表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~最終章~
245/256

45、会談

 魔王は、打ち倒された。

 勇者、岩倉悠里の名は確固たるものとして、世界に広まった。

 猖獗しょうけつを極めた魔族の侵攻とその痕跡も、様々な民族や異種族、あるいは神の世界の協力により癒されつつあり、十数年ぶりの平穏を、謳歌しようとしていた。



 旧ジェデイロ市から南東に位置する、宿場町コロフォ。

 ドワーフ鉱床からの金属を買い付け、各都市に送り出す役割をしていたこの町が、ケデナにおける新しい行政の基盤になっていた。

 規模としてはジェデイロに次いでおり、都市国家が周辺の村落をまとめる形で行政を行うケデナにおいて、必要なモノがそろっていた、という面もある。

 そんな街の、一つの居館の中。

 控えの間に戻ると、悠里は椅子に腰かけ、ぐったりとテーブルに体を預けた。

 こちらの要望で簡素なものにしてあるはずだが、内装も設備も、豪華さを隠しきれていない。

 畳の自室や板張りの道場が恋しい、とほんの少し思ってしまう。


「キツすぎる……平和が、重い……」

「お、お水飲みますか!? 果物も、ありますよ!」


 見かねたイフが様子をうかがってくる。顔を上げると、椅子にもたれかかって、水のカップと小さな果物をいくつか受け取った。

 その顔には何の覆いもなく、明るい色の服を着こなす手足も、一切隠すところがない。

 街の中では奇異の目で見られることもあるが、魔術師たちの集まりでは特段問題になるところもなく、この前ようやく、市場で一緒に買い物をしたところだ。


「ゆ、ユーリさんは、勇者さまですから。会議でも、取り決めでも、いて欲しいって思うのは、当然だと、思います」

「だからって、個人の商取引まで俺の名前はいらないだろ! さすがにフランたちが止めてくれたけどさ」


 勇者の持つネームバリューは、平時であっても衰えることがない。街では勇者を讃える詩が歌われ、魔王討伐にかこつけた名物ができている。


『俺たちのユーリで、勝手に一儲けとは、ふてえ野郎共だ』

『儂らがしっかりまいない、いや、しょーぞーけん、だったか? を取り立ててくるので、安心するのじゃ!』


 そんなこんなで、グリフもコスズも忙しい。ああいう仕事で生き生きする姿を見ていると、出会った頃を思い出す。

 今の自分はと言えば、連日やってきた世界各国の特使や大臣との会談、今後の協力関係の締結などを仲立ちして、とにかく細かい実務をこなしていた。


「お疲れ様です、ユーリ殿。いかがですか、我々の苦労も、少しはお判りいただけましたか?」


 新調した鎧に身を包み、フランが笑顔で入ってくる。

 その顔に険はなく、本来の美しさが内側から溢れるように見えた。


「騎士団とか、貴族とか、ラノベや漫画だと何をしてるのかはあんまり書かれないし。むしろ、こういうことをやるのが基本、ってことか」

「ええ、領地の経営管理は、つまるところ人との折衝です。互いの利害を調整し、円滑に回るように努める。プフリア卿のような御仁もいらっしゃいますが」

「でも、これでとりあえずの形にはなった、のかな」


 笑顔で首をかしげるフラン、その裏にある『こんなものでは済みませんよ』という意志表示に怯えつつ、悠里は笑顔で背筋を伸ばした。


「そういえば……シェートとフィーは、どうしてる?」

「お、二人なら、昨日、お会いしました」


 どこか嬉しそうな顔で、イフはその様子を語った。


「モーニック卿、いえ、モーニックさん、の孤児院に行ってきたそうです。知ってる子と会ってきたって」


 あの戦い以降、二人とはほとんど顔を合わせていない。

 こちらが忙しすぎるというのもあるが、向こうは向こうで、積もる話もあるだろうと、あえて干渉は控えていた。

 モーニック卿は正式に騎士団を辞し、孤児院の院長をするつもりだと言っていた。


