがる敵をそぎ落とし、最終的に勇者との一騎打ちに持っていくという、単純な作戦。
『名付けて『スーパーボウル作戦』ってのはどーよ?』
状況とミッション達成条件を、アメリカンフットボールになぞらえたグラウムの意見が容れられ、作戦は企画、実行された。
ただし、この大一番には攻守の交代もハーフタイムも存在しない。
こちらがタッチダウンできなければ、終わりだ。
『なるべくなら、殺したくない』
それが"平和の女神"とその勇者、そして仔竜から付け加えられた条件。
はっきり言ってバカバカしい。そんなことをすれば労力が増えて、仔竜ともども生命の危機に陥ることになる。
たった三匹の戦力。
仔竜がいくら全体を底上げしたところで、絶対の戦力不足は覆らないというのに。
「派手に動くな! 今はかく乱と足止めだけでいい!」
『わ、分かってるっ!』
グラウムの声が普段より硬い。フィアクゥルの安否を気遣いながら、状況に焦りを感じている。
彼は四竜の中で、最も『ドラゴンらしくない』ドラゴンだ。
その起源から、ヒトに接することが多かった三竜にくらべ、太っちょの黒竜にはそういう経験がほとんどない。
すべての役割の演技が、彼にとっての『初めて』であり、この任務に入ってからは、確実にフィーに『入れ上げていた』。
そういう理由もあり、お目付け役がソールからグラウムに、変更になったのだが。
(君も、アマトシャーナのことを言えないね)
自分にとって、ヒトなどは引き裂いて死滅させるか、心象風景のひとかけらになるだけの存在でしかない。
ただ、それを見る『目』を与えられてから、すべてに色がついたのも確かだ。
『こっちだ! 悠里! 俺、ここだぞ!』
それにしても、彼らは本当に面白い。
表面上は敵対しながら、その実、傷つけあうことを嫌がっている。
『次に奴と対峙したら、分かっておるな、ユーリ!』
『ああ……分かってるっ!』
岩倉悠里は仲間とともにこちらに来るはず。であれば、分断するのは全体ではなく、一部を切り取るだけでも行けるはずだ。
それでも、この戦力差は、いかんともしがたい。
(やはり、この作戦は無茶だったか)
フィアクゥルと契約を結び、状況に加担はしたが、自分はこの不完全な竜たちの中で唯一『部外者』でい続けることを定められていた。
元人間のソール、生命を生かすことを使命とするメーレ、食欲を軸に自己を確立しつつあるグラウム。
その中で、自分だけは『死』というゴール前提に動いていた。
「ブレスの射線に入るな! 回避前提だっつったろ!」
『んなこと言ったってっ、しつっこいな、このおっ!』
すでにフィアクゥルは『エストラゴン』の支援を受けていない。六機はグラウムの管理下で敵の迎撃に回り、二機はシェートのフォローに回っている。
(フィアクゥルの能力であっても、地竜の女王と同時に、三千近い騎馬集団を抑え続けるのは無理だ)
狂乱したアマトシャーナの攻撃が外れて、不幸な犠牲者が出たようだが、そんなものまで気にしてやるつもりはない。
そして追跡していた騎馬隊が、シェートを求めて瓦礫に近づき始めた。
(作戦中止、いや、元々こんなもの、作戦でさえない。無意味な行為のはずだ)
なるべく早く、仔竜を収容し、この馬鹿げた状況を収束させるべきだ。
このままでは遠からず、味方は敵勢力に飲み込まれ、無駄な死を迎えるだろう。
(無駄な死? いや、すべての者は必ず死ぬ。死ぬ意味などは、生きている者が、死者の軌跡に勝手に見出だす幻想に過ぎない)
あらゆるものを殺すためだけに発生した『現象』に、竜神は自己と他者を区切る、目という指針を与えた。
白と黒のモノトーンの世界は、確かに色づいた。
だが、それがどういう意味かなど、分からなかった。
ほんの少しだけ、情報量が増えただけ。そのはずだった。
(そうだ。なぜ、私は、仔竜と契約などしてしまった)
主からの命令。他の者の演技に合わせただけ。仔竜へのご機嫌取り。
あるいは、そのいずれでもない、なにか。
「……なんだ、これは?」
物思いに沈みかけたヴィトの目に、異常が入り込む。
