48、最終決戦、その二~試練/Trial~
それは、会談の少し前のこと。
シェートとサリアの願いを叶えるべく行われた作戦会議中。竜洞のメンバーから、最後の切り札について明かされた。
「新しい、アプリケーション?」
『ああ。元々は対魔王城戦に使うはずだったんだけど、色々あったろ。で、お蔵入りにしてたやつな』
示されたのは、炭素分子繊維を利用した、竜の聲を増幅するための鎧だった。
『正式名称、対根源破滅用(anti-archenemy)・竜種権能増幅拡張機(dragonrace-amplify-unit)。神竜威鎧(exo-dragodeus)』
『長い長い長い長いってメーレ! 人造神格降誕計画といい、お前、無駄に凝り過ぎ!』
命名者の真意がどうあれ、それは恐ろしい『兵器』だった。
いくら自分が仔竜とは言え、ドラゴンの権能を増幅するとなれば、世界を容易に破壊しうる力を手にするということを意味する。
なにより、あの戦いの時に、これを使えていたら。
そんな悔悟を、そっと心の奥底にしまう。
『お前がこれまでしてきた、数々の無茶と無謀、その結晶です。小さな仔竜が、世界を向こうに回して戦うなら、これぐらいの備えは必要でしょう』
『むしろ過剰戦力? その気になれば勇者に与する勢力、お前一匹で塵にできるぞー』
『さすがに、それは言いすぎだよ。とはいえ、地竜の女王以外に、フィーに敵対できる者は一人としていないけどね』
「ただし、シェートは除く」
半分冗談半分真実の言葉に笑い、竜たちは警句を告げた。
『これは、単なるパワーアップの手段じゃない。君の魂を削ることで生み出される力だ』
『使い過ぎ、侵蝕率、上昇。人間性、蚕食』
『しかも『竜樹』にハッキングを仕掛けることで行われる、グリッチのような代物。副作用さえ、十分考えられます』
その全てを、笑い飛ばした。
「そういうの、もういいから。後はやるだけだ」
『そーだぞ、お前ら。仔竜が腹括ってんのに、こっちがビビッてどーする』
『全く、お前という奴は』
そして、言葉を改め、ソールが宣誓する。
『我が名はソーライア、"誄刀"のソーライア。竜洞の司にして炎と怒りを能くする者。これより、汝の御佩刀と成らん』
涼し気な聲とともに、メーレが続く。
『"凍らぬ泉"のメーリウム。汝が請願、その一滴を呑み、癒しと怜悧を以て、支え護ること、誓う』
最後を受けて、さり気なくヴィトが言い添えた。
『我は銘もなき暴威。ただ、死と寂寞をして、ヴィトと号すのみ。荒廃と終焉を招く力、契約の名の下に、汝の槍と為す』
捧げられた忠誠と契約、その全てにフィアクゥルは頷いた。
「"青天の霹靂"の名の下に、汝らとの契約を、ここに結ぶ。ありがとう、みんな」
『ずっりいぞお前ら―! めっちゃカッコよく決めやがって! オレなんて、どさくさ紛れの契約だってのによぉ!』
「俺から頼み込んだのは、お前だけなんだけどな、グラウム」
「べ、別に、アンタからそんなこと言われたって、嬉しくなんか、ないんだからねっ!」
グラウムのリアクションにそれぞれが笑い、承認の験が一つのアイコンになって、スマートフォンへ登録される。
八芒星とドラゴンを象ったそれを確かめて、頷いた。
「武器は手に入った。あとは、作戦だな」
最初は、何かの冗談だと思った。
次々と早馬が工房へたどり着き、自分にも招聘が来て、サンジャージはため息をつきつつ、魔王追討に同行することになった。
まったく、戦働きなんてするもんじゃない。荒事なんてひどくつまらないし、ドラゴン共の目を盗んで、あの『ろけっと』やら『れーるがん』やらを研究したかったのに。
だが、近づいてくる喧噪を見つめて、そんな思いは吹き飛んでいた。
「師匠!」
本性をむき出しにしたイフと合流し、その泣き晴らした顔に笑った。