「モーニック卿といえば、そろそろ、例の会談が行われるのでは?」

「あ……ああ、そうか」


 それはあまり、考えたくないイベントだった。

 現在、この世界には二人の勇者がいる。

 神々の遊戯が終了するためには、魔王を倒したのち、勇者が一人になるまで戦い合う必要があった。

 あるいは、合意の下でどちらかが勝利を譲り、自動的に勝者となるか。

 そのことについて、正式に取り決めをかわす日取りが、決まっていた。


「とはいえ、すでに実務者協議は終了しているでしょう。"英傑神"、いえ"万民の主"であるシアルカ様と、"平和の女神"サリア―シェ、あの方々なら、よもや道を誤ることはありますまい」

「ああ……そうだね」

「もうすぐお昼、ですけど、どこで食べましょうか」


 実のところ、悠里は不安だった。

 この頃、シアルカが一切、こちらに話しかけてこない。

 もちろん、それはいつものことでもあるし、よほどのことがない限り干渉しないのがあの神様のやり方だからだ。

 それでも、これほど重要なことを、何一つ触れないまま、会談の日が近づいている事実は、空恐ろしいものがあった。

 もし、万が一、シェートを追討しろと言われた時。

 自分はそれを受け入れられるだろうか。

 顔を上げると、二人が心配そうに顔を覗き込んでいた。


「ユーリさん?」

「いや、何でもないよ。お昼だよね? 食堂に何かあると思うから、それで済まそうか」

「では私が、申し付けてきましょう」


 考えていても仕方ない、悠里は席を立ち、二人を伴って部屋を出た。



 コロフォからさらに南の方に広がる、森の中。

 そこが、最近のシェートの活動拠点だった。町にはほとんど入らず、時々尋ねてくるイフから、悠里たちの様子を聞くだけに留めている。

 この辺りの山は金属の臭いが強く、川も金臭い水が流れている。あまりいい環境とは言えないが、やはり森の中で過ごすのは快かった。


「おかえり」


 掛け小屋の前で山菜や芋を下ごしらえしていると、フィーが帰ってきた。

 グートは目を細め、木陰で寝息を立てている。


「すまん。猟出た、でも、獲物、なかった」

「この辺りじゃしょうがないさ。出来れば、カーヤのいた村辺りで野営したかったしな。あっちだったら沢で水も汲めるし」

「で、いつまでこんな下働きを、吾にさせるつもりだ」


 問題は、大変機嫌の悪い竜の女が、何かとここに来ることなのだが。


「しかたねえだろ。放射性降下物の拡散状況チェックに、竜の峰の残留放射線の除去。ホントは検査と除去用の聲だけ渡して、後はお前らでやれ、でもよかったんだぞ?」

「……まあ、あそこの地下には、吾の財物もあった故、そっちは渡りに船ではあるが、人共がどうなろうと」

「悠里に連絡送っといた。アマトシャーナ様は世界のことを一番に考えてくれる、最高の奥さんだって」


 結局、竜の女王はそんな言葉で舞い上がってしまい、本当にそのまま舞いあがって悠里の下へ行ってしまう。

 のだが、今回は少しだけ、違っていた。


「おい、仔竜」

「なんだよ地竜」

「貴様、このまま帰るのか」


 帰る、その言葉にシェートも少しだけ、胸がざわついた。

 

「大雑把な『掃除』は終わった。後は吾ではなく、若い者に任せて、人共から財貨を巻き上げつつ、放射線とやらを取り除けばいいだけだ」

「まあ、そうだな」

「むしろ貴様、妙に急いている気がした。つまりだ」


 フィーは何も答えなかった。

 女の姿をしたドラゴンは、その顔に嫌悪をにじませた。


「何か企んでいる、例えば、ユーリの暗殺、とか」

「……で? そんなことして、なんになる?」


 鼻で笑い飛ばし、仔竜は両手を広げた。


「世界を救った大英雄、勇者、岩倉悠里。そいつを暗殺して、どんな利益があるんだ? 手に入るのは恨みだけ。少なくとも、赤の地竜、アマトシャーナの不興を買うなんて、死んでもごめんだね」