シェートは小さな残骸に逃げ込み、騎士や勇者の仲間が捜索の輪を狭めていく。
その表層にかぶさるように、戦場を渡るごく小さな『揺らぎ』があった。
フィアクゥルの巻き起こす電子の波に混じって、繰り返される規則的なノイズ。
「ただの空電じゃ、ない? メーレ!」
「なに? 現在、緊急事態。手短に」
「戦場に妙なノイズがある、そちらに回すから解析を」
その波動をチェックしたメーレは、呟くように、告げた。
「--・ -・・-- ・・- ・・-・・ ・・ ・・- ・ ---- ・・-・ ・・・ --・・ ・・ ・・・ ・--・ ・・・- -・・・ ・・ ・・-・・ ・・・ ・--・-」
「な、なんだって?」
「短波による無線通信。モールス信号、利用。翻訳する。『りゆうどうへ こちら ぶらつくばとらー』」
ブラックバトラー、つまり黒い執事。
そんな名を名乗る相手は、一人しかいない。だが、なぜ。
心得たメーレが素早く返信を送ると、地上のどこかにいるそいつは、手短に状況を伝えてきた。
「『我、貴軍に援助を申し入れん。当方、二名』」
「援助の意図が不明だ。それが分からなければ、作戦には組み込めない」
「『魔王より遺言。新たな魔王へ遺臣を贈る。自由に使われたし』」
通信を受けたメーレがこちらに視線を流す。
逡巡できる間などなかった。
「了解した。以後、指揮下に入れ」
「『感謝する。参戦に際し、要求が一つ』」
「善処する。告げられよ」
「『勇者、魔王、双方から、我らの存在を秘匿願う』」
つまり、あくまで裏方、いや『影で以て』仕えるということだ。誰からも知られず、人知れず消えていく存在。
("魔王"の意図は分からないが、えり好みしてる場合じゃないか)
ヴィトは戦場の統括から離れ、作戦指揮権をメーレに申し送りする。
「これから私は独立部隊を動かす。味方へも完全極秘、戦闘記録も残さないように」
「了解」
同席している女神の方も、緊張した面持ちで頷く。生真面目な彼女には難しいことだろうが、無茶振りの対価と思えば安いものだろう。
「【ブラックバトラー】、こちらコマンドポスト。これより直接指示を送る、以後通信はこちらの魔道兵器を介してくれ」
『【ブラックバトラー】、並びに【ライトスタッフ】、了解』
端的な返信を受け取りながら、ヴィトは戦場を認識しなおす。
エストラゴンで確認できるのは、長躯の魔族の女と、小さな黒い羊。
とうとう、自分も前線に出る羽目になってしまった。
だが、口元に浮かぶのは、苦笑いではなかった。
「たまには、こういうのも悪くない、かな」
観客席からでは、舞台に立つ者の景色は分からない。
どんなに見える目を持っていても、視座による世界の変化まで、知ることはできない。
せっかくのお誘いだ、ヘタクソなりに、踊ってみるとしよう。
「スモーク再散布! ダミー展開する! シェート、近くの瓦礫に潜伏しろ!」
指示通りに事態が動き、マップに新たなユニットが追加される。。
すべてを秘匿回線に指定すると、ヴィトは部下に指令を飛ばした。
「これより君たちを【ラビットフット】小隊と呼称する! 小隊前進、シェートの『影』として遊撃せよ!」
濃密な煙を抜けて、狼に乗ったコボルトが駆けだす。手にした弓から魔法弾を開放し、追いすがってきた騎士を叩き落とす。
その傍らに従う銀色の槍の穂先から、鋭い指示が飛ぶ。
『【ラビットフット】、こちらのスモークによる欺瞞行為と同時に、撃退任務に移行!』
『了解。【ライトスタッフ】、お願いします』
狼の口が渋い声で告げ、マントの内側でコボルトが弓を構える。
途端に、『エストラゴン』を起点に煙が溢れ、追っ手の視界を覆い隠す。その効果を振り返ることもなく、狼とその乗り手が、駆けつつ光の矢を放った。
集団の騎馬が数人脱落し、それでも追いすがってくる。
『作戦を説明する。これより君たちは『シェートとグート』として、敵の迎撃と誘引を行って貰う』
『命令、了解しました。質問よろしいでしょうか』
自分を乗せて走りながら、それでも狼に偽装した"執事"は、懸念を込めて問いかけた。