「ひどい顔じゃな! とはいえ、その方がお前はいいぞ、実にいい!」
「今は! そんなこと、言ってる時じゃ、ないですっ!」
「分かっとるわ。なるほど、これは儂向きの案件じゃ」
目の前に群れ集まるのは、万を超える騎馬。おそらく魔王城攻略に匹敵する軍が、あちこちから集いつつある。
空を舞う赤の竜が、その怒りを炎と化して吹き荒らしている。
その敵対者としてある存在が、騒動の中核だった。
「まったく、長生きして心底よかったわい」
それは小さな、蒼銀と白金の鎧をまとう仔竜だった。
その身体から小さな欠片が、八つほど散らばって戦場を飛翔する。
『た、盾だ! 盾構え……ぐあああっ!』
唸りを上げる銀の穂先。それは盾をかすめただけで裂いて砕き、鎧を食い破って更なる敵に追いすがる。
速度と衝撃は相当のものはずだが、その穂先にはこぼれも砕けもない。たった一本のそれが、盾と鎧で固く守った騎士たちを叩きのめしていく。
『霜月より来たれ――うわあっ!?』
『レギス! 織光網ば、っぐあっ!』
魔術師たちの詠唱は間に合わない。たとえ待機呪文を構えていても、それを超える速度で割り込み、術者の目論見を潰してしまう。
だが、その背後で、一斉に聲が上がった。
『縛めよ! 飛翔せしものを地に堕とせ!』
エルフが放つ無数の蔦が、攻撃に入ったことで動きの鈍った、銀の穂先を絡めとる。
だが、それだけだった。
『《烈火繚乱》』
あろうことか、槍の穂先が『聲を放っていた』。
爆炎が蔓を焼き尽くし、同時に周囲の兵士をもろともに飲み込んでいく。
そして、おぼろげに穂先と重なる、蒼い仔竜の幻像。
「とんでもねえな、こりゃあ……!」
背筋に快感が走る。いくらドラゴンだとはいえ、やっていることがめちゃくちゃだ。
鳥さえ及ばぬ速度で飛翔し、騎士鎧を草を刈るように切り裂き、あまつさえ魔法まで唱える武器を、八つも操る。
しかも、だ。
『蒼き雷霆の咆哮、瞬動雷斬!』
青い閃光と共に、赤い竜の体を切り裂いて飛ぶ、一匹の仔竜。
八つの穂先とは全く別の戦場で、雷を纏った仔竜が、魔法を放ちながら、巨大なドラゴンと立ち回っているのだ。
理屈に合わない、原理が分からない、自分の知らない未知が、目の前に広がっている。
「ふ……ふははははははは! こりゃおもしれえ!」
「し、師匠!」
「いいか、イフ! こういう時は楽しめ! 竜の姫さんに感謝だな、こりゃ!」
会議がこじれた直接の理由は聞いている。
そして、勇者と魔王、双方の考えていることも、なんとなく察しがついた。
だからこそ、断じる。
「こうなったらもう無理だ! 儂は知らん! お前も笑っとけ! これが世の中だ! 理不尽ってやつだ!」
「で、でも!」
「少なくとも、儂は感謝してるぞ! こんなおもしれえものを、見れるんだからな!」
それでも悲しみを晴らさない未熟な弟子に、老魔術師は告げた。
「アイツの晴れ舞台、命を掛けた殿軍だ。涙で水を差すんじゃねえよ」
「え……?」
「あいつはな、ここで俺らをせき止めて、後はコボルトと、ユーリ殿を一騎打ちさせようとしとるんだ」
とんでもない話だ。そして、そのとんでもないことを、力づくでやってみせようとしている。だからこそ、魂が震える。
「そういうことなら、俺らも張り合ってやろうじゃねえか! 力いっぱい、正面から!」
「わ、分かりません! 私には、そんなの!」
「そこで見とけ。たぶんこれが、儂が教えられる最後のことだ!」
笑い、背筋を伸ばす。
もう馬など乗っていられるか。
その場で飛び降り、両足に魔力を点火する。
「ひっ飛べ! 我が新作、一足飛びの長靴!」
それは『ろけっと制作』で思いついたアイデア。ブーツに『ろけっと』と似たような推進機構を付け、どこまでも飛んでいくための魔法の道具。
