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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~最終章~
247/256

47、最終決戦、その一~理想/ideal~


 勇者と兵士たちが去っていき、二柱の神と、小竜が残された。

 その光景を見つめ、シアルカは問いかけた。


「サリア―シェ殿、よろしいのですね」

「……はい」


 無粋な確認ではあったが、それでも言わずにはいられなかった。

 この先に待つのは、己の意地と意思をぶつけ合う戦場だ。


「では、一度天へ上がりましょう。その方が、あなた方も指揮がしやすいはず」

「……余裕、いえ、公正さゆえ、ですか」


 こちらの振る舞いに、赤い小竜はいら立ちの混じったため息をついた。


「そもそも、貴方にとって、挑戦者のあくせくとした振る舞いなど、見慣れた光景でしょうからね」

「いいえ」


 自らを英傑の神と呼ばれるようになって、時折こうした揶揄を受けることがあった。

 権勢への妬み、勝利への渇望から来る気勢、あるいはこちらの意思を殺ぐための威圧。

 そのいずれもが、こちらの心を言い当てない。


「僕はただ、運命の綾というものを、限りなく排したいと思っているだけです」


 運命、という言葉を口にする時、一柱の女神を思い出す。

 彼女は自分の知己であり、同時に意見も反りも合わないただひとつの対立者だった。


「世の中に在るさまざまな問いや課題は、結局のところ己の振る舞いに収束します。誰が何を言おうと、最後にはそのものの選択だけが真実です」

「そう言えば、貴方にはもう一つの銘がありましたね。――"不問の求者"という」

「神託を与えぬ神にして、試練を授ける神。私に言わせれば、無責任でいい加減、としか思えませんが」


 ソールの言葉に、青年神は首を振った。


「求められれば答えます。ですが、求められない時に授ければ、それは隷属の強制です」

「つまり、その信念に基づいて、と?」

「この度は、魔王にそこを突かれましたが、それでも彼は信念に基づいて行動し、結果を出した」


 三つ柱の神は天に帰還する。

 神々の庭、出会った場所は、すでに形を変えていた。

 巨大な水鏡を挟んで、王の謁見場のような座が設けられた"英傑神"の側。

 対する女神の側は、まるで近代の戦争指揮所のような物々しさだ。

 竜洞の四竜はそれぞれの座席に付き、少し高い場に設けられた席に、サリア―シェが坐した。


「過ちを犯すなら糺す。しかし、信念で動く者には何も語らない。沈黙こそが、僕の神意であり、彼らに対する導きです」

「まことに残念ながら、私はそのような達観した存在ではありませぬ」


 緊張に顔をこわばらせながら、サリア―シェは地上に目を向けた。

 水鏡に映る、自らの勇者が疾駆する姿を。


「始めましょう、"英傑神"」

「ええ。望まれたからには、受けるのみです」


 あわただしく動き始める対手に頷くと、シアルカは口元を結んで、すべてを管掌した。



 鮮やかな速度でグートが駆けていく。

 その躍動を一身に受けながら、シェートはぎゅっと目を閉じた。


『これで、今度こそ、最後だ』


 サリアの声は重くて、それでも迷いはなかった。


『我らの戦いは、これで終わる。この先に、どんな結末が待とうとも』

「ああ」

『シェートよ。優しき狩人、強き勇者、そして、最も新しき魔王よ』


 心からの願いを、女神は口にした。


『どうか、生き抜いてくれ』


 女神の言葉を引き取るように、青い仔竜が傍らの空にたどり着く。風を切り、鋭く謳いながら、フィーは笑った。


「魔王シェートか。似合わないな、ぜんぜん」

「ああ。俺、城ない。軍隊、ない。なにもない、魔王」

「何言ってんだよ」


 おどけて片目をつぶると、青い指がそれぞれを差した。


「俺と、グートがいるだろ。立派な部下がさ」

「ああ……そうだ。俺たち、三匹、ちっちゃい魔王軍だ」


 その時、走る自分たちの足元を陰らせる巨体が、空を覆った。


「行かさぬ! 生かしておかぬ! 死ね、忌まわしき犬めが!」


 強烈な炎が吐き出され、フィーの聲が熱と光を吹き散らす。

 コボルトは、仔竜を見つめて、言った。


「頼むぞ」

「任せろ」


 蒼い塊が巨大な竜の腹を貫く勢いで上昇し、もつれあいながら後方に流されていく。

 後は、死ぬ気で駆け抜けるしかない。


『我らの動きが勝負の要だ。少しでも早く、先へと駆けよ!』

「ああ!」


 シェートは目指す。

 古い砦の来た、滅びたジェデイロの更に北。

 朽ちた魔王城のがれきが捨て置かれた、北部の荒野へと、突き進んだ。



 相手の体を覆う風に気を付けながら、フィアクゥルは巨体の鼻面を遮っていく。

 その動きを嫌って、赤いドラゴンは広範囲に炎を吐き散らした。


「あっついな! ちょっとは手加減しろよ、俺だって仔竜なんだぞ!?」

「そこをどけ! あの犬は殺す。絶対に、生かしておかぬ!」

「もうちょっと余裕を見せろよ! 年上だろ!?」


 巨体に対してこっちはあまりに小さい。その分、小回りは効くが、相手の外周を回るしかない時点で、意味のないアドバンテージだ。


「やはり貴様は殺しておくべきだった! 悠里を害す虫! 吾は正しかった!」

「ああ、そうかい!」


 思いきり首を上げて赤い鼻面を掠め、急激に上昇する。

 そして、急反転して一気に背中へと降下する。


「『銀月驟雨』っ!」


 一聲で三十発の魔力弾。爺さんに届かないのは笑えるが、仔竜の体でなら上出来だ。立て続けに翼の上面へ叩きつけられる魔力に、たまらず赤のドラゴンが体を横転させながら距離を取る。