「貴様は、虫が好かん」


 それは一貫した、このドラゴンの姿勢だ。

 態度自体は侮蔑から警戒に変わっているが、その言葉だけは変わっていない。


「嫌われたもんだな」

「そうではない。お前と吾は、合わんのだ。ドラゴンとして、決して、相容れぬ」

「生物的には孤独相しか発生しないのが、ドラゴンだって聞いたよ。群れって概念は、よほどの危機があるか、潤沢な食料が継続的に手に入る世界でだけ成立する、らしいし」


 シェートは構わず、昼飯を作り始めた。フィーの獲ってきてくれた百合根で、団子を作ってやらないとならない。

 山鳥の肉と山菜を細かくして、つみれにしたものも入れてやろう。


「確かに、お前の言葉も、意見も一貫しておる。故に、気味が悪い」

「じゃあ、今すぐ俺を殺せばいいさ。言うまでもないけど、聲の種類があっても、歳の差の優劣は覆らない。だろ?」


 それは少し前に聞いていたことだ。

 確かにフィーは、その出自のおかげで、信じられないような能力の聲を、無数に知っている。だが、シャーナの使う聲は、出力自体が違う。

 魔王の城で使われた『天狼の蒼炎セイリオス』一つとってもそうだ。同じ聲を使うなら、年上のドラゴンには決して勝てない。


「……ユーリを裏切るような真似は、するな」

「その台詞、同盟者に言う言葉じゃないな」

「吾はお前らと契っていない」

「じゃあ、悠里に進言して、許可を貰ってくれ。俺とシェートは悠里と同盟を組んでるんだ。これは純粋に、序列の問題だぜ?」


 ドラゴンのいらだちに、森の中から鳥が飛び立つ。

 森での狩りが難しいのは、こいつがやってくるせいでもあった。


「例の会談とやらも、もうじきだ。そうすればすべてが明らかとなろう」


 まったく信用をしていない顔で、赤いドラゴンの雌は、森を突き破りながら去った。

 そして。


「……ふへえええええ~、おっかねえ~」

  