両手が空くし、マントのようにバサバサもしない。問題は並の人間ではあっという間に魔力切れするのと、制御が自分にしかできないくらい、複雑な事だけだ。
「魔力固定・連鎖、『凍月驟雨・水面月』!」
これを使うのは久しぶりだ。
思いついて魔王軍の侵攻部隊に使ったが、相手があっけないほど脆くて、拍子抜けしたせいで、使うのをやめていた。
飛行する自分の上下を挟むように浮かぶ、総計三百発の凍月箭。
「こいつをどう受ける!? 青天の霹靂よ!」
鉄を搔くような悲鳴を上げて、魔力弾が青の仔竜へ殺到した。
何の冗談だ。フィーは認識を加速させつつ絶叫する。
突然、降ってわいたような魔力弾。その使い手はサンジャージの爺さんだ。とち狂っているとしか思えない、いや元々頭のおかしい魔術師の、あり得ない攻撃。
「エストラゴン、全機結集!」
ぞれぞれの戦域に散らしていたユニットが盾のように目の前に並び、
「『凍月驟雨・八連弾』っ!」
同じく無数の魔力弾が発生して、すべてを相殺させていく。
いや、わずかに手が足りない。
自分が一度に唱えられる『凍月驟雨』は三十発の発生が限界。それはエストラゴンにも適用される。
迎撃できるのは最大二百四十発。残り六十発は、素通しするしかない。
(んなことできるか、いくらこの鎧でも普通に死ぬって!)
回避――全弾は不可能。最大六十パーセントの被弾。
防御――多段攻撃の衝撃により体力の損耗甚大。
離脱――推力が足りなすぎて不可能。撃墜不可避。
世界を極限まで遅くし、過去へと記憶がさかのぼる。襲い来る魔法を、いかに捌くか。
その時、脳裏に一つの光景が閃いた。
「その手が、あったか!」
迎撃の光を放ち、こちらに戻ろうとする小さき竜に、叫ぶ。
「エストラゴン――ブレードフォームッ!」
左右の手甲に一機づつ、尻尾に二機連結された穂先。腰と翼に残りが配置され、まっしぐらに銀光の群れへ飛び込む。
その刃に、赤い破術の加護が宿った。
「うおおおおおおおっ!」
秒単位で襲い掛かる銀光を、破術の光を帯びた刃と尻尾が叩き落とす。
一つとして体に触れることはなく、衝撃さえ遮断しきって、六十発の攻撃をすべていなした。
魔王城でグートを救った時、炎と風を切り飛ばした記憶がヒントになった。
「あぶねえだろうが! 爺さんは日向で茶でもすすってろよ!」
「はっは! そんなイイモン見せつける方が悪い! さすがは新魔王、一の配下か!」
とんでもない厄介さだ。この期に及んで、こっちとの戦いを楽しんでいる。
それでも、その顔にほんの少し、救われる気がした。
「でだ、儂と上の女王様、同時に相手取ったなら、どうだ?」
忘れていた脅威がまっしぐらに降ってくる。
前言撤回、こいつは最低最悪のジョーカーだ。
「魔力固定・連鎖、『凍月驟雨・水面月』」
そして降ってくる赤い竜の鼻先に、金色の魔力光が、百を超える数で浮かび上がる。
「我が怒りに撃たれて死ね、仔竜!」
上からは金の輝き。
下からは銀の眩さ。
示し合わせたわけでもないのに、ドラゴンと老魔術師の攻撃は、こちらの逃げ道を完全に塞いでいた。
それでも、絶対に、諦めてたまるか。
「エストラゴン――マニューバフォーム!」
八つの楔が背中と翼に宿り、変形する。
それぞれが青い炎を吐き、超音速のスピードで、仔竜の体を推した。
一気に高度三千メートルの高みに上昇。それでも人界の化け物と竜の女王の力は、猟犬のように追いすがる。
「しつ、っこいんだよっ!」
仔竜の体が右真横に、ズレる。
脇を銀と金の光が駆け抜け、その先で互いに交わり破裂。それでもまだ、二百本以上の光が残っている。
「か弱い仔竜をっ」
今度は左真横にズレる。かわされた攻撃が爆発を散らせ、それでもまだ迫る光の群れ。
「舐めんじゃねえっ!」