「そんな動きで、ロックオンを外せるかよ!」


 加速し、追いすがり、再び解き放つ魔力弾。赤い尻尾の後を、無数の光が執拗に追いかけていく。


「このっ、クソ仔竜めがぁっ!」


 赤い鱗が何枚もはがれ、追尾の魔力弾を吸収するダミーに変える。

 だが、


「それを教えたのは――」


 背中と腹側に通る風に圧力をかける。本来の流速に変化が起こり、翼の下に集めた酸素と可燃ガスで、一気に加速オーバーブースト


「――俺らだって忘れたか!」


 視界の縁が一気に狭まり、黒く染まる。筋力と鱗で血流を絞り上げ、ブラックアウトを防ぎながら、ダミーの一切を追い越し、赤く広い背中に追いついた。


「取っ――」

『【01】ブレイク!』


 そのコールに反応できたのは奇跡だった。首を跳ね上げながら転がるように空に逃げ、赤い背中からほとばしる光を、必死に避けた。

 今度は目の縁が赤くなりレッドアウト、視界の端で光の粒が弾けた。追いすがってくる魔力弾を、鱗と聲で打ち消しながら逃げる。

 高射砲もかすむような極太の光帯。その色は金色だ。


「『陽閃衝』で追尾誘導ホーミング!? マジかよクソぉっ!」

『ドラゴンのバカ魔力と脳力の合わせ技! 魔力弾じゃなく熱線を曲げてくるとか、さすがは地竜の女王サマってな!』

『言っている場合か! 来るぞ!』


 その背中に背負うのは蒼の炎。空高く舞い上がったこちらを睨み、翼を広げ、余剰の力を迸らせながら、聲を上げる。


「《天狼の蒼炎セイリオス》!」

「こんの、パクリドラゴンがぁっ!」


 手をかざし、虚空に強電磁界の障壁を形成。

 吹き上がるプラズマの奔流を散らしながら、必死に後ろに下がる。


『フィー! そいつばっか構うな! 下抜けてくぞ!』

「分かってる、けど!」


 翼を傾け、シェートを追い駆ける騎馬の群れへと急降下する。その後を追って、大気をわななかせながら、赤いドラゴンが追いすがる。

 その轟音に馬たちが一瞬怯み、追跡の足が乱れたのは嬉しい誤算だ。


『すげえ音! マジでJu87スツーカかっての! アイツがまじめに働いてりゃ、魔王戦の死人が、一桁減ってたかもな!』

「ソール! シェートはどの辺りだ!?」

『そろそろ東門跡を抜ける! だが、馬の脚がかなり速い!』


 先行した騎馬の何人かは、軽装のエルフのようだ。すでに弓が射かけられ、必死に左右にステップを踏んで、グートが狙いを散らしている。


「うちの、魔王様に、何してくれてんだぁっ!」


 背負った銀のひかりが、一斉に騎馬たちを狙い撃つ。正確なドラゴンの照準ロックオンが突き刺さり、乗り手と馬が吹き飛び、地面でのたうち回る。

 生きている。だが、負傷がひどい。

 そのうちの一人の顔には、見覚えがあった。


(迷うな)


 嫌でも思い出す。そいつは悠里の軍に加わるのをきっかけに、初めて森を出たと言っていた。目を輝かせながら、ロケットの制作に携わっていた。

 魔王城の砲撃から生き残り、そして同じ空を見上げた。


(迷うな!)