『万が一にでも、我らの存在を、皆さまに知られるわけにはまいりません。その点は問題ありませんか?』
『問題ない。最後の瞬間、君たちは消える。跡形もなく』
『それまでは、指揮所の指令に従えば問題ないと。了解です』
その間も、『コボルト』は赤と青の剣で生み出した弓で、正確に敵を払い、打ち砕く。
よほど目のいい魔術師であれば、こちらの偽装を見破れるかもしれないが、そんなことをができるユニットは、すでに落ちているはずだ。
『個人的な質問を一つ、いいだろうか』
『私は構いません。ただ、僚友は少々寡黙ですので、お含み置きを』
『なぜ、協力を申し出た?』
その疑問は当然のことだ。さっきは地竜の女王に気づかれる懸念と、モールスという不自由な手段ゆえに、手控えしていたのだろう。
『我々は魔王に仕える"執事"と"参謀"です。であれば、新たな魔王に従うのも当然かと』
『そういうジョークを聞きたいんじゃない。今はアフタヌーンティの時間ではないよ』
「遺志だからだ」
ぶっきらぼうに、それでも端的に、"参謀"は告げる。
「"魔王"様、最後のご命令、従わぬ道理がない」
『下命を果たすべく尽力する。故に、そのコードネームか』
『そして私も、あくまで執事ですので』
『もしや、誰にも知られるな、というのも』
答える気はなかった。そもそも、そんな状況でもない。
『シェート様たちの最終目的は、岩倉悠里と仲間の分断。決闘範囲内からの敵排除、この二点でよろしいでしょうか?』
『あとは、君たちの存在の完全秘匿だね』
「であれば、コボルトは極力表に出すな」
スモークを撒き散らし、視界不良を引き起こす。それに反応し、風で視界を晴らそうとしたエルフの手を砕き、馬を潰す。
敵を殺すなとは、反吐の出る甘さだ。しかし命令であれば、従う。
「二つの実体で攪乱し続ければ、敵もコボルトも事実に気づく。なるたけ先行させ、どこかにでも埋めておけ」
『埋伏の毒か。こちらの意図を読み取ってもらえて感謝する。では、ふさわしい場所を選定するまで、少し時間を稼いでくれ』
『【ラビットフット】、了解』
手綱に力を加え、あえてコボルトたちの進行した方向へ走り出す。その意思を正確に履行しながら、"執事"は問いかけた。
『シェート様と足跡を重ねるつもりですか?』
「バックトロットだ。勇者共を惑わせるためなら、有効だろう。我々はコボルトの『影』となる」
『"影で以て仕える"、貴方の本領発揮ですね』
「軽口はいい。幻影の維持に集中しろ。決してこの姿を崩すな」
本来、自分は死んでいる身だ。"魔王"様の、最後の言葉がなければ。
『シェートを、助けてやれ』
あの方はこの盤面を見ておられた。シェートと"英傑神"が決裂し、争い合う未来を。
そのために、二つのモノをコボルトに贈った。
一つは『対戦理由』。
もう一つは『即戦力』。
『なぜ、そこまでするのですか』
『簡単なことだ』
告げる"魔王"はいたずらっぽく笑っていた。
『このまま終わっては、ゲームが詰まらないからな』
いくら歴戦の勇者食いと、超絶的な能力を持つ仔竜でも、"英傑神"の勇者と仲間を相手取っては、敗北は必至だ。
そこに、自分たちというイレギュラーを加えることで、変わるものがあるだろうと。
世界の全てをガラクタに。その方針は全くブレなかった。
「本当に、貴方という方は」
それは愚痴、だったのだろうか。
生まれて初めて漏らした、肯定と臣従以外の言葉。
『右、ご注意を』
突きかかってきた騎士を無言でかわし、その腕を斬り飛ばす。以後の生活に支障は出るだろうが、死にはしない。あの程度なら殺したうちに入らない。
今は、余計なことを考える必要はない。
自分は主に望まれ、この戦場に送られた。
ならば、自分は勤め果たすだけ。
それこそが"参謀"としての『正しい資質』だからだ。
「悠里! どこだ! 俺、ここだぞ!」
大声を上げて注目を集める。
仔竜の魔道兵器があるから、ごまかしはいくらでも効くだろう。
目論見通り集まってきた連中を引き連れ、"参謀"は囮として再び走り出した。