反転、左右、上下、すべての方向へズレる。
飛行の軌跡は曲線ではなく、不自然な直角を描き、稲妻のように空を奔り続ける。
蒼空に魔力の破裂が乱れ咲き、その先端を青い仔竜が突き進む。
「悪いが爺さん、ここらで退場してくれ!」
急ブレーキをかけ、その脇を魔力の尽きた光が爆発しながら散っていく。
フィーは地上に向け、右腕を突き出した。
「エストラゴン――ランチャーフォーム、右手!」
そこに二つの『エストラゴン』が装着され、砲身を形成する。
視線の先にあるのは、挑むように笑いながら、再び無数の光を灯すサンジャージの姿。
「頼むから、死ぬんじゃねーぞ!」
解き放つのは、超音速に電磁加速された一撃。レールガンから放たれた一撃が、サンジャージの右足を、そこに装着された魔法具と一緒に消し飛ばした。
飛行能力を失って、まっしぐらに地上へ落ちていく老人を、獣顔の少女が受け止める。
その姿にホッとする間もなく、同じ高みへと昇ってきた竜が、怒りを発散させた。
「貴様は、貴様は危険だ! そんな聲を、この空で、吾が領土で吐き散らすな!」
「知らねーよ! 魔王の手下には関係ないね!」
「おのれぇっ、やはり混ざり者は混ざり者! 竜の誇りなど持ち合わせておらぬか!」
怒り狂った竜の鱗目から、金と銀の光がにじみ出る。先ほどの交錯で、サンジャージの魔法を覚えてしまったのだ。
「爺さんの力か。でも、俺のこれは、真似できないみたいだな」
「だれが……そんな不快な力、使いたいものかぁっ!」
絶叫し、無数の魔法が虚空を渡って、フィーに殺到する。
だが、この瞬間こそ、シャーナが足を止めた時が好機。
「エストラゴン――アイギスフォーム!」
八つの穂先が目の前で花弁のように結集し、回転する。
それは魔力の障壁、空間振動、電磁障壁で形作られた、堅牢なる防御。
叩きつけられた攻撃が止み、傷一つないこちらに呆然とするドラゴンに、仔竜は躍りかかった。
「エストラゴン――アサルトフォーム!」
目の前で盾を形成していた穂先が、その先端を目の前の赤い巨体に向け、砲身を形成するように陣形を組んだ。
「行くぜぇっ!」
全身に雷を纏い、その砲身をフィーが突き抜ける。
それは自身を電磁加速させる仕組み。あり得ない変速で突進した仔竜の両手に、追いすがるように二組の穂先が装着される。
その背には四枚の金属の翼、その全てが極大の青い火焔を吐き散らす。
「スクラムジェット推進、出力全開っ!」
「なっ!? あっ、あああああああああああああああっ!?」
こちらを抑えるために差しだした、赤く太い両腕にエストラゴンが突き刺さり、地上へと巨体を押し込んでいく。
シャーナが叫び、風を集め、振り解くために全身で聲を練る。それでも電磁加速とスクラムジェットから生まれた爆発的な推力を、振り払うことはできない。
そして、大地をめくりあげて、新たな山を作り出すかのような炸裂が巻き起こる。
撃壌せし烈火が悲鳴を上げて、土煙を掻き分け、背中で大地に深い畝を刻みつけた。
「があああああああっ、あっ! き、きさ、まぁっ!」
「エストラゴン――シーリングフォーム!」
八つの穂先がシャーナの周囲に突き刺さり、描かれた八芒星が赤竜を縛り付ける。
高く掲げた右手に雷を宿し、フィアクゥルは叫んだ。
『蒼き雷霆の咆哮、微塵雷撃槍!』
それは、天地を貫く槍のような、太い落雷の一撃。
叩きつけられた高電圧に、巨体が勢いよく跳ね、動きを止める。
「アマトシャーナ、撃破っ!」
『了解。作戦、第二フェイズ、移行。グラウム、ペース配分管理、注意』
『言ってる場合か! こいつらの足止めで、結構後続が抜けたぞ!』
「わ、分かってるっ!」
八基の攻撃ユニットを取り戻すと、再び仔竜は舞いあがる。
そして、わき目もふらず、敵の姿を追った。