 その場でひっくり返ったフィーを、優しく起こしてやる。

 椀に汁をよそい、貰っておいたパンを、二つに切り分けて手渡した。


「毎回なんなんだ、こっちにグイグイ突っ込んできやがって。飯がまずくなるだろうが」

『ありゃツンデレって奴だよ。ドラゴンは強い雄が好きだからな。少なくとも、人間の勇者に盛るよりは健全だろー』

『実際、ドラゴンの雌は、生命の危険に即して、出産率が高まりますからね。年齢的には釣り合いませんが、フィーの存在にいろいろ刺激されているのかも』

「勘弁してくれよ! ドラゴン同士のおねショタたとか、どこ需要だっつーの!」


 他愛もない話をしながら、ゆっくりと飯を食う。

 そんな、穏やかな空気をあえて破るつもりで、シェートは尋ねた。


「フィー、全部、終わる。その後、どうする」

「……要相談、ってとこかな。正直、転輪聖王チャクラ・ヴァルティンとか、話が大きすぎて、実感が湧かないし」

『難しく考えんなよ。主様だって、断ればすぐ、元の生活に返してくれるさ』

「その代わり、お前らやシェートとは、それっきりだけどな」


 なんとなく湿ってしまった空気を晴らしたのは、赤竜の言葉だった。


『実のところ、フィーには次のフェイズへ移ってもらう、という手もあります』

「次のフェイズ?」

『地球に新たな神、"青天の霹靂"、竜神フィアクゥルを降誕させる、ということです』


 とてつもなく大きな、とんでもない話にフィーは目を丸くし、そして笑った。


「は、ははっ! ははははははは! そっか、カミサマを創るためのデータじゃなく、そのまま俺がカミサマになるのか!」

『お前の適性は私たちが保証します。もちろん、すぐとはいかないでしょうが、百年ほど雌伏し、実地データを取ることになるでしょうね』

『神去、いや、地球の毒はスゲーからな。お前がホントに、神様アレルギーが発生しない抗体アンチボディになれるかは、五分五分って感じかねー』


 仔竜は笑い、それからシェートを見た。


「で、実験と検証の合間に、こっちに遊びに来るか。そうすれば、そのままさよならってことにはならない」

『お前も地球の生活を続けられるし、なんだよ、イイトコ取りじゃん』

「話がうますぎて怖いな。なにか副作用とか、そういうアレは?」

『地球自体が毒に汚染された世界です。お前の魂は常に傷つけられ、相当の苦痛を伴うでしょうね。もちろん、計画失敗で死亡、もありえます』


 そんなことか、仔竜は笑い、それから頷いた。


「そんなの、ちっとも痛くないよ。俺が苦しいのは、シェートの力になれないことだけ」

「……フィー」


 シェートはうつむいて、口を開きかけた。


「ダメだ」

「俺、言ってない。なにも」

「言わなくても分かるよ。でも、それは、ダメだ」


 食事の椀を置いて、フィーは歩み寄る。

 それから隣に座った。


「お前がそうしたいなら、それを助ける。それでいい」

「無理、してないか」

「俺がやりたいから、やるんだ。お前にも、邪魔はさせない」


 頼んだのはこっちなのに、邪魔させないとか。

 そのおかしさに笑い、フィーも笑う。

 

「分かった」


 それ以上、語り合う必要はなかった。

 いつものように日々を過ごす。ただそれだけだった。



 水鏡の向こうに映るモラニアの様子を見て、サリアはほっと息をついた。

 竜洞から派遣した小竜たちを現地に向かわせ、ヤマウニの駆除と除染、現地の医療技術の向上や奇跡の贈与による治療を行って貰っていた。

 こうした協力は、魔王との戦いが終わってすぐに提案したものであり、世の中の悲惨を少しでも無くしたいという思いでもあった。

 

「帰参した。状況報告、よろしいか?」

「ええ、お願いします」


 メーレは相変わらず、淡々としている。彼女の性格はつかみどころがない、というよりは興味のあること以外は反応しない、という感じだ。

 いつも組んでいる白竜ヴィトの方は、飄々としていて、あちらは取っ掛かりを造らないようにしている印象を受ける。


「――以上。現地の防疫体制、長期計画の解説、別途行う」

「ご苦労様でした」

「……サリア―シェ様、メンタルヘルスの低下を検知」


 この聡い竜の娘は、こちらの状況をすぐに察知する。とはいえ、その不調の原因はお互いに分かっているので、これが彼女なりの『雑談』なのだろう。


「全て命令通り。世界への影響、低減措置、現状で高水準を記録。問題なし」

「分かっています。ですが、考えてしまうのです。結局、私は、傲慢さからは逃げられないのだと」


 自分はここまで、様々なことを経験し、それに対応して来た。

 だが、それは何もかも、自己の欲求から発生した『傲慢さ』だ。


「私はずっと、自分の都合ばかりで、存続をし続けてきた気がします。世界喰いを招き入れて星を滅ぼしたこと、兄や"闘神"殿の恋情に気づかず、あるいは理解しようとしなかった。そして、シェートを、私の復讐の代行としてしまった」