 ドラゴンに忘却は無い。どんな記憶も、どんな思い出も、絶対に忘れない。

 それが胸に刺さり、新たな傷と呪いになろうとも。

 それでも、構わない。


「もうやめてくれ!」


 だが、そんなこちらの決意を揺るがす声が、角を震わせた。



 空を滑るように飛び、光弾で騎馬を迎撃する青い仔竜。

 それは初めて目にするフィアクゥルの実力であり、脅威だった。あっという間に先行した乗り手たちが地面に転がり、自分と仲間たちだけが残される。


「こうするしか、なかったって言うのか!? こんなことが君たちの望みなのか!?」

「俺たちの望みは、一つだ! 岩倉悠里とシェートを、決闘させること!」

「否! 否! 否! いなああああああああああっ!」


 それは金色の暴力。降り注ぐ光の帯が仔竜に叩きつけられ、吹き飛び宙を舞う体に、シャーナの顎が追いすがる。


「許さぬ! 貴様だけは許さぬ! 貴様の忌まわしい聲が! 吾が背を穢す前に! この世から消し去ってくれる!」

「この、ヒステリッククソ地竜がぁっ!」


 目の前に現出させる銀色の輝き、その数三十発。


「『凍月驟雨とうげつしゅうう』っ!」


 その全てを巨大なドラゴンの顎に叩き込み、顔をのけぞらせる。だが、その青い身体を無数の蔓が縛った。


「うがっ!?」

「どういうつもりか知らんが、奴の味方は貴様のみ! であれば、ここで貴様を!」

「やめてくれコスズ!」


 こちらの声に一瞬コスズの手が止まり、蔓を切り破った仔竜が空に逃げる。その場所をドラゴンの火焔が焼き、こちらに熱風が押し寄せた。


「シャーナ、このバカヤロウ! 俺たちがここに――」


 グリフの罵倒が途中で止まる。フィーを追い回すシャーナの目は、冷たく獰猛なそれに変わっていた。

 初めて会った時のようなドラゴンの傲慢な欲望が漲り、わき目もふらずに仔竜へ突き進んでいく。


「シャーナの奴、あの仔竜に煽られて、昔に戻っちまったってのか!?」

「何とか止めるか、正気に戻すかせんと」

「いいえ。ここは先を急ぎましょう」


 一同が目を見張る中、フランバールは冷徹に告げる。その顔はすでに、騎士団を預かる団長の表情になっていた。


「こうなれば、一刻も早く……魔王を、倒すしかありません」

「フラン!」

「私たちは、知っているはずです。フィアクゥルという仔竜の知恵と、その力を」


 その場にいる誰もが、何も言えなくなっていた。

 たとえ世間がどう思おうと、魔王城攻略に参加した者はみんな知っている。 

 彼が軍師でなかったら、あの勝利はなかったと。

 その知略と、秘めた竜の力は、決して無視することはできない。


「私は一度、後方に下がって追討軍をまとめてきますので、それまで、魔王を追跡し、仔竜を牽制してください。イフ、貴方は仔竜の牽制に加勢を」

「……そこまで、しなきゃ、いけないんですか」

「そうじゃ」


 苦し気に顔を歪めるイフに、コスズはゆっくりと首を振った。


「奴は魔王を名乗った。もしこれが、魔王軍の敗残兵に知られれば、奴を旗頭に、魔物どもは侵攻を再開するじゃろう」

「シェートさんは、そんなこと!」

