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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~最終章~
243/256

43、蒼き劫火の裁き

 暗い城の底には、誰もいなくなった、白い球状の部屋が残されていた。

 はるか上では、何かが激しく争っている音。目の前には、頭骨が半分むき出しの、黒い牛頭魔人が立っている。


『結局のところ、貴様と十全の勝負は、叶わんようだ』

「ああ、そうだな」


 最初は、"魔王"に強要された戦い。そして、今のベルガンダはすでに、生者ではない。

 

『だが、俺は嬉しい』


 斧を槍のように構える姿勢。なつかしくも、もの悲しかった。


『強くなった貴様ともう一度、戦えることが』

「俺、コモス、戦った」


 その一言では、意気も構えも衰えなかった。

 ただ、囁くように問いかけた。


『なぜだ』

「俺、仇だ、言った。"魔将"、仇、討つため」

『……そうか』


 黒い眼窩に、鮮やかな光が宿る。

 むき出しになっていた骨が、黒に塗りつぶされ、周囲に闘気が満ちる。


『であれば、貴様を倒し、泉下に瞑する部下に手向けてやらねばな』

「やってみろ。できるなら」


 互いに、手の内は知り尽くしている。

 隙を見せれば、そこを喰われる。そして、相手の隙を、見逃す気もない。

 そして、魔王城の深奥、全魔力を担う核が取り出された、その時。


『「おおおおおおおおおおお!」』


 二匹のケモノが、激突した。



 ケンタウロスとドラゴンの折衷、そんな姿の魔物は、片手に弓を生み出して無数の矢を打ち出す。

 それは直線ではなく、それぞれを追い駆ける弧を描き、執拗に追いすがってくる。


「しゃらくさいっ!」


 シャーナの火焔が虚空にひらめき、すべて焼き落とす。間髪入れず、巨大な矢がドラゴンの体に叩きこまれ、それを受け止めながらわずかにあとずあった。


「うらああっ!」


 自分の身長をはるかに超える前足目掛け、グリフの斧が打ち付けられるが、素早く交わされ、踏みつけが襲い掛かる。


「意外と素早いぞこいつ! 足止め……うぉおっ!?」

「まかせよっ!」


 黒い足に蔦が絡みつき、青白い光を纏ったイフの体が、黒いケモノの顔を蹴り上げ、その上にあるのっぺらぼうの顔へと突き進む。


瞬転身・亢フィエンス・イニカっ!」


 嵐のような蹴りと拳の連打。その全てを二つの剣でいなし、かわし、その刀身が暗く赤い炎で燃え盛る。


「あうっ!」

「イフ殿っ!」


 足の止まった魔王の脇腹にフランの白刃が、前足に大木を斬るようなグリフの斧が、それぞれ叩き斬り、叩き折る。

 影が揺らめき、引き下がり、手にした炎の双剣が弓となり、紅蓮の矢を番える。

 再び、無数の矢の雨が打ち出される。シャーナの吐き出した炎でも燃え尽きず、仲間の体を痛めつけ、熱で傷つけていく。


「"戦場いくさばに居まし猛き者、怯まぬ勇士に祝福を。矢傷を癒し、刃の憂いを祓い給え"!」


 全員を癒しながら、悠里が魔王の前に進み出る。

 ふたたび番えられた劫火の矢。

 弦鳴り、飛来する一矢。


「せいっ!」


 切り払い、一歩前へ。


「せやあっ!」


 襲い来る次の矢を、叩き斬り、更に前へ。


「はぁっ!」


 重ねられる矢の雨を、斬って斬って、敵の眼前へ。


「うおおおおおおっ!」


 跳ね上げる切り上げの一撃。嘲るように顔を逸らしたケモノ。

 それでも、諦めない。


「イフ、足場!」


 叫ぶ声に光が答え、周囲に生み出された足場を駆けあがって、ケモノの鼻先に真っ向から刃を打ち下ろす。


『うぐおっ!』


 そのまま勢いを殺さず、光を蹴って上に進む。

 のっぺりした、目も鼻もない顔。その口元だけが、嫌にリアルに象られている。

 これは仮面、魔王の本性そのもの。


「せいああああああああっ!」


 袈裟の一撃が仮面を斜めに斬って捨て、その裂け目から、血のような劫火が吹き上がった。


「うわあああああっ!」

「ユーリっ!」


 体勢を崩した悠里をドラゴンが素早く受け止めて飛び去り、同時にあふれ出した炎が魔王の巨体を染め上げていく。

 周囲に熱を振りまき、仲間たちがその暴威から後ずさる。

 今や炎の中に輪郭さえ解け崩れ、それでも魔王は、吼え猛る。


『この一瞬、この一瞬だけでいい! 貴様らのくだらぬ結束を、信仰束ねし勇者の力を、踏みにじる力を!』


 その身体は赤から黄色へ、更に白く染まっていく。


「よ、よもや、この期に及んで、吾が"聲"さえも操るか!?」

「ダメだ! みんな退避しろ!」


 仲間たちが可能な限り魔王から離れるが、それでも燃える力の範囲は広がっていく。


「ええい、忌々しい! 背よ、それと有象無象ども! 特に差し許す! 吾が後ろへ!」


 すでに、白い炎の燈心になった魔王の体が、重々しく一歩を踏み出す。

 シャーナの声がそれを打ち消すが、足場さえも溶かす熱が、次第に逃げる範囲を消し去っていく。


「俺たちを熱で押しつぶす気かよ!」

「竜の女王よ、こうなれば我らを連れて空へ!」

「たわけ! 隙を見せれば、熱の帯で焼かれて終いだ!」