「その懊悩、竜種、理解できない。私たちの駆動、つまるところ『我欲』」

「我が心のままに生きる。そうですね、竜種の単純さは、羨ましい」


 だが、ソールたちの解説から言って、彼女もまた、純粋な竜種ではないはずだ。

 答えはないだろうが、問いかけてみた。


「貴方は、元はどんな存在だったのですか?」

「水生生物。群体。ネットワーク構築。無限生成、不死性、私にして、私たち」


 それは、異邦の星に存在する、無限に再生する命だった。

 いつしかそれは、現地の知的生命体と交流し、彼らの神として、長く共生関係を結んでいた。それが壊れたのは、関係性が始まって千年以上経った頃だった。


「重篤な悪疫、星を汚染。パンデミック、共通感染症、すべての生命、絶滅寸前」

「それで、貴方は治療を行おうとして……失敗なされた?」

「肯定。全生命死滅の確率、九十八パーセント以上。最終手段、決行」


 彼女は全世界の全生物に広まった悪疫を封じ込めるために、自らを使って生物を凍結管理した。そして、治療法を研究し続けた。


「その頃、主様と契約。悪疫治療、神の長生、利用するため」

「ある意味、竜神殿と同じ動機だったのですね」

「肯定。人工神格創造計画、主任研究員、私」


 そして、現在に至る。

 彼女は神の長生を利用し、未だに自らの星の民を救うために方策を講じているらしい。


「もしや、私の『治療』も、その一環ですか?」

「あれは趣味。治療、私の我欲ほんのう

「なるほど。それは、なんとも言えない御趣味ですね」


 そこでひとしきり笑い、それから告げた。


「"英傑神"殿への返事を、行います」

「了解。こちらも、準備完了」

「願わくば」


 そう口にして、続かなかった。

 誰に願う、何を願う。

 結局はこれも一つの我欲、傲慢さの表れなのだ。

 ほんの少し、自分勝手に配慮しただけの。


「いえ、願うことなどありませぬ。私は最後まで、私の我を貫きます」


 宣言し、サリアは迷いを捨てた。

 あとは進むだけ、そう思い定めて。 



 それは、その星の人々にとって、初めて神という者を直に感じる催しだった。

 会場は勇者が反抗のために立てこもった砦の、前の草原に設定された。

 演壇が一つ設けられており、片側を"英傑神"の側、もう片側を"平和の女神"側として、挟むように区分けがされている。

 対面する"英傑神"側は、壮麗だった。

 勇者の友人、配下、協力勢力が一堂に会して、美しく整列している。

 その逆、"平和の女神"側には、誰もいなかった。

 緊張した面持ちのコボルトと、友人である仔竜がやってきたが、その非対称な構図を覆すほどの効果はない。

 

『"英傑神"に助力した女神の勇者だそうだが……』

『なんでも騙し討ちで勝ちを重ねてきたとか』

『なるほど、味方も援助者もないわけだ』

『会談というより、犬がおこぼれを拾いに来た風情よな』


 貴賓として招かれた諸外国の大臣や豪商たちが、隠しもしない侮蔑を漏らす声。

 最終決戦の映像は流れていたはずだが、結局、悠里たちの華々しい活躍と帰還で、シェート達の印象は消えているらしい。

 だが、この会場のセッティングも、対面の仕方も、すべて"平和の女神"が、自ら申し出たものだ。


『本当に、それでよろしいのですか』

『立場を明確にするということであれば、これ以上のものはないと。竜洞の方々からの助言ですので』


 シアルカは、覚悟した。

 この先に何があるのかは、明白なことだ。

 居並ぶ悠里の仲間も、関係者も、この催事の本当の意味を理解していない。

 いや、ごくわずかな者たちは、分からないまでも察していた。

 赤き竜は終始不満、造られし少女は状況の異常さから、騎士団の惣領代理は経験から、そして悠里は、漠然とした不安から。


「それでは、此度の会談。司会進行を"刻の女神"、イェスタが執り行わせていただききます」


 巨大な杖を振るい、会談の空間を聖別する。

 この瞬間、外部から関係者は守られて、異常の発生する余地はない。

 そうだ、ここから先に起こるのは、互いの意志の成すところでしかなかった。


「"英傑神"、シアルカ。"平和の女神"、サリア―シェ、並びに、竜洞代表、"誄刀"のソーライア、御出でください」


 呼ばれ、三つ柱の神が降臨する。

 互いの格はすでに同等だが、それでも場面が示す意図が、一層臭うばかりだった。

 