「違うよ……イフ。たぶん、シェートの意志は、関係ないんだ」


 悠里はさっきの会談を思い出していた。


「王を名乗るって、そういう事なんだよ。その人の意志は関係ない、そうであるように、王としての振る舞いを、みんなから望まれるってこと、だから」

「では、いいんじゃな。ユーリ」


 いいわけがあるか、そう叫びたかった。

 でも、こうなってしまっては、どうしようもなかった。


「行こう。あの二人を止めるために」

 

 仲間とともに、轡を北に向ける。

 そして悠里は、言い聞かせるように宣言した。

 

「この戦いを、一刻も早く、終わらせるために」



 フィーの足元を、ユーリたちが移動していく。その先にあるのは、必死に走り続けるシェート達の姿だ。

 こちらのことなど忘れたように、全身の鱗を逆立てて、シャーナが怒気を発散させた。


「不快! 不快、不快不快不快! 不愉快!」


 その怒りを喉に溜め、すべてを射貫く白い閃光に変えて吐き出す。

 明らかにレーザー発振・・・・・・、魔王城での経験と近代文明に触れたドラゴンの直感が到達してしまった、この世界の者には対抗できない力。


「させっか、よおっ!」


 体を割り込ませて、全力の電磁と魔法の障壁でレーザーをへし曲げる。焙られた体を癒しながら、必死にシャーナの進路をふさいだ。


「分からぬ! 貴様、とち狂っておるのか!」


 それに答えることもなく、青い姿がまっしぐらに地上に落ちていく。両手に銀の光をかざし、追っ手となった馬上の人共を叩き落とした。

 その動きに、シャーナの怒りが益々燃え上がる。


「貴様たった一匹で! 本気で吾と、雑兵の全てを払いのけるつもりか!」

「ったり、まえだぁっ!」


 星辰の炎を呼び起こし、全力で吐きかける。聲の質としてはこちらが上、打ち消しよりは回避を選んだ隙に、悠里たちを追う。

 渾身のジェット推進。だが、あっという間に地竜の女王が追いすがってくる。体の大きさが違いすぎる、単純な速度比べなら『エンジン』が強い方が勝つ。


『低空飛行だ! 体の小ささを生かせ!』


 そのまま地面をこするほどに急降下し、地を舐めるような軌道を描く。

 喰らい付くように降下した、女王の体が乱流を巻き起こし、たまらず高度を取った。


『今だ! 上を取れ!』


 急上昇し、宙返りで反転。がら空きになった背中に、力を叩き込む。


「『凍月驟雨とうげつしゅうう』」


 ばらまかれる銀の光。だが、シャーナは避けるそぶりさえ見せず、さらに加速。

 そして勢いよく、首を上げた。


「あ――!」


 急上昇した相手の風にあおられ、軽い仔竜の体が空の彼方へ吹き飛ぶ。フィアクゥルの体感時間が引き伸ばされ、『未来』を予測する。

 体勢を立て直し、大気を纏い、距離を取るべく身をひるがえす。

 その先にあったのは『絶望』。

 どんなタイミングでも、シャーナの攻撃は、避けられない。


「《天狼の蒼炎セイリオス》!」


 解き放たれた青い爆炎が、仔竜の体を塵も残さず燃え散らした。


(って、思ってくれよ!)


 防御障壁を最低限に、炎に巻かれて燃えクズになったと見せかけながら、墜落するふりで地上に退避――。

 