「こう、なったら、私が!」


 焦る仲間たち、迫る炎。

 その空間に、誰かの声が響き渡った。


『【ファイヤーワークス02】、聞こえるか』


 それはシャーナの角に引っかかった、小さな金属の板。

 厳かに、冷静に呼び掛ける声は、告げた。


『今から言う言葉を、正確に言ってくれ』

「い、今取り込み中ぞ! 遊びなら」

『ムカつく魔王を、ぶっ飛ばしたくないか?』


 シャーナは迷わなかった。鼻息を漏らし、応答を返す。


『02、了解。で、なんと?』

「――――」


 それは小声で、よく聞こえなかった。

 だが、竜の女王には、それで十分だった。


「全く貴様らは、心底業腹よな! だが、この場においては、実に痛快!」


 赤いドラゴンは、狂猛に笑った。

 そして、大気をどよもす声で、叫んだ。



 シェートのはるか上で、空が白々と燃えた。

 その熱が底にいる自分にまで押し寄せ、目の前のベルガンダの輪郭が、くっきりと浮かび上がる。

 その身体は、すでに朽ちかけている。

 数合の激突で影は剥がれ、立っているのがやっとの状態だ。


『なんだ、その顔は、なさけない』


 穏やかに揶揄する魔人の残骸。

 今はもう見ることができない、太い笑みを思わせる声だ。


『敵を前に、そんな顔をする奴があるか』


 歯を食いしばる、思いを押し殺す。

 二刀を構え直して、最後の一撃に備えた。

 肩に担ぐようにして斧を構え、ベルガンダが、飛来した。


「双剣――火奔」


 振り下ろされる斧を、斬り飛ばす。

 そして、がら空きになった胴を、十字に切り裂いた。

 散っていく影が、シェートをすり抜け、背後で燃え上がった。


「ベ――」

『見事だ。ガナリよ』


 振り返った先に、巨体はなかった。

 白い頭骨に残った影が、揺らめいて霧散していく。


『まったく、またその顔か。お前は本当に、戦に向かんな』

「俺……狩人……だからっ。だから!」

『お前と会えて、良かった。――さらばだ』


 別れと共に、骨が砕け、微塵も残らずに消えていく。

 目元を拭うと、空を睨んだ。

 その時に声が、ドラゴンの叫びが地の底へ届いた。


「"シェート、青い炎を天へ飛ばせ!"」


 それは懐かしい言葉だった。

 自分に向けて、全幅の信頼を寄せる、友達の言葉だった。

 だから、一瞬も迷わなかった。


「いけえええええ!」


 暗い城の底から、蒼炎の鏑矢かぶらやが飛び立つ。

 長く尾を引くそれは、小さな竜のように、見えた。



 ともすれば、芥子粒のような輝きだった。

 憎悪を燃料として、白々と燃える魔王。

 その力に比べれば取るに足らない、炎の揺らめきだった。

 だが、竜の女王は、正しく理解した。

 畏るべき、異邦の空に輝く、天狼の炎を。


《異邦の空より来りて、暴威を語れ》


 空に舞いあがり、翼に炎を顕す。


《汝、焼尽の太源、天地開闢に灯されし、無謬むびゅうの劫火》


 それは地に生きる者が、決して手を伸ばしてはならない、禁忌の火。


《過たず、焼き尽くせ》


 あらゆる存在を諸元に還す、光。

 赤き竜の背に架された、蒼き炎。


天狼の蒼炎セイリオス


 厳かに、高らかに、聲が、吼えた。



 それは、火と呼ぶにはあまりも、眩かった。

 力と呼ぶにはあまりにも、御しがたかった。

 魔王の操った太陽の雫など、児戯とさえ呼べぬ奔流。

 解放が、すべておさまった時。

 白い憎悪の炎は、跡形もなく消え去っていた。



 大気が急激に冷えていく、風が逆巻き、悠里の体をなぶった。

 大きく息を吐く、仲間たちが同じように安堵する。

 目の前の敷石は、土台ごと綺麗に消失し、城自体が斜めに焼き落とされていた。

 次いで地鳴りが、自分たちの背中で起こった。


「シャーナ!?」

「大丈夫かよ、おい!」

「騒ぐな!」


 普段なら決して見せない、疲労困憊の姿が投げだされている。荒く息をつき、シャーナは悲鳴を上げた。


「バカ仔竜! なんだあの聲は! 無茶にもほどがあろう! 天の彼方の火!? 頭が壊れるかと思ったわ!」

『気持ちよかったろ。コードネーム通り、でかい花火ファイヤーワークスを打ち上げたんだから』

「――――!」


 あとはドラゴンにしか理解できない、罵倒の嵐。

 だが、緩んだ空気は、一瞬で消し飛んだ。


「ああ、参ったな」


 白煙を上げて、焼け残った端に立つ、黒い姿。

 もう、なんの虚飾も残っていない魔王が、そこに居た。


「貴様らを、ガラクタにする、前に」


 その両手には、赤と青の長剣が握られている。


「俺が、消えるところだった!」


 仲間たちの囲みをすり抜け、魔王の一撃が襲い掛かる。

 その二刀を受けた時、城が大きく揺らぎ始めた。


「折角だ、最後まで味わって行けよ。好きだろう? こういう趣向は」


 衰えない悪意を放って、魔王は嗤った。


「砕けていく城ごと、貴様らも藻屑になるがいい!」


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[一言] 流石魔王、しぶとい。
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