「それでは、会談に移りたいと思いますが、その前に、同盟関係の整理を」

「では、まず竜洞から」


 この会談では、あくまで補佐の立場である竜洞が、関係性の整理に進み出る。


「我ら竜洞、並びに"青天の霹靂"、フィアクゥルは、現状を契約満了とみなし、魔王討伐を主眼とした戦時同盟の、破棄を提案します」

「了解しました。竜洞の皆様には、多岐にわたる協力をいただき、感謝します」 


 赤い小竜は無言で礼を返し、女神を押し出すように下がった。


「同じく、"平和の女神"サリア―シェ・シェス・スーイーラ、我が勇者、コボルトのシェートは、魔王討伐を主眼とした戦時同盟の破棄を提案いたします」

「承りました。その武勇と助勢に感謝を。そして、我と我が勇者の、蒙を啓いてくださったことを、心に留めおきます」


 これは必要な儀式だ。

 同盟というものは対等を示すことであり、関係の破棄も同様の理屈で進む。

 互いの尊厳や立場を貸借する、いわば『命のやり取り』だ。それを粗略に扱う者は、軽んじられるか疎んじられるかしかない。


「それでは、此度の"神々の遊戯"、その勝者を決める会談を、開始いたします」


 シアルカにとっては、幾度も経験してきたことだ。

 最後まで残った勇者たちが一堂に会し、誰を頂点にするかを決める。

 とはいえ、この状況になれば問題は起こらない。ここに至る前に、実務者会談で意見の調整は終わっており、こじれるほどの利害関係れあれば、決闘を行ってしまえばいいだけの話だからだ。

 そして、"平和の女神"側から、実務者会談の申し入れは、なかった。


「"英傑神"シアルカ、"平和の女神"サリア―シェ、双方、和平条件をご提示ください」


 シアルカは前に進み出て、女神と対面した。


「"英傑神"シアルカより、"平和の女神"サリア―シェに申し上げる。此度の遊戯、我が方に勝利をお譲りいただきたい」

「如何なるを対価を以て、我が敗北を贖ってくださいましょうや」

「この星の安寧、天界の平穏、遊戯撤廃による不平等の是正、そして、神の世界の刷新」


 自らの差しだせる一切を、シアルカは提示した。


「無論、遊戯敗北の縛を解かれた後は、貴方と再び盟約を結び、僕と等しい立場で、世界を良きものにすることに、ご助力を賜りたい」


 そこで、シアルカはひざまずき、首を垂れた。

 状況にもよるが、勝利を願い出る側が、最初に降るのが習わしだ。それを許すと手を取り、互いに目線を合わせる。

 そのことで、勝者と敗者の別は消え、共に勝利を戴いたという形になる。

 だが、そうはならなかった。


「お立ちあれ、"英傑神"殿」


 迷いはなかった。ただ、礼を失さない程度で、ゆっくりと体を起こす。

 背中側で、かすかなざわめきが沸き起こる。この場に臨んでいるのは権力と交渉を知る者たち。この会談が予想されていた筋からずれたことに、気づくのは当然だ。

 ただの儀礼が、全く別のものに変わったのだと。


「我が方の要求を、まだ述べておりません」

「……失礼いたしました。では、お願いいたします」


 女神の言葉は、端的だった。


「当方は、"英傑神"シアルカの勇者、岩倉悠里殿との一対一の決闘を、申し入れます」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] まあ、サリアならこう来るよね。むしろしない訳が無い
[一言] フィーが地球の神かぁ。龍神はモンゴロイド系神話だと神だけど、西洋・オリエント系神話だと悪神だなぁ。 最後の決闘・・・勇者への復讐を誓ったコボルトと世界への復讐を願った女神だし、最後まで勇者…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