「などと、思うかよ!」


 甘過ぎた。

 まったく油断も隙も見せない動きで、こちらに突き進んでくる赤い巨竜。

 その口が、閃光を吐き散らした。 


「《星拓く原初の白アマトシャーナ》!」


 追い打ちの白い炎が、仔竜を地面にたたきつける。激痛、衝撃、投げ出された瞬間に気づいたが、そこは塹壕線を造った辺りの荒れ地だった。

 体が痛い、癒しては焼かれるを繰り返したせいで、感覚がマヒしつつある。

 何とか立ち上がると、目の前には冷たく見下ろす巨竜がいた。


「さて、貴様はここで死ぬまで、吾が炎を喰らって貰うぞ」

「いいの、かよ。大事な、悠里を、放っておいて」


 返事代わりに火球を叩きつけられる。必死に防御したが、真正面から打ち消せるほど、相手の聲は軽くはない。


「見ておるのであろう、竜洞とやら。このままでは、貴様らの大事な玩具が死ぬぞ」


 金色の輝きが生み出され、こちらを射貫く。障壁を生み出した両手が吹き飛び、激しく転がりながら土を食う羽目になった。

 ホントに、こいつは容赦がない。


「それとも、でーたとやらを得てしまえば、このような無様な混ざり者は、用なしという事か?」


 その挑発に誰一竜、答えない。シャーナの目には、露骨な嘲りが浮かんでいた。


「いかにドラゴンが酷薄とは言え、吾とて仔竜には心を砕こうものを。天の竜とは、そういう生ける者の情も無くした外道か。なんとも痛々しいことよな」


 その時、巨竜の背後から、騒がしい馬蹄が無数に近づいてきた。フランバールが増援を連れてきたらしい。

 その数はおそらく、五千には届くだろう。本来なら、祝宴に参加するために呼び寄せられた連中だった。そのことを胸に刻みつけ、立ち上がる。


「援軍だ。さて、いよいよ後がなくなったなあ」


 シェート達は小競り合いを続け、魔王城のがれきの積もった方へ逃げていく。追っ手の悠里たちと一緒のはずだ。

 さすがにこの状況なら、シャーナもうかつにブレスは撃てないはず。

 その代わり、とでも言うようにフィーの体に、劫火の火球が叩きつけられた。


「そもそもが大それた、いや不敬千万な願いであったのだ。吾が背にして世界の救済者、神の世界さえ改革しうる至高の者、イワクラユーリと!」


 呻き、起き上がろうとするこちらに、罵声と火焔を浴びせる。ユーリの前では見せてこなかった、強烈な嗜虐が匂い立つ。

 蹂躙し、屈辱させる事、ドラゴンの本質。制圧することへの悦びが、聲に漲っていた。


「あさましく勝ちを拾う、貧者のごとき惨めな魔物が、同等であろうなど! 思う事さえ過ちなのだ!」


 赤い竜の喉に満たす聲が、炎のそれから雷に変わった。

 それは明らかな、フィアクゥルへの挑発。

 膨れ上がった閃光が、小さな体をしたたかに打ち、焼き焦がした。

 なんとかその場に立ってはいられたが、さすがにめまいと痺れは、消しきれなかった。


「なにが"蒼穹を統べる者"か。完全に名前負けではないか。名付けた竜神とやらも、底が知れるというもの」


 馬蹄がいよいよ近づいてくる。

 その時、シャーナの顔から警戒が消えた。

 目に浮かぶ悦びの色で分かった。今から道を開けて、騎士の馬に俺を踏み殺させようという肚だろう。

 

「……ホンット、ソールたちの言った通りだな」


 首から下がったスマホの電源を入れ、ロックを解除。

 指を当てて、勢いよく画面をスワイプする。


「なんだ、それは、今更そんなものを」

「大人のドラゴンは、敵を舐めて死ぬ、ってさ!」


 狙い過たず、画面が一つのアイコンを示して止まる。

 それは八芒星と竜の顔を象った、最後の力アプリケーション


「神竜威鎧(exo-dragodeus)=嵐ノ纏(STORM CAUSER)――』


 そしてフィアクゥルは右手を振りかぶり、


「――全権能起動(activate)!」


 勢いよく、スマホを拳で打った。



 その異常に気が付いた時、赤き竜は炎を吐きかけていた。

 奇妙な板から鳴り響くのは、複雑で聞いたこともないような聲。

 そうだ、こいつ相手に、油断などしている場合ではなかったのに。その後悔を裏付けるように変化が、恐ろしい速度で起こっていく。

 仔竜の聲とスマホが共振し、こちらの炎を完全にかき消し、その足元にさざ波が広がる。


「こ、この場所は、よもや!?」


 いつの間にか、自分は誘導されていた。

 ここは魔王との戦で、勇者の陣地として使われていた場所。そして、ここにはとんでもないものがあったはずだ。

 すなわち『ミスリルで出来た兵器の残骸』が。


「目覚めろ! 応えろ! 俺の小さき竜エストラゴン!」


 さざ波は、大地に散らばり砂粒のようになった、銀色の欠片を呼び覚まし、仔竜に集って周囲の空間を飾り巡る。

 それは星の輝きを湛えて、槍のごとき八つの穂先を形作る。

 同時に仔竜の手足や体に、鎧が形成されていく。

 白金と蒼銀に染まった装甲には、金色の細かな紋様が刻まれ、その一筋ごとから、繊細で重厚な『聲』が伝わる。

 そして、八つの穂先が翼や腰に収まり、一つの造形を完成させた。


「そ、それがどうしたぁっ!」


 ただのこけおどし、仔竜が鎧を身にまとっただけ、なにを恐れる必要がある。

 命を奪い去るべく振りかざした爪。それが、弾き飛ばされた。


「うがあああっ!?」


 世界そのものを裂き破るほどの加速、天を貫く矢のように仔竜が飛翔する。

 仔竜から盗み取った奇妙な飛翔じぇっとすいしんをはるかに凌駕する、決して生物がしてはならない、音を置き去りにする急上昇。

 裂けた手先の痛みさえ忘れ、シャーナの目がようやっと仔竜に焦点を合わせる。


「な、なんだ、あの高みは!?」


 雨雲を超え、高き峰々さえ超えて、星の世界にさえ届くほどの空の彼方。

 蒼の点になった仔竜から、八つの光が飛び散り、渦を巻いて世界を攪拌かくはんしていく。

 大気が震え、暗雲が生まれ、風が叫び、天地に聲が満ちわたっていく。

 顕現した現象に、シャーナは絶叫した。


「あ、ありえぬ、そんな、馬鹿なことが!」


 それは南洋の海にこそあるべきもの。世界をかき乱し、万物を等しく打ち据える、空に浮かぶ大地のように密集した、分厚い暗雲。

 荒々しき、雷霆が満ちわたる大嵐。


蒼き雷霆の咆哮ボルト・フロム・ザ・ブルー


 仔竜の周囲から光が世界に散る。

 それは流星の如く大地に降り、シャーナとすべての勇者の軍団を、八つの頂点をもつ星の陣に取り込む。

 そして、


降竜雷舞陣ストームコーザーッ!』


 蒼雷の群舞が、無数の竜蛇となって、暴れ狂った。

 

「ぐ、っあ、ぐっ、う……ぐ……」


 前後の記憶が飛んでいる。

 何が起こった、何をされた。

 目の前が白飛びし、痛みと異様な臭気が脳を焼く。堅牢なはずの赤い鱗が、手ひどく焼き潰され、四肢が痺れていた。

 それまで大地を駆け進んでいた、万に届く兵士たちも打たれ、焼かれてうめく。

 遥かな空の高みから、仔竜が舞い降りた。

 八つの方位に配していた、銀の槍先を鎧に呼び戻し、朗々と吼える。


「聞け! 有象無象の雑兵共! 我が名はフィアクゥル! "斯界の彷徨者"にして"万涯の瞥見者"、黄金神竜エルム・オゥドが一子! 蒼穹統べし"青天の霹靂"なり!」


 大それた名乗りだ。空を統べるものなど、本来は仔竜が名乗るべきものではない。

 それを、たった一聲で、事実に変えてみせた。


「新しき魔王、"最も弱き叛逆者"、コボルトの"ガナリ"たるシェートの名において――」


 狂猛なドラゴンの笑みを浮かべて、蒼穹を統べるものフィアクゥルは宣言した。


「――お前らを、あいつの所には行かせねえぞ!」


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― 新着の感想 ―
[一言] FFのバハムート?!
[良い点] フィーの名乗りの後のタイトルコール、の流れ、格好良すぎて痺れました。二つ名に恥じない威風堂々たるフィアクゥルの姿がまぶたの裏に浮かび、撃ち抜かれました。
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